第80話 信用を失うは易く得るのは難し……4

 次の日の朝。


 ノックスとルーナは再び、梅留守の屋敷を訪れていた。


 前回、秘書から裏口を使うよう言われたので、今日は裏口から入る。


 裏庭には、昨日と同じで、奴隷たちの入った檻がいくつも並べられている。


 誰もが疲れ切った顔で座り込み、ただ、時間が流れるのを待っているようだった。

 彼らを見つめるルーナの表情が暗い。


 ノックスも、昨日とは違い、彼らのことが少し気になった。


 おもむろにひとつの檻に歩み寄ると、ノックスは誰にというわけではなく、語り掛けた。


「お前さんらは戦争奴隷なのかい?」


 八人の奴隷のうち、唯一、ひねくれていそうな顔の男が答えた。

「ああ、そうだよ……笑いたければ笑いな」

「そうか、もしも解放されたらどこに行く?」


 無遠慮な問いかけに、男はじろりと睨んでくるも、すぐに元気をなくした。

「里に帰るよ。家族に謝って、今度はまじめに畑を耕すんだ」

「……そうか」

「誰だってそうだよ」


 奴隷のひとりが、ぽつりと呟いた。


「この辺の連中は志願兵だったんだ。俺は戦争で活躍すれば金を稼げると思ったのに、初陣でいきなりこれだ」


 触発されたように、他の奴隷たちも、口々に身の上話を始める。

「俺は村の生活に嫌気がさして、兵隊になればいい暮らしができると思ったのが甘かったよ」

「俺もだ。戦場で活躍すれば英雄になれると思ったのに、器じゃなかったんだよ」

「きつい訓練に耐えたのに戦場に出てみればいきなり指揮官が流れ矢に当たって、包囲されて、何もできないまま捕まってこの通りさ」

「夢見た俺らが馬鹿だったんだよ」

「あのまま田舎で静かに畑を耕していれば、家族とも別れずに済んだのにな」


 奴隷たちの声は、後悔の念で溢れていた。

 人生の進むべき道を間違った。

 やり直したい。

 自分たちはもう一生奴隷だ。

 どうしてこんなことになってしまったんだ。


 そんな声が、他の檻からも聞こえてくる。


 やがて、大の男たちが、めそめそと泣き始める。


 その光景に、ルーナは眉を八の字に垂らして、何かを言おうとして、うつむいた。


 ノックスもかけてやるべき言葉が見つからず、沈んだ気持ちでその場から離れた。


 そのうしろを、ルーナがとぼとぼとついてくる。


 もし、ウメルスが報酬を支払わなければ、物納、という形で、彼らを貰い受け、解放するしようかという考えた、脳裏をよぎった。


 ――……いや、それは駄目だ。


 小さく被りを振る。

 そんなことをすれば、ウメルスは次も物納で済ませようとするかもしれない。


 今まで、本当に金のない商人には、物納を認めてきた。


 だが、金のある奴からは、現金で払ってもらわなければ、おかしな癖や風評が立つ。

 下手な仏心を出して、見ず知らずの人を救ってやろうなんて、思わないほうがいい。

 そう、自分に言い聞かせた。



   ◆



 商談用の応接室で、ノックスとウメルスはソファに腰を据え、睨み合っていた。


「ノックスさん、あれから色々と調べましたが、やはり貴方の報酬は法外だ。ここは世間の相場価格に則った値段で納得して貰えんかね?」

「ふざけるな。依頼するときは金貨2000枚で納得し人を働かせておきながら、いざ支払いのタイミングでゴネて通ると思うなよ」

「くっ、裁判に持ち込めば、最強弁護団を抱える私が勝ちますよ!」

「私がなんの法律に違反している? 言っておくが冒険者ギルドと私は無関係だぜ?」

「ぬぬぬ」


 余裕しゃくしゃくの態度に、ウメルスは顔を真っ赤にして頭を悩ませた。


 とはいえ、ノックスも手詰まりで、内心、攻めあぐねていた。


 そこへ、膠着した話し合いを突き破るようにして、秘書が駆け込んできた。


「大変です会頭! 暴徒が攻めてきました!」

「なんだと!? 暴徒とはどういうことだ!?」

「わかりません! しかし兵隊崩れのような連中が正門に! 凄い数で、警備の者では抑えられません!」


 秘書の剣幕に、ウメルスは狼狽し、応接室を飛び出した。


 ノックスとルーナも、それに続いた。




 ウメルスたちは、二階のバルコニーから顔を出し、正門の様子をうかがった。


 正門に押し寄せるのは、身なりこそ汚いが、パーツの欠けた軽装鎧に剣を握った、いかにも兵隊崩れ、という連中だった。もしくは主を失った浪人か落ち武者だ。


 落ち武者たちは、口々に叫ぶ。


「ウメルスとノックスを出せぇ!」

「てめぇらさえいなければ、俺らは騎士でいられたんだ!」

「人生を返せぇ!」


 武装した警備員が鉄柵の正門を押さえるも、人数が違う。


 鉄柵は今にも押し倒され、落ち武者たちは今にも屋敷へ流れ込んできそうだった。


 ――なるほど、昨日、酒場で会った男が俺の情報を流したな。


 復讐対象がそろったことが、彼らの決起を決意させたのだろう。


 ウメルスの顔がみるみる青ざめ、後ろに転んでしりもちをついた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 本作をこの80話まで読んでくれてありがとうございます。


 おかげ様で異世界ファンタジージャンルの月間ランキングで69位を取れました。

 応援感謝です。



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