第79話 信用を失うは易く得るのは難し……3


「その通りだが、どこかで会ったか?」

「おいおい、金髪碧眼でタレ目の柔和な顔立ちの巨乳美少女を連れた黒髪黒目で紳士服姿の奴なんてそうそういないだろ?」

「ルーナの情報のほうが多いんだが?」


 ノックスが着ているスリーピーススーツは、馴染みのない人が多いので、【紳士服】と呼ぶ人が少なくない。


「あんたがいるってことは、戦争に加わるのか?」

「いや、ここには金の取り立てに来たんだ。昔の仕事の報酬をまだ貰っていないんだ」

「もしかしてウメルスのところか?」

「何故そう思ったんだ?」


「あんたを雇えるぐらい金持ちだし、戦争奴隷を扱っているからな。あいつ、そこら中の戦場で奴隷を買い漁っているんだが、その手伝いでもしたのか?」

「いや、私はそんな仕事に手は貸さないよ。それに、仕事内容を喋る趣味もないんだ。悪いね」

「そうかよ」


 元から大して興味もなかったのか、男はそれ以上は追及せず、引き下がった。


 ――それにしても、ウメルスの奴、そんなことをしていたのか……。


 そこら中の戦場で奴隷を買い漁っている。


 それが本当なら、この国では合法だとしても、気分のいい話ではない。


 三年前、ウメルスに手を貸したことを後悔する。


 ――いや、ウメルスがいなくても別の奴隷商人が買っただろうし、私が奴隷売買の手引きをしたわけでもない。この件と私は無関係だ。


 それでも、少し心にひっかかるのは、否めなかった。



   ◆



 食事が終わると、ルーナを部屋に残して、ノックスは再び酒場に降りた。


 酒場のマスターから、ウメルスの話を聞くためだ。


 客の愚痴を聞くことが多い酒場のマスターが事情通なのは、フィクションだけの話ではない。


 マスターの話では、ウメルスが戦場で奴隷を買い漁っているというのはどうやら本当らしい。


 捕まった敵国の兵士を買い取り、闘技場や軍に高く売り払う。


 この方法で、かなり儲けているらしかった。


 そうして、気分の悪い話だと思いながら、二階へ戻ると、


「ペンちゃんもふもふ♪ もちもち可愛いペンちゃんぷくぷく♪」


 珍妙な歌を歌いながら、ルーナがベッドの上でレッペンのひなをもて遊んでいた。


 体をくねらせ、だらしない顔でうっとりしながら、両手両腕でレッペンをもみくちゃにする様は、推し嫁に夢中なアニメオタクのようだった。(失礼)


「ハッ!?」


 ルーナの視線が、ノックスの視線とぶつかった。


 途端に、ルーナは顔を真っ赤にして、

「キャー! 師匠のえっちぃ! 乙女の秘密を見るなんて何を考えているの!?」

「変態の所業にしか見えないんだが?」


 部屋のドアを閉めて、つかつかと歩み寄る。


「お前、まさか今までも私の目を盗んでレッペンを好き勝手に召喚していたのか?」


 怒りをはらんだ眼差しに、ルーナはちょっと怯む。

「だ、だってペンちゃん可愛いし気持ちいいんだもん……」


 言い訳をしながら、上目遣いにこちらの顔色をうかがう彼女に、ついため息が漏れる。


「あのなぁ、私も長距離移動の時にはトライコーンを召喚するが、レッペンはお前のおもちゃじゃないんだ。好き勝手に召喚したら可哀そうだろ?」

「そうかな?」


 腕の中にもっちりと体を落ち着けるレッペンは、とても機嫌がよさそうだった。

 むしろ、自ら体をゆすってルーナにじゃれるし、ノックスにも羽を伸ばしてくる。

 どうやら、すっかりなついてしまったらしい。


「一度抱き枕にして眠れば師匠だって病みつきになるよ、ほら」

 と、レッペンを突き出してくる。


 レッペンのつぶらな瞳が、愛らしく見つめてきて、ノックスは断る勇気を挫かれる。


「やれやれ、じゃあ試してみるか」


 ルーナは、勝った、とばかりに勝利の笑みを作った。


 レッペンを受け取ったノックスは、一緒にベッドへ潜り込んでみる。


 レッペンの体はふわふわで温かく、力を加えると指や腕がやわらかく沈みこみながら、内側から確かな力で押し返してくれる低反発力が愛しい、最高の抱き心地だった。


「うん、ぷくぷくしていて気持ちいいな」

「でしょでしょ?」

 ルーナはすっかり有頂天だった。


「じゃあこれから一生レッペンを夜のお供にするか」

「はうっ!?」

 しくじった、とばかりに、ルーナは表情を固めた。


「ち、ちなみに、ここにぷくぷく可愛くて抱き心地抜群の抱き枕があるんだけど?」

 必死に愛想笑いを浮かべながら、ルーナは自身の両頬を人差し指で差した。


「いや、レッペンで間に合っているから。おやすみ」

「やぁん冷たくしないで、世間の風と室内が寒いの」

「世間は関係ないし今は五月だぞ」


 ノックスが背を向けると、ルーナは勝手にベッドの中に潜り込んできて、背中にぴっとり身を寄せてきた。


 ここまでされては、流石に突き放すのはかわいそうだった。


 ――やれやれだ。


 体を反転させて、ルーナと向かい合う。


 仕方ないので、間にレッペンという堤防を挟みつつ一緒に寝てあげることにした。


「こうしていると夫婦みたいだね。ペンちゃん子供役」

「おいおい」


 そういえば、レッペンの両親も、ひなを挟んでいたな。


 ルーナは、やはり家族に憧れがあるのだろうか。


 家族……その単語に良くも悪くも思いを馳せながら、ノックスは眠りに着いた。

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