第78話 信用を失うは易く得るのは難し……2

 王都は漆喰の壁で建てられた白い家が立ち並び、家と家の間はレンガの塀で仕切られていた。


 戦勝国だけあって、豊かに見える。


 ただし、奇麗に舗装された石畳の上を歩きながら、商店街に入ると、この街の裏側が垣間見えた。


 商店同士の間にある路地に目をやると、浮浪者の姿が目に入る。

 汚れたぼろ布をまとい、まるで死ぬのを待つかのように、壁にもたれて動かない。

 悪質な奴隷商人は、ああした人をさらい、奴隷にしてしまうこともある。


 さっきはルーナに説明しなかったが、世の中にはそうした、誘拐奴隷も存在する。

 もっとも、流石にそれは犯罪だし、あまりに衰弱した人間は奴隷としては役に立たないので、大手の奴隷商人は目も向けない。


 ウメルスも、浮浪者をさらおうとはしないだろう。


 よく見れば、浮浪者は指が何本か欠けていた。


 もしかすると、元兵士かもしれない。


 戦争で指を失い、その手では働き口がなく……あり得る話だった。


 どんなに景気のいい国にも、ああした闇はあるものだと、ノックスは暗い気持ちでため息をついた。


 自分も、この世界に生を受けてから、一歩でも道を誤れば、ああなっていたかもしれない。


 そう思うと、自分に戦いの手練手管を仕込んでくれた師匠には、感謝の念が絶えない。


 加えて言うならば、自分が今の実力を手にしていなければ、いま腕に抱き着いてきているルーナもずっと、あの塔に閉じ込められたままだったろう。


 そう思うと、過去のことを差し引いても、自分は幸せなほうなのかもしれないと、納得する自分がいた。



   ◆



 夕日が沈みかけた頃。一階部分が酒場になっている宿屋に部屋を取ってから、ふたりは早めの夕食を摂ることにした。


 ふたりは酒を飲まないが、この世界における飲食店の多くは酒場である。


 丸いウッドテーブルに並べられた料理を食べ、ミルクを飲みながら、ルーナが尋ねてくる。


「ねぇ、師匠もウメルスさんの奴隷売買には反対なんだよね?」

「ああ、当然だ」

「じゃあさ、報酬を払ってくれない仕返しに、あの奴隷の人たち、解放してあげたら?」

 いい案でしょ、と言わんばかりに、笑顔で言ってくる。


「……悪い癖だぞルーナ」

 子供をたしなめるような、重い声だった。


「お金にならないことはしないってこと?」

「違う。そうじゃない」

 ジト目のルーナへ、噛んで含めるように言う。


「自分の正義が世界の正義じゃない。仮に正しい行いだったとしても、実行していいとは限らない。この国では奴隷は合法だ。自身の住む国の法令に従って生活する人間を、他国の人間が気に食わないからと裁くのが正義か?」


「う、それは……」

「それに、奴隷はかわいそう、解放してあげるのが幸せって決めるのも早計だ」

「それは違うよ。だって奴隷だよ? 道具のように使われて、幸せなわけがないじゃない。誰だって自由になりたいよ」


 眉根を寄せて、自信たっぷりに反論するも、ノックスは頷かない。


「こんな話を知っているか? とある国の主権者が、奴隷制度を禁止した。奴隷解放の功績で、その人は歴史に名を遺した」

「偉い人だね。当然だよ」

「結果、元奴隷たちの多くが飢えと貧困に苦しんだ」

「え…………?」


「奴隷の扱いは主人によって変わる。そして貴重な労働力である奴隷を病気にしないよう元気に働けるよう厚遇する主人は少なくない。だがそれは奴隷が大事な財産だから丁寧に扱っていたんだ。奴隷制度が廃止され、奴隷が解放されたことで、奴隷たちは賃金で雇われる従業員になった。自分の財産じゃない赤の他人でいくらでも替えの利く労働者を、雇用主が丁寧に扱うか?」


 ルーナの顔色が、徐々に悪くなっていく。


「結果、衣食住が保証された奴隷の身分から一転、低賃金で酷使される社畜へと転落した元奴隷たちは、飢えと貧困に苦しむようになったんだ。多くの奴隷には知識や教養を持たない。そんな人間が自由だけ与えられても行くところなんてないんだ……」

「…………」


 すっかり肩を落としてしまったルーナ。その姿が流石にかわいそうなので、少しフォローをする。


「まぁ、ウメルスのところは戦争奴隷が多いから、この例には当てはまらない。それに奴隷が衣食住の保証されていいご身分なんて言うつもりもない。今の主権者に足りなかったのは、元奴隷たちのアフターフォローだ。無責任に解放するだけじゃなくて、教育や仕事先の斡旋までやらないと。私が主権者なら、そうしている。だろ?」


「う、うん。だよね」

 ルーナの表情に、ようやく笑顔が戻った。


 そこへ、不意に野太い声が割り込んできた。

「おい、もしかしてあんた、双黒のノックスじゃないか?」


 声をかけてきたのは、隣の席で酒を飲んでいた、筋骨隆々の男だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


この78話まで本作を読んでくれてありがとうございます。

フォロワー数250人突破。

星の数75達成。

12月8日に1日分のPV記録更新で2390回。

おかげでPV数が現在、35000回に到達しました。

みなさんに感謝です。

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