第77話 信用を失うは易く得るのは難し……1
桜の花が散り、青々した葉が生い茂る五月。
青くすがすがしい空の下で、ノックスは眉間にしわを寄せていた。
「報酬が払えないとはどういうことですか?」
某国の王都でも大手の商会、ウメルス商会会頭、ウメルス氏は、屋敷の中庭で、ばつの悪そうな顔で視線を逸らした。
「そう言われても、払えんものは払えんのですよ」
口ひげをいじりながら、ウメルスは視線を合わせようとはしなかった。
中庭のテーブルに着いていたノックスは、テーブルに手をついて前のめりに顔を寄せた。
「ウメルスさん。私は三年前、あんたが戦争中のこの国へ行商に来る護衛をした。護衛と言いながら実際は敵国の一部隊を全滅させて戦場を突っ切る大仕事でしたがね」
ノックスは目つきを鋭くする。
隣の席では、ルーナがおとなしく紅茶を飲んでいる。実に優雅だ。
「そうしてあんたは戦勝国となったこの国で商売に成功し、わずか三年で大手商会の会頭様になったじゃないか。なぜ報酬が払えないんだ?」
「い、今は大事な時期なのです。これかと他の商会との商戦に勝つには何かと金がかかります。それに一見すると裕福に見えるでしょうが、うちの商品には一部、とても維持費がかかるものがあるんだ。売り上げから経費を引けば、利益はそれほどでもありません……」
「そんな言い訳は通じませんよ。第一、この三年の間に私へ払う金を何故準備しなかった? おおかたその金も投資に回してしまったのだろう?」
「ぐ、う、うるさい、な」
「なんだと?」
追い詰められたウメルスは、開き直ったように語気を強めた。
「そもそも護衛料が金貨2000枚はあまりにも法外だ。家が建つ金額じゃないか!」
「しかしあんたは絶対儲かる、儲けたら払うから頼むと私に泣きついてきたじゃないか!」
「あれは私の商魂の表れ、決意表明だ! 命がけでやると言った者を本当に殺す奴がいるか!」
「なんて言い草だ! 恥を知れ!」
「払わないとは言っていないぞ! 今はまだ払わないだけだ!」
「会頭、そろそろお時間です」
爆乳秘書の一言で、ウメルスは口を閉ざした。
「とにかく、今日は忙しいんだ。帰ってくれ!」
「おい待て!」
ノックスが席から立ち上がり、ウメルスを追いかけようとすると、秘書が目の前に立ちはだかった。
「少しでも私に触れれば、尾ひれをつけて強姦未遂で訴えますわよ?」
秘書は誘うような目で胸元を開き、深い胸の谷間を見せつけた。
その横で、ルーナが対抗するように胸を突き出してくる。
「くっ、今日は失礼するよ」
ノックスは苛立たし気に唸った。ルーナの頬をつつきながら。
「あ、あ、やめて師匠。もっと優しくして」
うれしそうに笑うルーナに、秘書はどん引きだった。
◆
秘書の案内で、裏口から出ていくと、妙な場所を通った。
屋敷から門までの間の裏庭には、檻に入った男たちがいた。
首筋には、とある身分を示す焼き印が施されている。
檻は大きく、ひとつの檻には人が七、八人座り込み、うつむいてた。
そんな檻が、十以上も並んでいる。
「師匠、この人たちは?」
「あぁ、その人たちは奴隷だよ」
「奴隷!?」
ルーナは驚き、目を丸くした。
「でも、奴隷ってダメなんじゃ……」
「いや、今まで通ってきた多くの国が違法なだけで、この国では合法だ」
未だに信じられない様子のルーナに、きっぱりと言い切る。
「犯罪者が奴隷に落とされた犯罪奴隷。借金を返せなくて自分を売った借金奴隷。戦争で捕まった戦争奴隷。奴隷同士の間に産まれた先天奴隷の四種類がいる。もっとも、借金奴隷の場合、借金なんてないのに親が金欲しさに子供を売り払う場合もあるけどな。ただ……」
滔々と説明してから、ノックスは奴隷たちを見回した。
「ここにいるのは、戦争奴隷が多いみたいだな。この国は戦勝国になった後も、周辺諸国と小競り合いを繰り返しているから、打倒か」
奴隷たちは、端のほつれた、薄手の白いズボンと、半袖のシャツを着せられている。
そこから見える筋肉の付き方は、兵隊のソレだ。
「確かに、これは維持費がかかるな。人は飯も食えば服も着る。体も洗ってやらないと病気になって商品価値が下がるしな」
「ウメルスさんて、奴隷商人なの?」
「いや、手広くやっているよ。それでも、主力商品のひとつではあるみたいだがな。首筋に奴隷紋があるだろう? これは筋金入りだな」
奴隷には書面上の契約ではなく、奴隷化魔法による契約で縛り付けられた者もいる。
手間はかかるが、魔法による契約を行えば、奴隷は主人の意のままに動く操り人形となる。
そうした奴隷は、高い値段で取引される。
ノックスは、奴隷化魔法をかけられた証である奴隷紋を観察する。
奴隷化魔法には種類がある。
逆らうとペナルティが発生するタイプ、意識はそのままに体が勝手に動くタイプ、意識すら奪いロボットのようにしてしまうタイプなどだ。
彼らに施されたのは、主人の命令に逆らうと、体に激痛が走るタイプの奴隷紋だった。
「酷いことをする。あいつがこんな商売に手を付けると知っていれば、三年前に助けなかったよ」
「三年前……」
ふと、自分の三年前を思い出したのか、不意に抱き着いてくる。
低反発力豊かな感触が、腕に心地よい。
「おいおい、歩きにくいだろ?」
「だめ、しばらくこうして歩くの……」
やや硬い声を断れず、ノックスはそのまま歩き出した。
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