第76話 盲目の博愛主義……6

 グラ王国の砦に戻ると、バルバ王は破顔して笑いながら、愛娘を抱きしめた。


「おぉ、アリウス、よくぞ戻った。怖かったろう。でも、もう大丈夫だぞ。安心して、今日はゆっくりと休め。おい、湯浴みの用意をせよ」

「御意」


 涙の乾いた跡でかぴかぴの顔をどう思ったのか、バルバ王はアウリスの頭を優しくなでた。


 アウリスは、いじめられた幼子のように、バルバ王の胸板に顔をうずめて、肩を震わせた。


 そこへ、焦燥に焼けた声が飛び込んでくる。


「陛下! 今、伝令からの知らせで、リングア地方にて大地震が発生! 川が氾濫し、四つの農村が畑を失いました!」

「えぇ!?」


 自国の災害に、アウリス姫は驚き、顔を上げた。

 アウリス姫はうろたえ、手と視線をさまよわせる。


 だが、その一方で、バルバ王は慌てることなく、鋭く指示を飛ばした。


「すぐに軍を派遣し人命救助を急がせろ!」


 その言葉を皮切りに、バルバ王は、まるでこうなることがわかっていたのでは、と思わせるほど淀みなく、滔々と指図していく。


「大臣に復興計画書を作成させよ。被災地は今年の税を免除。王都の倉庫街を開き、被災住民の食事は向こう一年、国で面倒を看るのだ! また、被災した農村と商取引を行っていた商人が望んだ場合、倉庫街に蓄えた作物を卸すように! 経済の混乱は貧困による二次災害を引き起こす!」

「御意!」

 報告に来た家臣は力強く返事をすると、駆け足で部屋を出ていった。


「ちち、うえ……」

 あまりに見事な、そして至れり尽くせりな対応に、アウリスは戸惑った。


「食料を隣国に融通していたら、自国民は飢えていただろうな」


 姫はハッとして、ノックスへ振り返った。


「この国の民が働き収めた税を、この国の為に使う。有事に備えて蓄える。それが、そんなに悪いことかい?」

「で、ですが、敗走した軍を追撃したり、敵軍が逃げ込んだ町を焼き払うのは……」


「一罰百戒。一方的に攻めてきて無辜の民を殺した邪悪な敵軍を徹底的に叩いて、二度と攻めて来ないようにすることが、未来の平和を作る。姫様、あんたのやり方じゃ、一見すると人道的に見えて、その実、だらだらとした戦争が一〇〇年先まで続く荊棘(けいきょく)でしかない。あんたの父親はグラ王国国王。自国の民の安全と平和を守るための最効率解を導き出し、実行する勇気を持った人だ。自分の理想の為に自国民に負担を強いるのは、王のすることじゃないぜ」


 アウリス姫は目を見開き、瞳には光が宿る。

 そして、再び父親の顔を見上げた。

 そうして、懺悔をするように、父の胸板にすがりついた。


「父上、私は……」

「もうよい……もう、よいのだ……」


 バルバ王は目を閉じて、娘を抱きしめ、優しく慈しんだ。


 その光景に、ノックスは、安堵の溜息をついた。



   ◆



 それから、用は済んだとばかりに砦を抜け出したノックスとルーナは、王都へ通じる街道を目指して歩いていた。


「ねぇ師匠。いつも思うんだけど、師匠って年の割に経験値豊富だよね? さっきの話って、誰かの受け売り?」


 不思議そうに顔を覗き込んでくるルーナに、ノックスは一瞬考えてから答えた。

「ん、そうかもな。あれは歴史本の受け売りさ」

「歴史本?」


 こくりと小首を傾げるルーナに、ノックスは頷いてから、青い昼間の空を見上げた。

「俺の故郷じゃ有名な武将の話さ。戦国の魔王と呼ばれたその人はな、家臣を愛して民を愛して、だけど何度も裏切られて、裏切られるたびに許して、そうしたらまた裏切られて戦争で仲間と民が死に続けて、最後は敵対する者全てを殺し尽くす魔王になった。敵には恨まられたけど、でも、魔王の国はどこよりも豊かで、民は笑顔に溢れていたそうだ」


「へぇ、いい人だね」

「ああ、そうだな。俺も、世界中の人を救えたら最高だと思う。でも、神様でもなければ、そんなことは不可能だ。大事なもの、守るべきものを見誤ったら、人間終わりだよ」

「ちなみに師匠が守りたいモノってなぁに?」

 期待するような眼差しで、顔を覗き込んでくるルーナ。


 ほんのりと頬を染めながら満面の笑みを浮かべて、尻尾と耳があれば、ぱたぱたと振り回していることだろう。


 愛くるしい彼女の姿に、ノックスは、わずかに口元を緩めた。


「心配しなくても、今はお前だよ」

「にゃっ!?」


 意外だったのか、それとも責められるの慣れていないのか、ルーナは頬を真っ赤にして固まった。漫画なら、頭から湯気が昇っていることだろう。


 けれど、すぐにノックスの腕に抱き着いて、これでもかと甘えて来る。


「にゅ~♪ ししょう好きぃ♪」


 全幅の信頼と愛情、そして喜びと幸せを全身で表すルーナ。本当に、彼女はノックスのことが好き過ぎる。


 ルーナのやわらかさと体温を感じながら、ノックスは彼女の頬をつついた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 本作をこの76話まで読んでくれてありがとうございます。

 本作も結構な話数になってきましたね。


 また、皆さんに報告です。

 昨日、2019年12月6日に、本作がついに3万PVを達成しました。

 同時に、昨日一日のPV数が2202回で、最高記録を達成しました。

 さらに応援数が450を達成しました。


 本気でありがとうございます!

 

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