第73話 盲目の博愛主義……3
「無条件で、金貨を十万枚さしあげよう。その代わり、未来永劫、我が国を攻める戦には参加しないと約束して貰いたい」
「無条件? 貴方の味方にならなくても良いのですか?」
「そうだ。貴殿は【労せずして】金貨十万枚を手に入れる。その代わり、金貨を十万枚以上積まれても、我が国には攻め込まないで欲しい」
「なるほど、考えましたね。金貨十万枚で貴方に雇われたなら、それ以上の金を積まれれば私は寝返る。だが、敵国がいくら積もうが、労して戦えと言うならタダには勝てない。ですがよいのですか? 私は守銭奴ですよ? 貴方から金を受け取っておきながら他国の軍につくかも」
「それはない」
不敵な笑みで不安感を煽ってみたつもりだが、バルバ王は即答した。
「五分も話せば相手の人となりは解る。貴殿は筋の通った人間だ。信頼しているよ」
あまりに真顔で真剣に言ってくるので、ノックスは毒気を抜かれ、思わずルーナの顔を見てしまった。
俺、どうすればいい?
とでも言いたげだ。
「師匠の良さに気付くなんて、王様は名君だね」
ルーナは終始、ご機嫌だった。
◆
翌朝。
バルバ王から金を受け取ったノックスとルーナは、王都でおいしいものを食べてから他の国へ行こうと話し合っていた。
飽食の時代を謳歌するグラ王国のグルメに、自然と話もはずんでくる。
そこへ、宿泊室のドアを開け、衛兵が駆け込んできた。
「大変ですノックス殿! 至急、会議室へ!」
ノックスは、ルーナと顔を見合わせてから、表情をあらためた。
会議室には、深刻そうな顔で震えるバルバ王が立っていた。
「陛下、何があったのですか?」
「ノックスか、これを見てくれ」
差し出された羊皮紙を受け取り、ノックスは視線を走らせた。
「要約すると、姫は連れ去った、返して欲しければ麦一〇〇万石をよこせマヌス王国よりってことですね」
「そうだ……」
流石の鉄血王も、声がわずかに震えている。
それを聞き逃すほど迂闊でもなければ、白状でもないノックスは、すぐにグラ王国グルメツアーを延期した。
「アウリス姫を最後に見たのは?」
壁際に居た衛兵が声をあげる。
「昨晩、十時頃に就寝された時です」
「なら、まだそう遠くには行っていないな。ここから一番近くにあるマヌス王国の砦は? 複数あるならマヌス王国の王都へ行くのに都合がいい経路の砦だ」
衛兵は返事をすると、会議室の棚から地図を取り出した。
「国境付近の砦は我々が攻め落としてしまったので、ここですね」
テーブルの上に地図を広げると、三角形のマークを指さす。
「西に一五〇キロか。ルーナ、一〇分かけるなよ」
言いながら、ノックスは会議室の窓に向かって歩く。
「うん、任せて師匠」
ルーナも、力こぶを作るように腕を曲げながら、窓に足をかけた。
「貴殿ら、何を?」
ノックスとルーナは、肩越しに言った。
「「すぐ戻りますよ」」
二人の体は、零秒で空の彼方に消えた。
反動で会議室には烈風が吹き荒れ、地図が天井付近まで舞い上がる。
風に地肌を叩かれたバルバ王は、一瞬、まぶたを硬くするも、すぐに目を丸くして、遠くの空に視線を吸い込まれた。
今の移動術だけでも、ノックスとルーナの規格外ぶりがわかる。
敵にしなくてよかった。
娘が誘拐されているにもかかわらず、バルバ王は安堵に胸を撫でおろしてしまった。
◆
風魔法と炎魔法によるジェット噴射。
水魔法による水圧。
重力魔法による前方への超引力。
三重の加速で、ノックスはハレー彗星のように尾をひきながら、空を駆け抜けた。
ただし、ルーナは【重力】というものへの理解が足りないので二重加速だった。
それでも、足りない分は常識外れの魔力量でカバーし、ノックスと同等の推進力を得ていた。
「それにしても、あれだけ博愛していた姫様がマヌス王国にさらわれちゃうなんてね」
「これであの姫さんも、少しは目が覚めるだろうぜ」
呆れ口調のルーナに、ノックスは皮肉っぽく目を細めた。
「よし、砦が見えてきた。ここから先はバレないように隠蔽魔法で行くぞ」
「らじゃ」
ハレー彗星よろしく尾を引かないよう、炎魔法と水魔法はストップ。
風と重力魔法だけで移動しながら、隠蔽魔法で周囲の光を屈折させ、透明に近い姿で空を飛んだ。
そうして、砦の誰もいない、庭を選んで着地した。
「よし、ルーナ」
「うん」
細かい指示を出されなくても、ルーナは行動を起こした。
彼女が両手の人差し指と親指をわっかを作ると、その内側に光のラインが走る。
ラインは、幾何学模様を描き、召喚陣を作っていく。
ルーナの召喚陣は、妖精の世界と繋がっている。
そこからルーナの魔力に惹かれて、小さな蜂が次々現れる。
妖精界の蜂、フラワーホーネットだ。
犬をもしのぐその嗅覚は、人探しにはうってつけだろう。
「でも師匠、姫様の匂いはどうやって追うの?」
「ここはむさくるしい軍事施設だ。若い女の匂いを追えばいいんだよ」
「なるほど、さっすが師匠。じゃ、お願いね」
ルーナが花のように愛らしい笑顔を作ると、蜂たちは四方八方に飛び去った。
少しすると、ルーナが一方を指さした。
「こっちだよ、師匠」
「でかした」
ノックスは、軽快な足取りで駆け出した。
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