第71話 盲目の博愛主義……1

 日ごとに暖かさを増し、花のつぼみが開きかける三月。


 ノックスとルーナが佇むのは、やはり戦場だった。


 強国、グラ王国軍一万の軍勢は、荒野を蹂躙していた。


 敵、マヌス王国の騎馬軍団が突撃してくるや否や、グラ軍の弓隊は迷わず馬を射抜いた。


 騎馬隊は皆、馬から振り落とされ、後続部隊と衝突して壊滅した。


 ならばと、マヌス王国側が弓隊で遠距離攻撃をしながら、歩兵部隊を進撃させてきた。


 すると、グラ軍の弓隊は、一斉に毒矢を番え、容赦なく毒矢の雨を降らせた。


 同じ弓兵同士でも、向こうはただの矢で、こちらは当たれば死を免れぬ猛毒の矢だ。

 被害の差は、歴然だった。


 敵の歩兵部隊も、毒矢の雨の中に次々倒れていく。


 敵軍が崩れると、グラ王国の騎馬隊と歩兵隊が動いた。


 毒に倒れた敵兵は無視して、背を向けて逃げる敵兵を追いかけまわし、一太刀浴びせては、また次の敵に一太刀浴びせていく。


 戦場は、瞬く間に病人とけが人で溢れ返っていく。


 それらにとどめを刺すのが、後衛の仕事だった。


 捕虜の生活費がもったいない。


 だから捕虜はいらない。


 それが、グラ王国の国王、バルバ八世の考えだった。


 そして、丘の上に陣取るバルバ八世は、敗走する敵軍を見下ろしながら叫んだ。


「奴らを逃がすな! 追撃せよ! 全軍進撃!」


 王の指示で、すぐさま本陣の兵たちは移動の準備を始める。


 元から敵を襲っていた前衛部隊はそのまま敵を追いかけ、敵兵にとどめを刺していた後衛部隊もそれに続き、王を守る近衛兵部隊はその背を負いながら本陣を移動させていく。


 追撃部隊を派遣するのではない、本隊がまるごと移動する。


 バルバ八世は、敵軍をまるごとすり潰すつもりだった。


 やがて、敵、マヌス王国軍は、自国の町にたてこもり、市街戦を展開しようとする。

 だが、そうと分かるや、バルバ八世は即決した。


「火矢を放て! 町を火の海にするのだ!」


 王の命令で、数千の火矢が、町に撃ち込まれていく。


 町は瞬く間に火の海になった。


 敵軍は、市街戦を展開することもできず、町と共に焼け死んだことだろう。当然、住民は巻き添えだ。


 町は一晩中燃え続けた。


 翌日、焼け野原と化した町を確認してから、バルバ八世は、ようやく撤退命令を出した。

 強国グラ王国の支配者にして、常勝不敗の鉄血王。

 それが、バルバ八世その人だった。



   ◆



 国境沿いの砦まで戻ったバルバ王は、宮廷料理の並ぶ晩餐を食しながら、卓を共にするノックスとルーナに語り掛けた。


「我が軍の戦い方を見て、驚いたかな?」


 厚切りステーキを飲み込み、ワインを転がしながら、バルバ王は不敵に笑った。


 ただでさえコワモテなのに、凄味が増して見える。


 バルバ王の采配は、近隣諸国の間でも有名だ。


 戦に勝つためならば、手段は選ばない。


 敵騎馬隊の馬を攻める。

 敵船団の船と漕ぎ手を攻める。

 毒矢、焼き討ちは積極的に。

 敗走する敵には追撃を。

 敵国の人間は兵士だろうが平民だろうが容赦なく皆殺し。


 味方にとっては常勝不敗の鉄血王だが、近隣諸国にとってはまさに覇王そのものだった。

 しかし、薫り高いコーヒーを飲みながら、ノックスは穏やかに言った。


「ええ、実に効率的で清々しい、素晴らしい采配でした。並の王では、ああもう苛烈にはいきません。貴方は、他の王とは器が違う」


 最大級の賛辞を贈るノックスの隣で、ルーナは宮廷料理に舌鼓を打っていた。


「この料理おいしい♪」

「我が国の牛は、よく肥えている。好きなだけ食べるといい」

 ルーナの笑顔に、バルバ王は満足げに口元を緩めた。


「しかし、ノックス殿は剛毅なお人だ。今の言葉は私に取り入るための方便ではない。貴方の本心だ」

「当然だ。私が同じ立場でも、同じ采配をしたでしょうね。実に合理的で、効率的だ」


 ノックスが真顔で答えると、部屋のドアが破られるように開き、美しい乙女が怒鳴り込んできた。


「父上! 伝書バトで聞きましたよ! マヌス王国の町を焼き払ったと言うのは本当ですか!?」

「本当だ」


 娘の剣幕に動じず、バルバ王は厚い胸板を張りながら言った。


「ノックス殿、彼女はアウリス、私の一人娘だ。アウリス、こちらは――」

「そんなことはどうでもいいのです!」


 バルバ王の言葉を遮るようにして叫び、アウリスは詰め寄った。


「敗走する敵を追撃するなど武人の恥です。まして罪もない民ごと町を焼き払うなど、我が王家は末代まで呪われますよ!」

「姫様は敵にも優しいのだな」


 傲然とワインを飲み、言葉を持たないバルバ王に変わって、ノックスが答えた。


「どこのどなたかは存じませんが、貴方は父の味方をするのですか?」

「ええ。申し遅れました。私はノックスというしがない傭兵です。ところで、姫様は今回の戦の経緯をご存じですか? 先に仕掛けてきたのは、マヌス王国側ですよ?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

いつも本作を読んでいただきありがとうございます。


2019年11月30日、

PV数20000回

フォロワー数150人

応援数300

星50を達成しました。


単語の意味は違うけど気分的には四冠です。


みなさん、本当にありがとうございました。

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