第65話 縁の下の力持ち……1

 とある国の、国境線沿いの領地。


 そこを治めるのは、勇猛果敢で知られる青年貴族、スペルキリウム伯爵だ。


 敵国との国境線に位置するが故に、侵攻戦でも防衛線でも、常に最前線で戦い続ける、軍人貴族の家系だ。


 今日も今日とて、伯爵は鎧甲冑に身を包み、本陣で勇ましく、部下たちを鼓舞する。


「それでは本日の作戦を伝える! 先鋒隊から順次突撃し、敵部隊を各個撃破せよ! 私が機を見て合図したら全軍突撃だ!」

『オォオオオオオオオオオオオオオ!』

 本陣に控えていた家臣たちは雄々しく雄叫びを上げ、伯爵の周囲に控えていた重臣たちは期待に胸を膨らませた。


「ふふふ、腕が鳴るな!」

「どちらがより多くの首級を挙げるか競争だな!」

「望むところだ!」


 部下たちの頼もしい言葉に、伯爵は満足げに頷いた。

 そこへ、静かだが良く通る声が割り込む。


「その作戦には賛同しかねます」


 途端に、兵士たちは鼻白んだ。


 声の主は、オクルスという、古参の老兵だった。


 律儀に手を挙げ、前に進み出る老兵に、一部の兵士は舌打ちまでした。


「またあいつかよ」

「空気読めよな」

「うぜぇ」


 心無い囁きには動じず、オクルスは水面のように静かな表情で、伯爵と向き合った。


「なんだオクルス、またお前か。今日は私の作戦にどうケチをつけようと言うのだ?」


 苦虫を嚙み潰したような顔をする伯爵に、オクルスは進言した。

「お言葉ながら、敵は戦上手で知られる名将。彼の敵を相手に正面から突撃するのは危険かと愚考致します」

「ええいこの腰抜けめ! どうして貴様はそうやっていつも士気を挫くようなことばかり言うのだ!」


 伯爵は、ツバを飛ばしながら怒鳴り散らした。


「策を弄するなど臆病者の作法! 騎士なれば正々堂々、真正面から尋常に戦うべきであろう!」

「ですが、それでは敵の奸計にはまり、お味方が敗走する危険がございます」

「馬鹿者! 敵がいかなる罠を張り巡らせようと、その上で勝利すればよい! 敵の奸計なにするものぞ! 皆の者、配置につけ! 先鋒部隊は合図とともに突撃するのだ!」

『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 オクルスの話なんて、誰も聞いていなかった。


 兵士たちは伯爵の天幕から離れ、前線へ向かった。


 そして、オクルスは何も言わず、どこかへと消えた。



   ◆



 スペルキリウム伯爵の軍は、今日も勝利した。


 敵は戦上手で知られていたはずだが、何故か敵の隊列は乱れていて、何故か対応が遅く、何故か敵は次々逃げ出した。


 本陣の総大将天幕の中で、伯爵は勝利の余韻に浸りながら、ワイングラスを傾けた。

「はっはっはっ、我が軍の威光に敵は恐れをなしたか。愉快愉快!」

「まったくでございますな、伯爵様!」

「これもひとえに、伯爵様の勇猛さが為せる業!」

「敵がいかに強大であろうと、伯爵様のお姿に奮い立たぬ兵はおりません!」

「そうであろう、そうであろう」


 伯爵は、己の勝利と家臣たちの阿諛追従に、すっかり有頂天だった。


「このまま一気に攻め上るぞ! ふふふ、増えた領地の使い道に困ってしまうな!」

「御屋形様。オクルスです。戦果報告に参りました、入ってもよろしいでしょうか?」

「っ、また貴様か、入れ」


 不機嫌にワイングラスをテーブルに置いて、伯爵は鼻から息を抜いた。


 天幕に顔を出したオクルスは、返り血の一つも浴びていない、実に綺麗な鎧姿だった。

「今回のお味方の被害についてですが――」

「そんなことはどうでもよい! 我が軍は大勝利したのだ!」


 オクルスの言葉を遮るように、伯爵は声を荒立てる。

 オクルスは、眉一つ動かさない。

「ですが、遺族への戦後補償もあります」

「そんなものはてきとうにやっておけ! どうしていつもいつも貴様は心地よい気分に水を差すんだ! 空気を読め空気を!」


 出ていくよう、指で外を差されて、オクルスは頭を下げた。

「承りました。では」


 オクルスが出ていくと、伯爵は残りのワインを干して、腹立たし気におかわりを要求した。


 家臣の一人がワインを注いでいる間、新人の近衛兵が、先輩兵士に尋ねた。

「あの爺さん、何者なんですか?」


「ああ、お前は知らなかったな。あの人はオクルス。先代から仕えている古参兵さ。長く勤めてはいるが、首級ひとつ挙げたことはない。鎧も綺麗だし、どうせ戦場じゃ戦わずに隠れているんだろう。その穴埋めのつもりなのか、あの年になってもあんな報告係から諸々の雑用までかって出ている。まっ、軍のお荷物さ」


「うへぇ、ああはなりたくないものですね」


「俺もだよ。でも、亡くなった先代は何故かあいつを側に置きたがってな。伯爵にしても、幼い頃から父上の側にいた馴染みだからクビにしにくい。功績がないかわりに、ミスもしないからクビにするきっかけもない。それで今日までずるずると残っているってわけさ……」

「ふーん、いるもんなんですね、ああいう人……」

 新人の近衛兵は、呆れ口調で息をついた。


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