第64話 何様神様気取りの人間様……5

 同じ頃。北方の島では、ひなと一緒に残ったノックスが、召喚魔法を使っていた。

「さぁ、お引越しの時間だ」

 ノックスの足元にも、ルーナと同じように光の陣が、ただし契約ための魔方陣ではなく、召喚のための召喚陣が1000、2000、4000と広がっていく。


 島の一角をまるごと覆いそうな勢いで広がる召喚陣に、起動の魔力を流し込む。

途端に、召喚陣の中から顔を出すようにして、ふわふわぷくぷくのレッペンたちが姿を現した。そのすぐ真下から、また別のレッペンが押し上がってくるので、お尻に頭を押し付ける形になる。


 上のレッペンは、ころりと転んで、その状態におもしろがって羽をぱたぱたと動かす。


 それから、すぐに新しい島に好奇心をくすぐられて、レッペンたちは召喚陣の外によちよちと歩いていく。(本人たちは走っているつもり)


「ふっ、どうやら、上手くいったみたいだな」


 召喚魔法とは、契約した霊的存在や生物を自由に呼び出し、また、元の場所に戻す魔法だ。


 これは、その召喚魔法を利用した引っ越しだ。


 まず、ノックスがルーナと契約を共有することで、ルーナが契約した対象をノックスも自由に召喚できるようにする。


 それから、ルーナが島中のレッペンと契約して、ノックスが北方の島で召喚してから、元の場所には戻さず放置する。

 これで、引っ越し完了だ。


 問題は、ノックスの魔力が持つかどうかだ。


 召喚魔法も魔法である以上、当然、使用には魔力を消耗する。


 何百万羽いるかわからないレッペンを、全員召喚する。


 いくら天下に名高き【双黒の傭兵ノックス】でも、これは、なかなか骨が折れそうだ。

 だが……。

「漁師に男爵……あんたらが私の言うことを聞いてくれれば、私もここまで極端なことをするつもりはなかったんだ。私だって鶏や七面鳥は食べるし動物愛護家でもない。けどな、今の俺は、全面的にレッペンの味方なんだ。出すぜ本気」


 ノックスはさらに魔力を稼働させ、レッペンたちを召喚していく。


 レッペンたちは新しい島の冒険と、周りの海の探索に大忙しだった。



   ◆



「な、なんなんだこれは! 一体どうしたことだ!?」

 翌日の昼、漁師たちからの訴えで島に上陸したブベス男爵は、驚愕の悲鳴を上げた。

 島からは、レッペンが一羽もいなくなっていたのだ。


「まさか、あの男の言うとおりに、本当に取りつくしちまったのか?」

「馬鹿言え。昨日引き上げる時だって、まだあんなにいたじゃないか」

「てことは、俺らが危険だと知って逃げた?」

「いや、そもそもあれは新種の鳥だ。もしかして渡り鳥みたいに、どこかに泳いでいっちまったんじゃないのか?」

「理由などどうでもいい! それよりどうするのだ! このままでは私の子爵への昇格が、あぁ、せっかくの好機がぁ……」


 頭を抱え、うずくまるブベス男爵の周りで、漁師たちも嘆き、地面に手と膝をついて絶望していた。


「レッペンがいなくなったら、俺らはどうすればいいんだ……」

「こんなことなら宵越しの金は持たないなんて言わずに貯金しておけば……」

「もうおしまいだ……」


 けれど、ただ一人、絶望していない者がいた。

「何言ってんだよ父ちゃん!」


 それは、あの少年、カプトだった。

「父ちゃんたちは漁師だろ! 魚を獲ろうぜ! 前みたいにさ!」

 勇ましい握り拳を突き上げ、皆を鼓舞するカプト。


 すると、こんなガキに言われるまでもない、と言わんばかりに、漁師たちは表情を改め、立ち上がった。


「はん、当たり前だろ。俺らは海の男だ!」

「まぁ、ちょいと長い休暇だったな」

「そんじゃ、また海に出るか」

「カミさんにはどやされそうだけどな」

「じゃあ行くぜカプト。また魚の獲り方、仕込んでやるよ」

「おう!」


 やれやれと、仕方ないと、ため息をつきながら、だが顔に笑みを浮かべて、男たちは船へ戻る。

 ブベス男爵だけはその場にとどまり、地面に向かってぼやいていた。


「レッペンは……神が与えし、永世無辺の富で……わしの、わしの出世が……」


 上空を通りすがった海鳥が、ブベスの頭にフンを落とした。



   ◆



 その頃、ノックスとルーナは、北方の島で大きく息をついていた。


「はぁ、なんとか間に合ったねぇ」

「あぁ、流石に疲れたよ。だが、その甲斐はあった」


 ノックスが顔を上げると、そこには元気に歩き回り、じゃれあい、海に飛び込み泳ぐ、レッペンたちの姿があった。


 まるで、汚れた世界から切り離された楽園のように思える。


 不意に、ルーナの腕の中に、もっちりと収まっていたひなが、嬉しそうに鳴いた。

 二羽の、大人のレッペンが、お腹を揺らしながらこちらに歩いてくるのが見えた。

 きっと、この子の親だろう。

 まだ、捕獲されずにいたらしい。


「ルーナ」

「……うん」


 ちょっと名残惜しそうに、ひなを地面に下ろすと、ひなは元気によちよち歩いていく。

 両親は大きなお腹で、ひなを守るように左右から挟んだ。


 ぷくぷくのお腹に包まれて、ひなはきゅーきゅー喜んだ。


「良かったな」

「うん♪ それに、動物にやさしい師匠、かっこよかったよ」

 ひなを返してしまい、寂しくなった胸元を補うように、ルーナは腕に抱き着いてきた。


 ぷくぷくの胸で、腕を挟み込み、何かをアピールしてくる。


 あえて、その幸せな感触には言及せず、ノックスはクールに返した。


「そんなんじゃないさ。私は豚肉も牛肉も食べる。レッペンが可愛いから助けたのだとしたらとんだ差別だ。私は、身勝手な連中をへこましてやりたかっただけだよ」

「師匠って壊滅的に照れ隠しが下手だよね」

「…………えい」


 珍しく、というかたぶん初めて、ルーナを振り払い突き飛ばした。


 ルーナが倒れこんだ先はレッペン率100パーセントのベッドで、さらにレッペンたちが群がり掛布団になる。

 いまや、ルーナは三次元すべてをレッペンに覆われていた。


「あははは、くすぐったい。でもきもちぃ。きゃはは、やめてぇ♪」

「お前はそこでもふもふしていろ……私もやる」


 言って、後ろに倒れこんだ。

 もにもにとしたレッペンのベッドに抱き止められ、またたくまにもふもふに包まれた。

 その心地よさときたら、人をダメダメにするソファーベッドを超えていた。

 しかも、レッペンの体温で温かいし、自ら動いてマッサージまでしてくれる。


 ――あぁ、これは夢心地だ……いつまでも、こうしていたいものだ。


 双黒の傭兵の顔には、満足げな笑みが浮かんでいた。

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