第66話 縁の下の力持ち……2

 桜の花が散り、枝には青々とした葉が生い茂る五月の昼下がり。


 ノックスとルーナは、スペルキリウム伯爵の天幕にいた。


「陛下が雇った特別部隊とは貴様らか?」

「ええ、部隊と言っても二人きりですが。それで、我々はどのように動きましょうか?」

「どのように? そんなもの、敵陣営に向けて突撃すればいいだろう」


 伯爵の物言いに、ノックスは思わずまばたきをしてしまった。


「何をハトが豆鉄砲を食ったような顔をしている? 我が勇猛果敢なる兵士たちに策など不要。攻めて攻めて攻めまくるのだ! はっはっはっ!」

「その通りですぞはっはっはっ!」

「まったくですな、わっはっはっ!」


 高笑う伯爵と重臣たちの姿に、ノックスはへの字口で固まった。



   ◆



 天幕を出ると、ノックスはお手上げとばかりに、軽く両手を上げた。

「ありゃ駄目だな。どうしてあんな奴が総大将なんだか」

「よく今まで勝ててるよね……」

 ルーナも呆れて、眉根を寄せた。


「相手が本気じゃないのか、それとも敵が輪をかけて馬鹿なのか……」


 本陣に張られた複数の天幕の横を通り過ぎながら、ノックスたちは前線を目指して歩いた。


 途中ですれ違う守備兵たちにも緊張感はない。


 自分たちの勝利を信じて疑っていない様子だ。


「聞いた話によると、先代は慎重な人で、侵攻には消極的で、けれど国土防衛にはめっぽう強かったらしい」

「へぇ、あたし好きだなそういう人♪」

 ルーナはにっこりと笑う。


「だが、先代は三年前に病気で急死。四〇歳になってから授かった青二才が後継ぎだ」

「あ、さっきの……」

 ルーナのテンションが、かくんと落ちた。


「どうやら、父親の気質は受け継がれなかったらしいな……」

「似てない親子って、いるんだねぇ……」

「…………いや、むしろ似ている親子の方が稀さ」


 在りし日を思い起こしながら、何かを言おうとして、しかしノックスは飲み込んだ。


「あ、でもでも、あたしと師匠の間に産まれた子供ならきっと師匠に似てカッコよくて、あたしに似て可愛いと思うの。そんな癒しをおひとりいかが?」


 ノックスの心に暗い影が落ちそうになったタイミングで、ルーナは腕、ではなく脇腹に抱き着きもたれかかってきた。


 バトルドレス越しにも伝わる豊満なバストの感触と、ハーフアップにまとめた金髪の香りが、ノックスを現実に引き戻してくれた。


「……歩きにくいし人が見ているからやめろ」

「今の間は、我に勝機あり!」

「十死零生の世界へようこそ」


 ガッツポーズを取るルーナを、さらりと突き放す。


「冷たくしないで。世間の風が冷たいの♪」

「今は五月だ。そんなに寒けりゃ赤道直下の海でサメと戯れていろ」

「え? あたしの水着姿が見たい? 師匠はビキニ派? ワンピース派? あ、でも他の人がいるならTバックは許してほしいな、恥ずかしい♪」

「女の子がそういうことを言うなっ」


 ルーナの頬を摘まみ、もみしだく。


 これはこれで喜ばせてしまうのだが、とりあえず黙らせることはできる。


「それにしても、どうしてあんな総大将で今まで勝っちまうかなぁ。このままじゃ近いうちに滅ぶぜ?」

「え? 勝ってるのに滅ぶの?」

 トリップ中のルーナが、意外そうな顔で正気に戻る。


「蛮勇な大将は、慎重な家臣を遠ざけ同じく蛮勇な家臣ばかり手元に置く。やがて下の者たちも攻める事のみを考え判断力を失う。そして退き際を見誤り、いずれ取り返しのつかない負け戦を起こしてしまう。ストッパー役が完全に消え去り、組織が暴走する前に負けを経験できればいいが、下手に勝利を重ねるともう駄目だな」


 そこで一度、言葉を切ってから、ノックスは息をついた。


「まぁ、俺らはただの傭兵だ。金さえもらえればそれでいい。三日で金貨三〇〇〇枚。悪くない依頼だ」

「わぁ、ひとごとぉー」

 ルーナがジト目になる。


「その通りだろ? 金を貰ったら王都で美味いもの食って次の国に行こうぜ」

「うん♪」


 ルーナもあっさり【ひとごと】になった。


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 本作を読んでいただき、いつもありがとうございます。

 先日、質問をいただきました。

 他にも気になっている人がいるかもしれないので、この場を借りて説明させてもらいます。


Q 55話~59話で将軍はプエル国側につこうとは考えなかったの?


A プエル側が将軍や娘を受け入れてくれるかがわからないのでできない。


 将軍としては、プエル側が自分ら親子を受け入れてくれて娘の安全が保障されればそれが一番です。

 自分に軍を指揮させてくれればプエル国も守れるし最高です。


 しかし、問題がふたつあります。

問題1 亡命できない

 プエル側としても敵国の幹部軍人が亡命したいと言って来ても信用できません。

 実際の戦国乱世でも、敵国の重臣が寝返りたいと言っても信じてもらえなかったりします。

 下手に交渉して失敗した挙句そのことが自国のナースス国にバレたら大変です。下手には動けません。

問題2 亡命したとしても娘が幸せになれるか微妙

 将軍の娘はハーフなので、プエルに行ったら行ったでハーフだからと良くない状況になるかもしれません。

 それに亡命してからナースス国に攻め滅ぼされたら大変です。寝返り者の将軍に軍隊の指揮をさせてくれるとも限りません。

 将軍にとっては自国で活躍するのが最良でした。

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