第63話 何様神様気取りの人間様……4

 夕方。


 ノックスは、漁港の所有者である、ブベス男爵の屋敷を訪ねていた。

 

 ルーナを外に待たせ、ノックスは一人、ブベス男爵の執務室で熱弁を振るった。

 だが、ノックスは想いは何一つ伝わらなかった。


「何故ですか!? 乱獲は貴方の領地の首を絞めるだけだ。今のレッペン産業を守りたいなら、漁師に狩猟許可証を発行し、毎年決められた量を獲るべきだ!」

「そんな必要はないだろう」


 執務室の机にふんぞりかえりながら、ブベス子爵はノックスの訴えをけんもほろろに払い落とした。


 傲然と笑いながら、肥えた腹をなでる。レッペンとは違い、醜い腹だ。


「あの島には私も視察に行ったよ。地平線の果てまで埋め尽くす、あのレッペンの数はどうだ。あれこそ、神が与えし永世無辺の富だよ」

「この世にそんな都合のいいものがあるか!」

「黙れ。レッペンのおかげで税収はうなぎのぼり。王室への上納金が増えたことで私は近々、子爵に昇格するという噂が陰ながらまことしやかにささやかれているという話を小耳に挟んだと行商の人間が言っていたのだ」

「事実無根だ、安心して乱獲を中止しろ」

「事実無根とはなんだ! 私は子爵に、子爵になるのだ! 出ていけ、不愉快だ!」


 こちらへ投げつけようとするようにペン立てを握ってくる。


 話にならないと、ノックスは屋敷を出ていった。



   ◆



 屋敷の門前では、ルーナが不安げな表情で待っていた。

「どうだった?」

「駄目だ。まるで話にならん。今や漁港、そしてあの港町はレッペン産業で成り立っている。それをやめる気も制限する気もないんだ」


 悔しそうに目をつぶり、ノックスは頭を悩ませた。


「ごめんねペンちゃん。人間がひどいことばかりして」

「きゅ~……」

 レッペンにはこの事態は理解できないだろう。

 けれど、ルーナの悲しい気持ちが伝わったのか、同情的な鳴き声を上げた。


 そして、元気づけるように、ふわふわの羽で彼女の腕をさすった。

「はげましてくれるの? ありがと」

「きゅ♪」

 彼女が腕に力を籠めると、レッペンは嬉しそうに鳴いた。


 そんな姿を見ていると、なんとかしなければという焦燥感が湧いてきて、ノックスは辛かった。



   ◆



 宿で一泊してから、次の日の朝。

 ノックスとルーナは、宿から出ると、人ごみの中にカプトの姿を見つけた。


「あ、昨日の」

 向こうもこちらに気づいたらしい。

 こちらに駆け寄ってくる。


「ああ、昨日は世話になったな」

「いいよ、あれぐらい。それよりも、レッペンはどうなったんだよ?」

「すまん、あれから領主のところに行ったんだが、断られたよ。しばらく、乱獲は続くだろうな」


 それはつまり、カプトの父親も、漁をしないということだ。


 カプトは黙って、肩を落とした。


 ルーナも、しょんぼりとする。

「あーあ、レッペンさえ見つからなかったらこんなことにはならなかったのに」

 彼女の言葉に、ノックスは強い違和感を覚えた。


 ――待てよ。


「なぁカプト。あの島は確かに遠いが、漁師なら十分に漁業圏内だろう? どうして今まで発見されなかったんだ?」

「ん? あーあの島か。元からあるってことはみんな知っていたよ。でも海流が激しくてさ。渦潮も多いし。だけど去年の大地震で海流が変わって、島の南西の渦潮が消えたんだ。ここ、沖は北に行くほど海が荒れててさ」

「なら、他にも近づけない島はあるのか?」


 まるでこいねがうかのような口調のノックスに、カプトはやや戸惑う。

「あ、あるよ。もっと北のほうに。さすがに遠すぎて誰も行かないし俺も行たことないけど。切り立った岩山が遠くからでも見えるから、すぐわかるよ」

「それはいいことを聞いた」


 にやりと笑って、懐から金貨を取り出した。

「これは情報料だ。受け取ってくれ」


 だが、カプトは首を横に振った。

「いらねぇよ。それよりも、さっさとレッペンをなんとかして、また父ちゃんたちが漁をするようにしてくれよ。昼間っから飲んだくれてる父ちゃんなんか見たくねぇんだよ」

 カプトの真摯なまなざしに、ノックスは満足げに胸をそらした。


「ああ任せろ。この町の連中の目、覚まさせてやるよ」



   ◆



 ノックスとルーナは海上を北へ飛びながら、くだんの島を探した。


 すると、レッペンの島から、さらに北へ一〇〇キロ以上離れた場所にそれはあった。

 島の中央には切り立った岩山がそびえ、島の周りには渦潮がいくつも発生している。

 すぐさま島に降り立つと、二人は島の環境を確認した。


 レッペンの島と同じ岩石質。砂浜もある。


 上空から確認したところ、広さは十分だし、他に住んでいる動物はいない。


「よし、ルーナ。レッペンを全員、この島に移住させるぞ」

「うん!」

 ルーナは大きく頷いた。



   ◆



 腕に抱いていたひなをノックスに預けてから、レッペンの島に飛んだルーナは、島の北東に降り立った。


 渦潮の切れ目、島の入り口は南東なので、レッペン狩りの人々は、島の南東にいるからだ。


 ここなら、なにをしてもバレないだろう。


 ルーナの降り立った場所も、レッペンでいっぱいだった。


 空から降りてきたルーナに興味津々好奇津々で、足元に群がってくる。


 これが普段なら、レッペンのもふもふに飛び込みたいところだが、今は一刻を争う。

 こうしている間にも、レッペンたちは次々捕獲されているのだから。


 自身がチェンジリングであることを感謝しながら、ルーナは声とともに、最大出力で思念を飛ばした。


「みんな、島の南西にいる人たちについて行っちゃだめ! あの人たちについて行ったら、ずっとお腹ぺこぺこでひとりぼっちになっちゃうんだよ!」


 思念を受け取ったレッペンたちが、きゅーきゅー騒ぎ出す。

 レッペンに言語能力はないが、その感情をあえて人間風に翻訳するなら、

「え? そうなの?」

「ぺこぺこやだぁ」

「みんなといっしょがいいよぉ」

 といったところか。


「これからあたしが、みんなを今まで通り、みんなでもふもふしていられる島に連れて行くから、そのために、あたしと召喚獣契約してくれる?」

「なにそれぇ? するするぅ」

「よくわかんないけどするぅ」

「けいやくするぅ」

 きゅーきゅー鳴きながら、レッペンたちはぷくぷくの体を揺らした。


 こんなにも純真な子らを殺すなんて、絶対にいけないとルーナは思った。

「じゃあみんな、もっと集まって!」

 声と思念を張り上げてから、両手の平を地面に向けた。


 すると、彼女の足元が輝き、光のラインが走った。

 光のラインは、幾何学模様を内包した円、契約の魔方陣を描きながら、次々新しい魔方陣を生み出していく。

 直径二メートルほどの魔方陣が10個から20個、40個、80個と倍々に増え、ついには1000を超えた。

 自分たちの足元に広がる光の模様を、レッペンたちは楽しそうに足踏みして眺める。

「ぴかぴかぁ♪」

「キレー♪」

「なんかぽわぽわするぅ♪」

「あったかぁい♪」


 目を細めて大喜びのレッペンたちの、姿は、光とともに消えた。

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