第62話 何様神様気取りの人間様……3

「うっひょぉおお! 船がこんなに速く走るのなんて初めてだぜ!」

 ノックスの水魔法で、背後に水流を噴射し、帆に突風を受けながら、漁船は猛スピードで海上を疾走した。

 カプトと名乗る少年は、舵を握りながら、大興奮だった。


 船尾で魔法を維持するノックスに、ルーナが問いかけた。

「ねぇ師匠。急に慌ててどうしたの? レッペンが世界から消えるって、どういうこと?」

「絶滅するってことだよ」

 深刻そうな声で、ノックスは答えた。


「絶滅って、今はいないけど大昔にいた生き物のことじゃないの? レッペンは今の動物だよ?」

 ルーナは、きょとんと尋ねてくる。


 文明の進んでいない世界の人には、理解できなくても仕方がない。


 ノックスは、噛んで含めるように説明する。

「いや、生き物は絶滅するんだよ。人間の乱獲が原因でな」


 眉間にしわを寄せて、ノックスは言った。

「これは、こことは違う、とある大陸で起こったことだ。人間は、とある地方で新種の鳥を見つけた。その鳥はあたり一面を覆いつくすほどたくさんいて、簡単につかまって、しかもおいしかったから、みんな我先にと捕まえて殺した。徐々に数が減っていっても乱獲は止まらなかった。人々の中では『数えきれないほど、山ほど海ほどいる鳥』と認識していたからだ」


 語る間に黒い瞳は苛立つように細くなり、声は重くなる。

「そのうえ、鳥の数が減っていることに気づいても誰も乱獲をやめようとしなかった。誰だって、自ら飯の種を捨てたくないからな。それどころか、数が減ると希少価値がついてさらに多くの人間が乱獲するようになった。絶滅寸前になると、残り少ない鳥を独り占めしようと、争うように乱獲し始めた」


 吐き気がするような話に、ノックスの目は、いよいよ険しさを増して、まるで自分のペットを殺されたような剣幕だった。


 ルーナも、その迫力に圧されて、言葉を失う。

「私は動物愛護家でも環境保護家でもない。でもな、ものには限度ってもんがあるぜ」


 本人の言う通り、彼の原動力は、レッペンへの愛ではない。


 あくまでも、人間の醜さに対する憎しみだ。


 それでもノックスは、おそらくはこの世界でレッペンを守ろうとする唯一の人間だった。


 それを察したのか、ルーナの腕の中で、レッペンはノックスに好意的な鳴き声を上げた。



   ◆



 島は、まさに地獄絵図だった。


 岩石質の島は、地平線の果てまでレッペンたちで埋め尽くされている。


 ぷくぷくのまんまるボディによちよちの足、ぱたぱたと動くふわふわの羽。まるでメルヘンランドだが、野蛮な無頼漢たちが、羽毛の天使たちを次々運び込んでいく。

 レッペンたちは警戒心がないどころか、好奇心が旺盛でかつ甘えん坊だった。


 見慣れない生き物である人間、漁師たちの足元に群がり、抱き上げられると喜んでいる。


 漁師がレッペンを木箱に入れると、他のレッペンたちは「その箱なーにー?」「ぼくもいれてぇ」とばかりに、漁師の前で順番を待ち始める。


 極めつけは、漁師が接岸している船と海岸の間に橋を通すと、レッペンたちはおもちゃ売り場に駆け込む子供のように、次々船に乗り込み、はしゃいでいた。


 漁師たちは目につく、そして足に群がるレッペンたちを片っ端から、畑の野菜を収穫するようにして乱獲していく。


 こんな方法では、レッペンは何年も持たないだろう。


「お前ら、すぐにやめろ!」

 ノックスが怒鳴ると、漁師たちは酒の席で水を差された酔っ払いのように白けた顔をする。

「なんだテメェ?」

「やめろって何をだよ? あん?」


 喧嘩腰の漁師たちに、ノックスは声を荒らげた。

「これ以上乱獲すればレッペンは近い将来絶滅するぞ! 獲るなとは言わんが、獲る量を制限しろ! レッペンが地上から消えれば、お前らだって困るだろう!」


 すると、漁師たちはとびきりのジョークでも聞いたように噴き出した。

「ははははは、こいつはいいぜ。レッペンがいなくなる?」

「おいおい、こいつら何百万羽いると思っているんだよ?」

「レッペンがいなくなるだけ獲れってほうが無理な注文だぜ!」


 ――そうだ。誰もがお前らみたいに思って乱獲し続けて絶滅したんだ。リョコウバトも、オオウミガラスもな。


「無理でもなんでもない。お前らが乱獲をやめなければすぐに絶滅するぞ!」

「うるせぇなぁ。第一お前らだってレッペン捕まえてんじゃねぇか」

「お前こそレッペンを独り占めするためにそんなこと言ってんじゃねぇのか?」


 ルーナの抱きかかえるレッペンを一瞥してから、ノックスは反論する。

「あれは本土の海岸で迷子になっていたのを保護したんだ。故郷に返すつもりだったが、こんな有様では返すわけにはいかない。私はお前らを稼がせるためにこの子をこの島に連れてきたわけじゃないッ」

「あーあーうるせぇやろうだな!」


 漁師の一人ががしがしと頭をかくと、不意を突くようにして殴ってきた。


 ノックスは半身になって拳を避けると同時に、漁師の軸足を払う。


 漁師は前のめりに転んで、顔面から地面に激突した。岩石質のこの島は、それは致命的だった。


 漁師は盛大に鼻血を流しながら、地面を転がった。


 レッペンたちが、心配そうに集まり、漁師の体に体をこすりつけた。

 まるで、痛む患部をやさしくなでるように。


 その純真無垢な姿に、ノックスは心が痛くなった。

 ノックスだって、鶏や七面鳥の肉を食べる。

 畜産に反対はしない。

 けれど、レッペンを食べようとは思えなかった。


「ルーナ。レッペンたちに逃げるよう言ってくれ」

「うん! みんな逃げて! この人たちは危険なの! みんなを殺して食べちゃうの!」


 妖精界で育った、半人半精とも言うべきルーナの声は、周囲のレッペンたちに、正しく伝わった。だが……。


「ダメ、みんな理解してくれない。この子たちには、食べられるって考え方がないみたい」


 無限の純真さが恨めしい。


「くそっ、領主に直接話をつけてやる!」


 舌打ちをすると、カプトが待っている船に戻った。

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