第61話 何様神様気取りの人間様……2


 目的の漁港へ行くと、ノックスたちは目を疑った。


「師匠……これって……」

「まぁ、見たまんまだな……」


 漁港の入り口には、【レッペンタウン】と書かれた看板が立ち、レンガの壁には、レッサーペンギンの絵が描かれていた。


 町中は、それこそレッサーペンギン、通称レッペン一色だった。


 多くの人通りに溢れ、活気に満ちた大通りには、数えきれないほどの店が軒を連ねていた。


 露店にはレッペン柄のペナント、タオル、シャツ。レッペンのキーホルダー、ぬいぐるみ、置き物、などのグッズが並んでいる。


 服屋の看板には、レッペンの毛皮を使用していることを宣伝するうたい文句が並び、飲食店の看板には、レッペンの肉料理メニューがずらりと書き込まれている。


 他にもレッペンの焼き鳥屋、レッペンの卵焼き屋など、町中がレッペン祭りでもしているようなありさまだった。


 しかも、皆それを買い、大いに賑わっている。


「もしや」

 ノックスが鑑定眼を使うと、町中の人、彼らの上着、帽子、手袋に至るまであらゆる衣服に【材質:レッサーペンギンの毛皮】と表示される。


「驚いたな、本当にレッペン尽くしじゃないか……」

 ノックスの視線が、焼き鳥屋にとまった。

「食べるか?」

「食べないよ!」

 レッペンを抱きかかえるルーナが、むぎゅっと腕に力を入れた。彼女の細い腕が、れっぺんのふわふわボディにめりこんだ。


「んきゅ?」

 どうやら、当人は状況を呑み込めないらしい。


「はっ、まさか、師匠、ペンちゃんの仲間を食べるつもりじゃ!?」

 ガーン、とショックを受けた顔で、口をあんぐりと開くルーナ。


「生きているのを殺して食べるのと、すでに調理済みのを食べるのは違うだろ? それとも今までさんざん鶏や七面鳥を食べておきながら、レッペンだけは特別扱いか?」

 ノックスの意地悪な質問に、ルーナは困ってしまう。


「え、あの、えと、うんと、それは、ほら……」

 心を落ち着けようと、ルーナはレッペンの腹をもにもにモミまわした。


「きゅー♪」

 レッペンはひたすらごきげんだった。


「心配しなくても食べないさ。意地の悪い質問をして悪かったな。でもルーナ、今のは答えのない、大事な問題だから覚えておくんだ」

「う、うん……」

「じゃあ魚料理を食べに行こう。そういう予定だからな」


 そう言って、ノックスはできるだけ大きなレストランを探した。



   ◆



 観光客向けの大きなレストランの席に着いたノックスは、メニュー表を見て驚いた。

「なんだこれは? 魚料理が載っていないじゃないか?」

「師匠ここ見て。魚料理は数量限定って書いてある」

「そんな馬鹿な。ここは漁港だぞ?」


 取り乱しながら、ノックスは通りがかったウェイターを呼びつけた。

「おい、どうして魚料理がないんだ?」

「ん? ああ、漁師たちがレッペン狩りに夢中で漁をしてくれないから、魚も手に入らないんですよ。それよりレッペンの肉料理はどうです? 当店の人気メニューですよ?」

「豚や牛の肉料理は?」

「そんなのありませんよ。だってここ、漁港ですよ?」


 あっけらかんとしたウェイターに、ノックスもルーナも、顔を見合わせて閉口してしまった。



   ◆



 やむを得ず、パン、サラダ、ポテトの揚げ物を食べたノックスはとルーナは、港に赴いた。


 停泊中の船からは、次々積荷が降ろされていた。


 見たところ漁船のようだが、魚を積んでいる様子はない。


 積荷の木箱から聞こえてくるのは、レッペンの鳴き声だった。


 ルーナの腕に抱かれるレッペンも、その声に反応して鳴いている。


「どうやら、本当に漁業をやめたらしいな……」


 ウェイターの話が本当なら、漁師たちは皆、レッペン狩りに鞍替えしたのだろう。

「師匠、あの子、投網いじっているよ」


 ルーナが見つけたのは、まだ十代前半の、少年のような男子だった。

 小さな樽に腰掛け、一心不乱に投網の補修をしていた。


「君、漁師か?」

 声をかけると、少年は振り返り、

「いや、違うよ……漁師なのは父ちゃんさ」

 そう、悔しそうにつぶやいた。


「なのに、最近は鳥ばっかり追いかけて酒飲んで、全然漁をしないんだ。カッコ悪いったらないぜ」

「どうしてそんなにレッペンを追いかけるんだ?」

「…………そいつらがグズだからだよ」

 少年の目が、ルーナの抱きしめるレッペンを、憎らし気ににらみつけた。

「そいつらは肉も油も毛皮も骨も全部使える生きた金さ。なのに警戒心がなくて逃げるどころか、ほいほい人間についてくる。自分から船に乗ってくるやつもいる。だからレッペンん狩りをしていれば、楽して大金が手に入るんだ」


「ひどい話だね」

 ルーナは共感し、げんなりとした顔をする。


 だが、ノックスはそんな生易しい反応ではなかった。

 顔は青ざめ、目を丸く見開いて、一瞬呼吸が止まった。


「でも、きっといつかまた漁を始めてくれる。俺は信じているんだ。だからこうやっていつでも漁を再開できるよう準備を――」

「おい! レッペンていうのは、そんなにたくさんいるのか?」

 少年の言葉を遮るように、ノックスは食らいつくようにして問いかけた。


 少年は怯む。

「し、島中を覆いつくすぐらいいるよ……獲っても獲っても獲り切れないって父ちゃんが自慢していたからな」


「まずいぞ!」

 素っ頓狂な声をあげて、ノックスは少年に詰め寄る。


「どうしたの師匠?」

「君、島の場所はわかるか? すぐに教えてくれ!」

「な、なんだよ急に。海に出れば場所は知っているけど」

「ならすぐに連れて行ってくれ。でないとレッペンが世界から消えるぞ」

「よくわかんないけど、父ちゃんは酒飲みに行っちまったし、いいぜ。船に乗りなよ」


 言って、少年が近くの漁船に飛び乗ると、ノックスとルーナも後に続いた。

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