第59話 親の心子知らず……5
翌日の朝。
クティスの泊まっていた部屋を、一人の男性が訪ねた。
ドアを開けると、クティスは目を丸くして驚いた。
「で、殿下!?」
相手は、昨晩亡くなった国王の息子、この国の王子だった。
王子は理知的な笑みを浮かべて、クティスに語りかけた。
「朝早くに失礼するよ。だけど、吉報を早く君の耳に入れたくてね」
「吉報、ですか? まさか、父のことでしょうか?」
「その通りだよ」
父が助かったのか。しかし、それをわざわざ王子が伝えにくるのか?
クティスが不思議がると、王子は言った。
「我が父が崩御したことにより、私がこの国を王位を引き継ぐことになった。ついては、君の父上との取引も破棄させてもらおう。これでもう、君は投獄される恐怖に怯えなくてもいい」
クティスは困惑するあまり、眉根を寄せて、しばし言葉を失った。
「あの……失礼ですが殿下。わたくしには、何の話か、皆目わかりませんわ……」
すると、今度は王子が困惑の表情を浮かべた。
「なんと、貴女はご存じなかったのか?」
「その、恥ずかしながら。よければ、事情をお聞かせ願えないでしょうか?」
「ええ。貴女にはその権利がある」
肩を縮め、恥じ入る彼女に、王子は罪の告白をするようにして語る。
「恥ずかしいことに、我が父はプエル人の排斥政策を行っていました。国内に住むプエル人とその血を引く者に無実の罪を着せて、次々刑務所に投獄しました」
そこまで聞いただけで、クティスは心臓が止まりそうな程に驚いた。
赤と青のオッドアイが凍り付く。
「プエル人の血を引く者……あの、では…………」
恐怖で声を震わせるクティスに、王子は頷いてみせた。
「はい。貴女も、投獄対象でした。そのため、ディギトゥス大佐は貴女を守るために、誰よりも率先してプエル王国軍と戦い、国家への忠誠心を証明し続けました。我が父もそこに付け込み、戦上手なディギトゥス大佐を旗頭にすべく、プエル王国を亡ぼした暁には、貴女の身柄の恒久的な安全を保証すると、持ち掛けたのです」
「――――――――!」
足元が崩れ、どこまでも落ちていくような絶望感と、そのまま、頭から地面に叩きつけられるような衝撃が、クティスの全身を貫いた。
父ディギトゥスは、ずっと自分を守るために戦っていた。
自分を守るために、妻の故郷を亡ぼそうとしていた。
そのことを言わなかったのは、自分に重荷を背負わせないようにするためだろう。
なのに、自分は今まで父を責め続けた。
いや、それだけではない。
自分は昨晩、父を見捨てたのだ。
「父上ぇええええええええええええええええええええええええええええええ!」
王子を突き飛ばさんばかりの勢いで、クティスは部屋を出て行った。
オッドアイから大粒の涙をこぼしながら、自分を責めながら、父の無事を祈った。
「父上! 父上! わたしの、わたしの!」
自分はなんて馬鹿だったのだろう。
少し考えればわかることだ。
プエル人の母を愛した父が、プエル王国を責める筈がない。
ハーフの自分が、無事でいられるのが当たり前の訳がなかった。
クティスは息を切らし、慌てるあまり途中で転び、膝を擦りむいたが、構わず医務室へ走り続けた。
「父上!」
会いたい。
抱きしめたい。
そして謝りたい。
それから、今まで自分に注いでくれた、返しきれない程の愛を父に。
世界で一番大切な人に。
「父上!」
クティスが医務室のドアを開けると、そこには、ベッドから上体を起こし、医師に脈を取って貰っているディギトゥスの姿があった。
裸の上半身を見る限り、右わき腹には傷一つ残っていない。
「ちち……うえ……傷が…………」
目を丸くするクティスの横で、ノックスが微笑を浮かべた。
「この人には生きる値打ちがあった。それだけだよ」
「…………あぁ……良かった…………」
安堵のあまり、クティスは力が抜けて膝から崩れ落ちた。
その、尋常では無い様子に、ディギトゥスは全てを察したようだった。
「……そうか、知ってしまったか」
「ええ……先ほど殿下が私の部屋に訪ねてきて……」
「黙っていてすまなかったな、許してくれ」
ディギトゥスは、まるで、有罪判決を受け入れる犯罪者のように沈鬱な表情だった。
しかし、クティスは首を横に振って、腕で涙を拭った。
よろめきながらも立ち上がると、ディギトゥスに歩み寄り、その胸板に抱き着く。
「父上……大好き……」
拭いたばかりの涙が溢れて、ディギトゥスの胸板を伝い流れる。
娘の暖かい抱擁に、ディギトゥスは穏やかな、慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。
「……あぁ、私もだよ」
太い腕が、クティスを抱き寄せた。
そこまで見届けると、ノックスはルーナの手を取った。
「ここから先は親子の時間だ。部外者はクールに去るもんだ」
「うん」
嬉しそうに頷くルーナを引き連れて、ノックスは医務室を出て行った。
◆
砦から遠ざかる途中、ルーナは目の下をほんのりと染めながら、うっとりとノックスの顔を覗き込んだ。
「ふふ、師匠ってば本当に優しいよね。だから大好き」
「優しくなんてないさ。私は自分好みの人間を助けているだけだからね」
ノックスの声は、あくまでもクールだった。
「子供の為なら憎まれたっていい。この世には、そんな親が一人でも多く必要なんだ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
つい最近気が付いたんですが
ファンタジーな存在に魅入られ人生を狂わされた不幸な少女を
同じく不幸な少年が助けるっていうルーナとノックスの関係
私が2015年に出版した『独立学園国家の召喚術科生』に似ている。
これは私がそういうの好きなのか、それとも四年前から成長していないのか。
後者だったらだいぶ悲しい。
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