第58話 親の心子知らず……4


 ノックスとルーナは、近衛兵に引き連れられながら、国王の寝室に向かっていた。


「国王が倒れた事を、前線の兵士は知っているのか?」

「いえ、皆の戦意を挫いてはいけないと伏せていたのです。今までは医者と回復魔法使いたちが総出で治療に当たりなんとか持たせていましたが、いよいよ意識が無くなってまいりました。ノックス殿は回復魔法の使い手と聞いております。何卒、力をお貸しくだされ!」


 寝室のドアを開けると、そこは消耗しきった回復魔法使いたちでいっぱいだった。

 魔法は筋肉と同じだ。

 使えば使うほど魔力を消耗し、魔力を消耗すると、魔法は効果が落ちて、やがてほとんど発動しなくなる。


 回復魔法使いたちは、限界以上に魔力を使い果たし、皆、ぐったりとしていた。

 ベッドに横たわる陛下を看ている回復魔法使いも、頭がフラついている。


 早速、ノックスは国王に鑑定眼を使い、容体を確認した。


 ――やはり脳梗塞だな。私なら治せるが……。


 ノックスの脳裏に、昨晩聞いたクティスの言葉が浮かんだ。


 ――国王は人種差別主義者で、王子は平和平等主義者か……。


 それから、クティスとディギトゥスについて、少し気になっていることを思い出す。

 すると、ノックスは、わざと嘆いて見せた。

「あぁ、残念だ陛下。せめてあと一時間早ければ治せたのに」

「そんな!?」

 近衛兵は青ざめた。


「それでも、私の魔法で数時間は持たせてやる。すぐに呼べる肉親は?」

「お、王子を既に呼んでおります。まもなく着く頃かと……」

「なら、それまでは持たせるか。ルーナ」

「うん、任せて師匠」

 ノックスとルーナは、ふたりがかりで国王の頭に触れ、回復魔法をかけた。



   ◆



 夕日が沈みかけ、藍色の夕闇が垂れ込める頃、首都を陥落させた部隊の一部が砦に戻って来た。


 彼らは圧勝だった。


 首都を一日で落とした大勝利だった。


 だが、勝利の代償は、あまりにも大きかった。


 砦の医務室に、ディギトゥスが運び込まれた。


 その呼吸と鼓動は、あまりにも弱々しいものだった。


 横に寝かせられる彼の右わき腹には、短い棒状のものが通っている。


 それは、槍の柄だった。


「すぐにありったけの回復魔法使いを集めろ! 敵のジャベリンが腹を貫通した!」

「従軍した回復魔法使いは魔力を使い切ってしまったんだ!」

「大佐を死なせるな! 我らが生き残れたのはこのお方のおかげだぞ!」

「魔法だけじゃ足りん! この腹の穴を縫合できる医者はいないのか!?」

「そんな医者いませんよ!」

「それに砦の回復魔法使いも、今は全員魔力切れだ!」

「なんだと! どういうことだ!?」


 砦の医務室は、天地をひっくり返したような大騒ぎだった。


「おい、クティス様をお連れしたぞ!」


 部下に引っ張ってこられたクティスは、変わり果てた父親の姿に、一瞬で表情を凍らせた。


「父……上……」


 一瞬、母の死に顔を思い出してから、クティスは父ディギトゥスに駆け寄ろうとした。

 けれど、足は数歩で止まり、視線を逸らした。


「……母上の故郷を亡ぼした報いよ」


 自分に言い聞かせるようにして行ってから、クティスは凛と言い放つ。


「そうよ。今まで散々プエル人を殺してきたのだから、当然の最後だわ。それに、父上は戦争狂いだもの。戦場で散るなら、本望でしょ」


 言って、クティスは踵を返した。


「待ってくださいお嬢様! せめて大佐の手を!」


 追いすがる部下たちの声を無視して、クティスは医務室から出ていこうとする。

 その前に、二人の影が立ち塞がった。




「貴方たちは、昨日の……なんの用かしら?」

 ノックスとルーナの姿に、クティスは足を止めた。


「私の仕事は、あくまでプエル王国を攻める事。それが契約だ」

 もったいぶった言い方で、ノックスはクティスに告げた。

「だが、私は金次第では怪我の治療もしている」

 クティスの横を通り過ぎて、ディギトゥスに歩み寄ると、鑑定眼で傷の具合を見る。

「ふむ、内臓と動脈をいくらか損傷しているが、これなら私とルーナの回復魔法で治せるな」


 クティスのまぶたが、一瞬反応したのを見逃さず、ノックスは提案する。

「特別に、金貨一〇〇枚で助けてやってもいいが?」

「それなら我々が払います! 大佐を助けて下さい!」

「私は娘さんに聞いているんだ! 他人は黙っていな!」

 部下たちが叫ぶも、ノックスはぴしゃりと断った。


 部下たちは口を閉ざすと、ノックスへの恨み言を飲み込み、クティスへ期待への眼差しを向けた。


「さぁ、どうするね、お嬢さん?」

 ノックスは、脅迫するようにクティスへ尋ねた。


 だが、彼女が悩んだのはほんの一瞬だけ。

 すぐに医務室の外へと足を向けた。

「その人にそんな価値は無いわ!」


 クティスがいなくなると、医務室はざわめき、部下たちは頭を抱えた。

ルーナは不安げな顔で、ディギトゥスを見つめた。

「師匠、報酬なら部下のみんなが払ってくれるし、助けてあげてもいいんじゃない?」

「いや、それは、この人次第だよ」

 ディギトゥスに触れると、ノックスは魔法を使った。


 麻痺魔法で痛みを麻痺させて、苦痛を取り除く。


 すると、ディギトゥスは僅かに目を開けた。


 かすかにだが、精神力が戻ったらしい。


「おぉ、大佐殿!」


 部下たちが感動する中、ノックスはディギトゥスの顔を覗き込み、そっと囁いた。

「大佐殿。クティスについて、貴方に聞きたいことがある」


 未来を見通すと呼ばれると大佐は、観念したように弱々しく息を吐いた。

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