第57話 親の心子知らず……3


 憎らし気に吐き捨て、クティスはワイン瓶を叩きつけるようにしてテーブルに下ろした。

「ヒック、うぃ~」

「飲みすぎだぞ。あんた、酒に強くないだろ?」

 

 彼女が飲んだのは、いま手に握っている小さなワイン瓶一本だ。それを三〇分以上もかけてゆっくりと飲んでいるのに、彼女はへべれけだ。理性がどこまで残っているかも怪しい。


「うるさいわよ黒髪頭。あーあ、あのクズ王早く死んでくれないかなぁ。平和平等主義の王子が王様だったら、こんなことにならなかったのに」


 聞く人が聞けば、それこそハーフでも投獄されそうなことを、ぺらぺら喋るクティス。

 ルーナはさっきからどぎまぎしっぱなしだし、ノックスは無関係を主張する方法を考え始めていた。


「ん? ん~」

 ふと、クティスの目が、怪しく光りながら、ルーナに留まった。

「な、なんですか?」

 ルーナは、いつでも逃げ出せるよう、腰を浮かせた。


 どうやら、身の危険を感じているようだ。


 ノックスも同意するほど、クティスの目は不穏なオーラを放っている。


「貴女、かわいいわね。それに、すごく胸が大きい……うりゃああ!」

「いやぁああああああ!」


 クティスがルーナに跳びかかり、ソファにかけた足を踏み外して逃げ遅れたルーナは、バックを取られた。


 クティスの腕が、ルーナの胴体に巻き付いて離さない。


「あぁああ! 助けて師匠! あたしの初めてが! 純潔がぁ!」


 手足を暴れさせながら、ルーナは衣を引き裂くような悲鳴を上げてヤられちゃうアピールをするも、ノックスは冷淡だった。


 クールな顔で、溜息をひとつ吐いた。


「落ち着けルーナ、もう寝てる」

「え?」


 見れば、クティスは看板を抱いて眠る酔っ払いのように、ルーナを抱いて気持ちよさそうに眠っていた。


 ルーナが心底安堵した息をつくと、ノックスは立ち上がった。


「じゃあ俺はもう寝るよ。お嬢様をよろしくな」

「え!? 師匠助けてくれないの!?」

「お嬢様は女、お前も女。なんの問題が?」


 不思議そうな顔で遠ざかる希望の光に、ルーナは切なげな声を上げた。


「そんな、今夜こそは師匠に純潔を貰ってもらおうと人知れず陰ながら混乱魔法と魅了魔法の練習をしてきたのに! せめて、せめてベッドに、師匠の隣で寝かせてよぉ! じゃないと寂しくて死んじゃうぅ! あたし独りじゃ眠れない病なのぉ!」

「お嬢様に謝れ」

「いやぁん、師匠のいけずぅ~!」


 滂沱の涙を流すルーナを無視して、ノックスはランプを消すと、ベッドに向かった。

「それと、水魔法で嘘泣きをするときは勢いと分量に気を使え。世界のどこに顔の横に跳び出す涙があるんだ?」


 静寂が部屋を支配してから、可愛い舌打ちが鳴った。

「ちぇ、バレちゃったか」

 反省の色は、欠片もなかった。



   ◆



 翌日の朝。

 国王は砦の二回から、眼下に居並ぶ軍勢に向かって叫んだ。


「本日、プエル王国の首都は陥落する。その時こそ、彼奴らは我が軍門に下り、我がナースス王国はかつてない繁栄を極めるであろう! 誇れ! 此度の戦は、ナースス王国の歴史に刻まれる。貴公らの名と共にな! 首都をプエル人たちの血に染め、断末魔の叫びを軍神に捧げよ! 全軍、進撃ぃいいいいいいいいいいいいいいい!」

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 兵士たちが砦から出ていく間にも、国王は叫んでいた。

「剣を取れ獅子たちよ! 盾を取れ英雄たちよ! 下等なる蛮族から土地を解放し、この地に文明の礎を築くのだぁ!」


 額に青筋を立て、喉を嗄らさんばかりに叫ぶ国王の口上を背に受けながら、兵士たちは出撃する。


 国王は、叫びすぎて疲れたのか、その場に座り込んだ。


 そんな中、ノックスとルーナは、別の方角へ向かった。


 二人の任務は、プエル王国の首都近くにある、砦を落とすことだからだ。


 亜音速で空を飛びながら、ノックスは鼻にしわを寄せた。

「やれやれ、血の気の多い国王様だよ」

「あたしたち、最初からプエル王国に雇われていれば良かったかな?」

 ルーナも、眉間にしわを寄せている。


「よせよせ。私らは傭兵だ。仕事に求めるのは正義ではなく金のみさ」

「もぉ、そんなこと言っちゃって。いつも可哀そうな人に肩入れするくせに」

 えへへ、とルーナは嬉しそうに、恋する乙女の顔で笑う。……が。


「マッハ2」

 ノックスは超音速加速。ぽつねん、とルーナを独り置き去りにする。


「ちょっ、待ってよ師匠! あたしまだ音の壁の概念理解していないから! 音速超えるとき力技で大変なんだからぁ! あぁああああああ! 音の壁にぶつかったぁ! 服が破けて裸になっちゃうぅ! おっぱいこぼれちゃうよぉ!」


 背後の声には耳を傾けず、ノックスはクールに飛び去った。



   ◆



 ノックスとルーナが、プエル王国首都を守る四つの砦を一方的に攻め落とした頃。太陽は西に大きく傾き、首都は茜色に染まっていた。


 首都進攻戦は、ディギトゥス大佐率いるナースス王国軍の圧勝だった。

 

 だが、兵士たちの知らないところで、事件は起こっていた。

 

 宿泊した砦に戻ると、まるで戦に負けたような大騒ぎだった。


 玄関ホールを通りすがった兵士に尋ねた。

「おい、何があったんだ?」

「ノックス殿。陛下が倒れたのです! 皆が出撃したとき、突然座り込み、そのまま意識が混濁しまして」

 

 砦で口上を述べていた時、てっきり疲れて座り込んだと思ったが、違ったらしい。


 ――塩分と脂質過多で飲酒に喫煙。そこへ大声を張り上げれば、当然だろうな。


「では、自分はこれで」


 兵士が立ち去ると、ルーナはノックスを見上げた。

「師匠。行かないの?」

「頼まれてもいないのに行く必要があるか? あいつこそがこの国の病巣だ。助ける値打ちがあるかよ」


 だが、運悪くというか、国王直属の近衛兵が、目の前を通り過ぎた。


「ノックス殿、すぐに来てください! 陛下が大変なのです!」


 ノックスは、酷く鼻白んだ。

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