第56話 親の心子知らず……2

 

 食事が終わり、パイプタバコを吹かしながら戦争の話に花を咲かせる国王に付き合うこと二時間。


 部屋中がタバコの煙でいっぱいになる頃、ノックスたちは解放された。


 ルーナはぐったり、ノックスも、やや疲れた顔で、今日の宿泊室に向かっていた。

 二人の前を歩くのは、ディギトゥス大佐だ。


「今日はご苦労だったな。二人は私と同じ、幹部用の部屋だ。ぐっすりと眠ってくれ」

「そうか。なら、ベッドのクオリティに期待させてもらうよ」

「あの、陛下っていつもあんなにお酒とたばこを呑むんですか?」


 ルーナが心配そうに尋ねると、ディギトゥスは厳格か表情で頷いた。

「うむ、陛下は大の酒豪で愛煙家だ。戦に勝って機嫌よいからではなく、いつもあれぐらい呑まれる」

「タフな王様だなぁ……」

 ルーナは肩を落とした。


 ――油に塩分、タバコにアルコール。いつ脳梗塞で倒れてもおかしくないな。


 健康でいて欲しい。

 自分が報酬を貰うまでは……とノックスは願った。


「貴公らの部屋はあそこだ。私の部屋はすぐ隣の、む?」

 太い眉をひそめて、ディギトゥスは訝しんだ。


 見れば、廊下の奥に、貴族と思われるドレス姿の美少女が立っていた。

 右目が青く、左目が赤いオッドアイが、神秘的な印象を与えてくれる。


 けれどその顔は、怒りに歪んでいた。


「クティスか。何故ここにいる?」


 どうやら、ディギトゥスの知り合いらしい。


「父上、いつまでこのようなことを続けるおつもりですか?」

「娘?」

 ルーナが、小声で呟いた。


 ノックスも、いかついディギトゥスの娘とは思えなかった。


「ねぇ師匠、養子かな?」

「思っても口にするな。私を見習え」

「ん、見習うっ」


 ノックスとルーナの小声のやりとりとは別に、向こうの話も進んでいた。


「父上、いま、王都の劇場では、父上を主人公にした演目が盛んに行われています。そのせいで、私がなんと言われているかご存じですか?」


 険のある眼差しを、ディギトゥスは苦も無く受け止めた。


「知らないな。なんと言われているんだ?」

「プエルを亡ぼした女です。父上の娘、ただそれだけで!」

「プエルはまだ亡んではいない。亡ぼしている最中だ」

「同じことです! 父上、プエルは死んだ母上の故郷なのですよ」


 ――なるほど、この子はハーフか。


 彼女のオッドアイを見つめながら、ノックスは納得した。


「お母さんはよほどの美人さんだったんだね」

 そしてルーナは学習していなかった。

 どんなに小声でも、口はわざわいの元である。


「いくら陛下が決めた事とはいえ、愛する妻の故郷を攻める戦に加担しているというだけでも恥ずかしくて墓前に花を手向けられないというのに、まさか父上が先頭に立って亡ぼすなんて。ッッ~~母上にどう申し開きする気ですか!?」


 娘に訴えを聞いたディギトゥスは、だが、椅子の上に寝転がる猫を追い払うように、気だるい声を出した。


「プエル王国は母さんではなく母さんが生まれた土地だ。いちいち混同するな。そんなことを言うために、王都からわざわざ来たのか?」

「そ、そんなことですって!?」

 信じられないと、クティスは驚愕に目を見開く。


 その一方で、ディギトゥスは話し終えたと言わんばかりに、宿泊室のドアを開けた。

「二人の部屋はこっちだ。中を確認してくれ」

「父上!」

「死んだ妻の故郷だから。そんな私情で任務を放棄する軍人がどこにいる。お前は早く王都に帰るんだ」

「あっ、父上!」


 ディギトゥスが隣の部屋に引っ込むと、クティスは悔しそうに地団太を踏んだ。


 ノックスとルーナは、まるきり蚊帳の外だ。


 だが、複雑な親子関係だなと思いながら見ていると、彼女の視線がこちらに向いた。

「貴方たち、ちょっといいですか?」

 クティスのオッドアイが、鋭く光った。



   ◆


 三〇分後。

 ノックスとルーナの幹部用宿泊室には、ワイン瓶片手に酔っぱらうクティスの姿があった。


「そもそも、父上は人としての情というものがないのよ。ヒック」

 

 ワインは、この部屋に用意されていたものだ。


 ノックスとルーナが酒を飲まないことを知ると、勝手に飲みだした。


 赤い顔が、ランプの灯りに照らされて妙な凄味が漂っている。


 部屋のソファに腰を下ろし、テーブルを挟んだ反対側のソファに座るノックスとルーナに愚痴を吐くことさらに三〇分。


 話は彼女の幼稚舎時代編、初等教育時代編、中等教育時代編、高等教育時代編、そして現在の大学編に突入してから、プエル人の母が死んだときの話に突入している。

 国王に引き続き、まるで拷問だと思いながら、ノックスは我慢していた。


 彼女の愚痴に付き合ってやる義理はないのだが、なんというか、彼女があまりにもいら立っていたので、断りにくかった。


「けふぅ。そもそも、あの鬼畜の下衆国王なんかの言いなりになっているのがおかしいのよ」


 この場に密偵がいないことを祈りながら、ノックスは料理人泣かせかつ、脳梗塞街道まっしぐらの国王を思い出した。


 ノックスの頭に浮かぶ国王は、鼻から煙を出しながら右手にワインジョッキを、左手にステーキ肉を指したフォークを、口にはパイプをくわえている。

 人間、印象は大切だ。


「私のようなハーフは別だけど、国内の純潔プエル人は、無実の罪を着せられて次々投獄されているわ。人種差別なんて前時代的だわ」


 ――ん? ハーフは別?

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