第49話 水よりも濃い血よりも濃いもの……5
紅茶を淹れてくれたメイドさんたちに囲まれながら、ノックスとルーナは、カルプスと同じテーブルに着いて、エマの話に耳を傾けていた。
人間離れした神々しさはそのままに、だがエマは、罪の告白をするように、殊勝な声で語った。
「カルプス様の重臣たちは、マークシッラ王太子へのクーデターを画策しているのです」
「クーデターって、戦争するってこと!?」
紅茶を吹き出しそうになって飲み込むルーナにエマは重々しく頷いた。
「はい。それも、カルプス様を旗頭に担ぎ上げるつもりです」
カルプスの表情が、一段と暗く沈んだ。
周りのメイドたちも、辛そうに唇を引き結んだ。
深く沈んだ声で、エマは続けた。
「彼らの狙いは、カルプス様を次期国王にして、自分たちを主筋にすることです」
「でも、そんな大それたことが成功するの? 兵力だって、王太子のほうが上だろうし」
ルーナの言う通りだ。
歴史的に見ても、クーデターというものは、失敗する確率が極めて大きい。
小勢力が、政権を担う最大勢力に武力で勝とうというのだから、当然だろう。
だが。
「なるほど、王太子が養子であることを利用するわけか」
エマは頷く。
「ただクーデターを起こすなら、彼らは賊軍の汚名を被ります。しかし、王太子が養子であることを盾にして、『陛下の実子である正統後継者、カルプス王子を王位に』とすれば、大儀名分は立ちます。王太子の家臣の中にも、寝返る者は多いでしょう」
「でも、王子はそんなこと、望んでいないんじゃ……」
ルーナが目配せをすると、カルプス王子は沈鬱な表情で、目には涙をためていた。
「僕は、兄さんと争いたくなんてないよ……兄さんは立派な人だし、僕なんかよりもずっと王様にふさわしいんだ。なのに、みんな毎日よってたかって僕に決起すべきだって……」
目から涙がこぼれ落ちると、耐えられなくなったメイドたちが彼の手を取り肩を抱く。
エマも、心を痛めるようにして声のトーンを落とした。
「重臣たちは、日々、カルプス様にクーデターを要求しました」
エマの説明で浮き彫りになる家臣たちの言動は、酷いものだった。
あるものは、カルプスが王位に就かなければ筋目が通らないと伝統を持ちだした。
あるものは、家臣たちは皆、カルプスが王になる日を心待ちにしていると情に訴え。
あるものは、養子に王位を簒奪され、正当な血筋が絶たれることを良しとする軟弱者だ、とカルプスを責め立てた。
それ以外にも、日常のあらゆる場面で、ことあるごとに、兄である王太子の悪口を語り、カルプスが王になるべきと口にして、常にクーデターを起こすことを前提に話を進めた。
ついには、勝手に軍備を整え、クーデターの準備まで始めたらしい。
「来る日も来る日も、重臣たちに責められるカルプス様は心を病んでしまい、自分が兄である王太子を殺す夢にうなされるようになりました。防衛魔法である私もまた、主の危機を排除できないことに悩んでいました。私は、敵意や殺意、敵対行為を検知し、攻撃するよう作られました。なので、【主を国王に押し上げようとする行為や感情】に対して攻撃することはできませんでした」
エマは握り拳を作った。
骨が軋む音が聞こえそうなほどに強く、己の罪を攻めるように、エマは絞り出すようにして喋る。
「主であるカルプス様が苦しんでいるのに原因を排除できない。私が管理する城内で、カルプス様が苦しみ続けている。それは私に強い負荷をかけ、ある日、私はとある判断を下しました。カルプス様に王位を薦める者は、全て敵だと」
悔いるように目を閉じ、エマは頭をもたげた。
「なるほどな。しかし衛兵たちや救助隊の連中まで攻撃したのはどうしてだ?」
「衛兵は、重臣たちの息がかかった者に日々入れ替わり続けていました。この城は、衛兵のひとりに至るまで、カルプス様を担ぎ上げようとしていました。以後は、重臣たちからカルプス様を守るべく、完全迎撃モードになってしまい……」
自分の犯した罪に耐えきれなくなったのか、エマの声はしりすぼみになり、途絶えた。
――それで、救助隊にも攻撃していたのか……。
「エマは悪くないよ! だって僕を助けようとしてくれたんだから!」
「いえ、それで重臣や救助隊の皆様を傷つけたのは事実。城の防衛魔法が暴走したなど……カルプス様の名誉に傷をつけてしまいました」
言われてみれば、管理責任問題と言えなくもない。
エマとカルプスは、互いに悪い悪くないの押し問答を続ける。
その光景を見つめていると、ルーナが耳打ちをしてくる。
「ねぇ、師匠。これが片付いたら、また重臣の人たち、王子を担ぎ上げようとするんじゃないかな? 今回の事件も、王太子の陰謀ってことにしてさ」
「あり得る話だな」
見たところ、エマには人間と変わらない精神活動と人格がある。
主君を思うあまり、つい暴走してしまった家臣。彼女のことを思えば、このままカルプスがクーデターの首謀者にされてしまうのは、あまりにも可哀そうだ。
自分には関係のない話だが、後味の悪い話でもある。
だから、ノックスは儲け話を考えた。
「王子様。俺の作戦を買う気はありませんか?」
「え?」
「報酬は、重臣たちの財産払いでいいですよ」
ノックスの口元に、悪い笑みが浮かんだ。
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