第48話 水よりも濃い血よりも濃いもの……4

 闇属性、闇魔法とは、邪悪な力、と言う意味ではない。


 冷凍魔法が、熱エネルギーを消滅させる力であるのに対して、闇魔法とは、光エネルギーを消滅させる力だ。


 科学的に言うならば、ダークマターという未知の仮想物質だろうか。


 闇魔法は光魔法と対消滅させられる。


 だが、この世界の人間は【闇】という概念について理解が浅いため、闇魔法を十全に使える者はほぼいない。

 だから、ノックスとルーナのように、闇の鎧をまとって光魔法を無効化する、というのは、この世界においてはまったくの埒外である。


 例によって、ルーナもまだまだ理解が十分ではないので、足りない分は圧倒的魔力量で補っている。


「でもこの鎧、目元も隠すとあたしたちも外の様子がわからないよね」

「あぁ、だからちゃんと反響定位魔法を使うようにな」

「はーい」


 ノックスとルーナから、人間には聞こえない程の低周波が放たれる。周囲に反射してきた低周波を受け取る。すると、周囲の状況が手に取るようにわかる。


「お前が実体のある精霊で助かったよ。おかげで音が反射する」


 エマの方を向くと、ノックスは両手に魔力を集めた。

 濃密な魔力が衝撃波を放ち、城の壁が震える。


 闇の鎧をまとったまま、ノックスは語気を強めた。

「カテゴリーはグリップ、エレメントは闇、エフェクトは精霊殺し」


 ノックスの右手から迸る魔力が、金属へとその姿を変える。


 ただし、剣でも槍でもなく、剣の握り部分だけしかない。


 メイドが不審に思った矢先、そのグリップから、黒い光の刀身が噴出した。

 業火が燃え盛るように、黒い闇が激しく震えながら、虚空に向かって迸る。


 最後に、颶風がうなりを上げて廊下に吹き荒れると、力が一気に刀身へと収束していくのがわかる。


 周囲がしんと静まり返ると、ノックスは無感動に告げた。

「ブラックブレイドF式……こいつでエピローグだ」


 言うや否や、ノックスは駆けた。


 直進してくるノックスと闇の剣を警戒して、エマは一歩さがりながら、両手を目の前にかざして、極太のレーザー光線を放た。


 ノックスはソレを、ブレイドを横に構えただけで無力化した。


 レーザーは、ブレイドに触れたところで途切れ、遮断されている。


 エマの顔に、人間がそうするような、驚愕の色が浮かんだ。

 目を剥いて、ノックスを見据えたまま頬が硬直している。


 エマを射程に捕らえる直前、ノックスはブレイドを上段に構えてから、ムチをしならせるように、一瞬で振り下ろした。


 ブレイドが、空間に黒い軌跡を残しながら、エマの身体を袈裟斬りに通り抜けた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 エマが、人ならざる、無機物が割れるような悲鳴を上げた。


 ノックスが、彼女の横を通り抜けると、背後でエマは雲散霧消した。細かい光の粒子が空気中にばらまかれて、花火の火が消えるように、儚く散った。


 ノックスとルーナは、同時に闇の衣を脱ぎ捨てる。


「やったね師匠」

 すぐにルーナが駆け寄ってきて、ノックスに抱き着いた。


 一方で、ノックスは極めて冷静だった。

「メイドさん、王子のところに案内してくれるかい?」

「あ、はい……」

 なんの感慨もなく尋ねるノックスに、メイドさんは複雑な表情を浮かべた。


 メイドさんの視線は、エマが建っていた場所に注がれている。


「こちらへどうぞ」

 後ろ髪ひかれるようにして、メイドさんは廊下の奥へ案内してくれる。


 その態度は気になったものの、その答えは王子に会えばわかると信じて、ノックスは何も言わずに足を進めた。

 もちろん、ルーナを引きはがして。


「師匠のいけず」

 ルーナは、嬉しそうに唇を尖らせた。



   ◆



 ドアを開けると、真っ先に子供の声がした。

「凄い音がしたけど、どうしたんだい?」

「カルプス様、救助隊の方がお見えになりました」

「え!?」

 すっとんきょうな声を上げるカルプスに、ノックスとルーナは面会した。


「どうも初めまして。貴方の兄、マークシッラ王太子に雇われた傭兵、双黒のノックスだ。貴方を助けに来た」


 部屋には、テーブルに座り、メイドたちとチェスをしている少年の姿があった。


 年は、十一歳か、十二歳といったところか。

 愛らしい顔立ちで、将来が楽しみな子供だった。

 けれど、その顔の表情は驚きから、不安へと移り変わった。


「あ、あの……エマは?」

 家族の身を案じるような声音に、ノックスはしまった、と黙した。


 メイドの様子から予想はしていたが、エマはカルプス王子にとって、大切な存在だったのかもしれない。


 それでも、真実を伝えねばならない。

 ノックスは冷酷な決意をした。


「残念だがエマは――」

「私はここにおります」

 ノックスの言葉を遮るようにして、部屋にエマが現れた。


 虚空に光の粒子が収束し、人型を取る。続けて、輪郭と色彩が明確になり、先ほどの美女が顕現した。


 すぐさま、ノックスとルーナは警戒態勢と取るも、エマは深々と頭を下げ、こちらの毒気を抜いていく。


「先ほどの無礼をお許しください。肉体を再構築する際、防衛コマンドを初期化したので、今の私は正常に作動しております」

「エマ!」

 カルプス王子は顔をほころばせた。椅子から立ち上がると、エマの手を握り締める。

「えーと、どういうこと?」

 ルーナは頬に指をあてて困り顔になる。


 ――不具合を起こしたパソコンを再起動したら動作が正常化するようなものか。


 ノックスは、静かにエマを見下ろしたまま納得する。

「つまり官能小説を読んで変なテンションになっていたけど寝て覚めたら冷静になって昨夜の醜態に赤面しているってことだ」


 ルーナが赤面した。

「ちょっ、師匠、なんでここでそのたとえ! この前のあれは違うから! あれはあたしもちょっと品がなかったかなって思っているんだからね!」

 ルーナの手の平が、ぺちぺちとノックスのお腹を叩いてくる。

 ルーナの猛抗議と猛攻撃を無視して、ノックスは尋ねた。

「王子、この一か月、何があったのか話してもらえますか? 我々は、城の防衛魔法が暴走して家臣たちを攻撃し、王子たちは城内に取り残されていると聞いています」

「それは……」


 カルプス王子が、言いにくそうに口ごもり目線を伏せた。すると、エマが前に出て神妙な顔をした。


「それは私から。お二人には、全てをお話致します」

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