第46話 水よりも濃い血よりも濃いもの……2

「だだっ広い城の図面を五分で覚えるなんて普通出来るわけがないだろうに。あいつら、私の実力を疑いやがって」

 貴族たちから離れ、ノックスはセカンズ城の門へ歩きながら愚痴った。


「まぁまぁ、師匠の噂なら、超天才的なあれこれを期待するんじゃない?」

「勝手な期待は迷惑だ。じゃあルーナ、ガイドは任せたぞ」

「任されました。どーんとあたしを頼ってね」

 母性的な笑みを浮かべるルーナに全幅の信頼を寄せるノックス。


 そんな彼の耳朶に、貴族たちの囁きが触れた。

「だが、あの者は法外な報酬を取るとか。王太子殿下もかなり張り込んだな」

「ふん、養子のわりには良い心がけだな」

「いや、本来ならば正統後継者である我らこそが主筋なのだ。当然だろう」

「今に見ていろ。カルプス様を救い出したあかつきには、目にモノを見せてくれる」

 親兄弟とは違い、家臣たちは一枚岩ではないらしい。

 ノックスは気分を害しながら、城門をくぐった。


 途端に、ライオンのように巨大な番犬が、牙を鳴らして襲い掛かってくる。

 それを、ノックスは回し蹴りの一発で叩きのめした。

「さてと、攻城戦開始だ」

 無感動な声。ノックスが、戦いに集中している証拠だった。



   ◆



 ノックスの攻城戦は、実に鮮やかな手際だった。


 回廊に並ぶ石像たちが次々襲ってくる。

 石像程度、ノックスが本気を出せば、何万体でも塵にできる。

 でも、圧倒的な火力にあかせた戦い方は、極力控えるのが、プロの仕事だ。

 ノックスは、水魔法の水圧で、石像を片っ端から、窓の外に放り出した。

 ここは二階、石像たちは、庭の地面に次々落下していく。

 一応、壁を上ろうと努力はしているようだが、石像にそんな身軽さは望むべくもない。

 石像たちは、一階の庭を、うろうろするばかりだった

「よし行くぞ」




 広間へ通じるドアが魔法でロックされて開かない。

 おまけに防御魔法まで施されているようで、攻撃を弾かれた。

 けれど、ノックスは慌てない。


「ダンジョンなどでも、こうしてドアが魔法で封印されていることは多い。普通は開錠魔法を使ったり、封印魔法を解析して解除するんだが」

 ルーナにレクチャーをするようにして、ノックスはドア……の隣の壁に手を触れた。

「一見複雑な問題ほど、単純な手段が効果的だ。入り口が無いなら作ればいい」


 轟音と同時に壁が爆散する。

 一瞬で周囲が白煙に包まれ、視界が晴れると、壁に大穴が開いている。

 壁の破片が散乱する大広間が丸見えだ。


「師匠すごぉい」


 広間の中に入ると、壁際には槍を手にした甲冑がずらりと並んでいた。

 次の展開が読めたので、ノックスはあらかじめ魔法の準備をしておく。


 ガチャリと、数十の金属音を重ねて、甲冑たちが一斉にこちらを振り向いた。

 ガチャガチャと金属音を鳴らしながら、数十体の甲冑が走り出す。


 その光景はなかなかに壮観だが、ノックスは落ち着き払って説明する。

「相手が金属系の時は、こういう手も効果的だ。電撃魔法を調整して強力な磁力球を作ってから……」


 ノックスの手の平がスパークすると、両手の間に、青白い光の玉が生じた。まるで、モーターのように回転している。


「相手に放つ」


 磁力球は真っ直ぐ、先頭の甲冑に吸い込まれた。




「よし、行くぞ」

「はぁい」

 ノックスとルーナが通り過ぎた広間には、互いにくっついて動けなくなった甲冑団子が転がっていた。


 ノックスも、そしてルーナも、ここまで無傷だ。

 僅かに消費した魔力も、歩いているうちに回復していく。


「王子が生きていると仮定して、一か月も立てこもるなら食料のある厨房の可能性高い」

「厨房は……あのドアだよ」

「そうか」


 トラップを警戒して、ノックスは一瞬ためらってから、慎重にドアを開けた。


「え?」

 そう言って固まったのは、メイドの女性だった。

 ノックスとルーナに、一言。

「あの、どちらさまですか?」


 彼女の手元には、紅茶セットを乗せたトレイがあった。

 暴走する城から身を守るべく立てこもっているにしては、あまりにも緊張感に欠ける様子だった。


 不審に思いながらも、ノックスは尋ねた。

「私はノックス。王子の救助に来た傭兵だ。あんたらは暴走した城に閉じ込められていると聞いて来たんだが?」


 ノックスの問いかけに、メイドは気まずそうに視線を逸らした。

「それは、確かにそうなのですが……」


 何か、言いにくい事情があると察して、ノックスは話を変えた。

「王子は無事か?」

「はい、カルプス様はお元気です。メイドたちとボードゲームに興じています」


 ますます不可解に思いながら、ノックスは話を進める。

「では王子の元まで案内してくれるか?」

「承りました。今、カルプス様に紅茶をお持ちするところなので、一緒に参りましょう」

 言って、メイドは慣れた所作でトレイを持ち上げ、出口に向かってきた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ここまで読んでくれてありがとうございます。

 うれしいことに、先日、皆さんの応援のおかげで、文字通り応援数が100を超えました。

 皆さん、応援感謝です。

 これからも頑張っていきます。

 それでは、次は第47話で会いましょう。

 

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