第45話 水よりも濃い血よりも濃いもの……1

 残暑もなりを潜め、秋風が心地よい十月。

 木々の葉が日に日に赤みを増していく中。

 

 ノックスとルーナは、王城の応接室で柿をご馳走になっていた。

 

 この時期は柿は硬くて、リンゴのようにサクリとした歯ごたえが魅力的だが、甘味が足りない。その甘味を補うように、メロンの汁に浸かり、ハチミツが混ぜてある。

 甘味が強すぎたときのために、紅茶も添えてある。

 上品な香りを胸いっぱいに吸い込んでから、ノックスは一口含んだ。

 舌の上で紅茶を転がして、甘味を一度リセットする。


 それからもう一度柿を食べると、実に味わいが深い。

 最初はフルーツと紅茶なんて、と思ったが、これが意外と悪くない。

 隣で、行儀よく食べているルーナもご機嫌だ。


 だが、ノックスは客人として招かれているわけでは無い。

 当然、今回もビジネスだ。


「報酬は金貨三万枚。それで我が弟、第二王子のカルプスを救っていただきたい」


 依頼人はこの国の第一王子で王太子――次期国王――のマークシッラだ。

 がっしりとした長身に、燃えるような赤毛。そして、武人然とした勇ましい顔立ちが、頼もしい印象を与えてくれる成人男性だった。


 王太子というよりも、高級軍人のようだった。


 この国は戦乱の中で生まれた歴史を持ち、四〇年前の激しい内乱でひとつにまとまり、今の安定がある。貴族は全員軍人で、王族は軍の最高責任者でもある。


 なら、彼のような王太子はむしろ納得だ。


「私は傭兵ですからね、報酬さえいただければやりましょう。しかし、城が人を襲うとはどういうことですか?」


 ノックスは、そう言われて呼び出されていた。

 城の姿をしたゴーレムかとも思ったが、どうやら違うらしい。


「防衛魔法だよ。それも、うちのお爺様オリジナルのやっかいな代物だ」

 王太子は、顔に険を入れて引き締めた。

「弟のカルプスが住んでいるのは、死んだお爺様が使っていたセカンズ城だ。魔法の研究が趣味だったお爺様は隠居後、城にいくつもの防衛魔法を施していた。そして晩年、完成させた最強の防衛魔法が【エマ】だ。エマは、主君に対する悪意や敵意を検知して、自動で排除する、超高度魔法だ。そのおかげで、弟は健やかに暮らせていた。だが」

 テーブルの上で握り拳を作り、王太子は歯を食いしばった。

「先月、突如としてエマは暴走した。城内の家臣や衛兵すべてが攻撃され、城から追い出されたのだ。以来、城内に取り残された弟とメイドたちは生死も確認できていない有様だ」


「失礼を承知で聞きますが、その人たちが王子に敵意を持っていた可能性は?」

「それはあり得ない。謀反を企む不届き者がひとりふたりいたならともかく、長年仕えた重臣から衛兵に至るまで全員が攻撃を受けているのだ。その上、この一か月間の間に編成された救助部隊までことごとく返り討ちに遭っているのだ」


「つまり、王子以外の全てを攻撃するようになっているわけか。メイドたちが無事なら女性は平気、ということでは?」


「メイドたちは取り残されただけで安否不明だ。しかし、おそらくは今頃……」


 武の心得が無いゆえに、逃げる間もなく殺されたということか。


「腕の立つ冒険者や名のある騎士は全滅した。エマそのものを解除できないかと魔法の専門家も一〇〇人以上送り込んだが門前払いだ。頼むノックス。剣と魔法、その両方に通じる手練れの貴君なら、きっと弟を助け出せる。弟が城に閉じ込められてから、母はショックで寝込み、父は夜も眠れず、大臣はうつ病で、将軍は浮気がバレて離婚調停中なんだ」

「最後のは無関係だと思うがね……ふむ…………」

 テーブルに手を着き、王太子は前のめりになってノックスに頼み込んでくる。


 外見には似つかわしくない、子煩悩ならぬ、弟煩悩ぶりに、普段は無感動なノックスは、穏やかな気持ちになった。


「弟さんを愛しているんだな」

「当たり前だ。私は親戚からの養子で血は繋がっていないが、私はカルプスを実の弟以上に愛しているんだ」

 王太子は誇らしげに胸を張り、弟への愛を語る。


「それは立派だな」

 ノックスは視線を、応接室に飾られた一枚の絵に投げた。

 そこに描かれているのは、王と王妃らしき老夫婦の間に挟まれる王太子の姿だった。

 子供は望めないと思った中年夫婦が、親戚から貰った養子がマークシッラで、その後で思いがけず産まれた実の子がカルプス。そんなところだろうと、ノックスは当たりをつけた。


 実の子が産まれても、養子から王太子の地位をはく奪しないところを見ると、王と王妃はマークシッラのことを実の子供同然に扱っているようだ。


 今回の仕事は少し頑張ってみるかと、ノックスは紅茶を一息に飲み込んだ。

「王子の安否が心配だ。すぐ仕事に取り掛かろう」


 ノックスが立ち上がると、柿を食べ終えていたルーナもそれに続いた。

「ノックス殿、感謝する」


 王太子は感激しながら、ノックスの手を握り取った。


 力強い握手に、彼の想いがこもっていた。



   ◆



 三〇分後。


 空を飛んできたノックスたちは、夕方前にセカンズ城に着いた。

 セカンズ城は、王都の郊外に広がる森の中にそびえたつ、白くて綺麗なお城だった。

 やや小ぶりだが、王子様が住むにふさわしい、オシャレな外観をしている。


 その門前に着地したノックスとルーナに、貴族風の男たちが駆け寄った。

「空から……もしや、貴公たちは、新たな救助隊か?」

「そうだが、あんたらは?」

「我々は、カルプス王子に仕える臣下だ」


 不躾なノックスの態度に一瞬、不機嫌になるも、男たちは威厳を見せつけるように襟と姿勢を正し、低い声で自己紹介をしていく。

 いずれも伯爵、侯爵クラスの高級貴族で、代々王家に仕えている重臣らしい。


 よく見れば、近くには警備隊の詰め所を思わせる建物が建っており、その周辺では騎士や魔法使いらしき人々が、城の図面らしきものをテーブルに広げ、話し合っている。

 ここは仮設の、王子救出隊本部、と言ったところか。


「それで、貴公らはいずこのものか?」

「私は双黒のノックス。しがないフリーの傭兵さ。こっちは一番弟子のルーナだ」

「嫁、兼任です」

 ノックスの指が、ルーナの頬を突く。

「あう~」

 場を弁えろ、とノックスはお説教をするも、貴族たちは気にしている様子もない。

 むしろ、動揺している。


「双黒のノックスとは、あのノックスか?」

「ドラゴンの群れを一人で掃討したと聞くぞ?」

「Sランク冒険者を凌ぐ、超一流の傭兵ではないか……」


 ここは辺境の国だが、ありがたいことに、ノックスの武勇は、この国にも届いているらしい。


「王子の安否が気になる。城の図面を貸してくれ。五分で覚える。ルーナがな」

「あたしが覚えます」

 ルーナが張り切って胸を張る。

 ノックスを見つめる、貴族たちの目から信頼感が薄らいだ。

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