第44話 ソルジャー・ミーツ・フェアリーではなくボーイ・ミーツ・ガール……6


 双黒が彼女を発見したのは、その日の夜だった。


 町外れの森の中、大木の根元で、膝を抱えて泣きじゃくる少女を見つけ、双黒は優しく手を差し伸べた。


「ごめんな」

 申し訳なさそうに、肩を落として謝った。

「勝手なことをして、お前を傷付けちまった。すまない」


 少女は、溢れる涙をこらえるように、目を細めた。

 双黒が差し出した手をすり抜け、彼女は自分で立ち上がると、飛びつくようにして抱き着いてきた。

 肩口に顔を押し当てて、愛らしい声で泣き続ける。


 親に捨てられた彼女の姿に、双黒は痛いほど胸を締め付けられた。

 彼女を救いたい。その気持ちでいっぱいだった。


 だが、双黒にはどうすればいいのかわからなかった。

 自分に、この子を救う力なんて無い。


 そう苦悩していると、答えは彼女がくれた。


「連れて行って」

 肩口から顔を離して、彼女はまっすぐ、こちらの目を見て、涙ながらに望んできた。



「あたしを……連れて行って!」


 

 空虚な胸に、喜びが沸き上がる。

 彼女を救える。

 その事実が、暖かな光となって双黒の心を照らし、自然と頬がほころんだ。

「ああ、一緒に行こう。私がお前に、外の世界を教えてやるさ」


 そうして、彼女の名前を呼んだ。

 すると、彼女は首を横に振った。

「その名前で呼ばないで。それは、あの人たちがつけた名前だから。新しい名前がいい。あなたがつけて」


 少女の切実な願いに、双黒は知恵を絞った。

「そうだな、じゃあ」

 何の気なしに空を見上げた。


 すると、優しい光で自分たちを見下ろす満月が目に入った。


 太陽のように派手ではないが、美しく親しみのあるその姿に、双黒は少女の面影を見た。


「じゃあ、【ルーナ】。妖精語で、月を意味する言葉だ」


 少女の顔が、ふんわりとほどけるように微笑んだ。

「ルーナ、いい名前ね。そういえば、あなたの名前は?」

「私か?」

 双黒は、自分の名前を口にしようとして、飲み込んだ。

「じゃあ、つけてくれよ、ルーナが」

「あたしが? じゃあ、ね……」

 彼女もまた、夏の夜空を見上げた。


 そこにあるのは、月と、星と、雲と、そして……。


「じゃあね、【ノックス】がいいな」

「妖精語で夜か。そのまんまじゃないか」

「うん、でもね、ノックスがいいな。月を、いつも優しく抱きしめてくれるの、だめ?」

 おねだりをするように尋ねて来る姿があまりに愛らしくて、双黒の傭兵はすべてを受け入れた。


「だめじゃないさ。私は今日から、ノックスと名乗ろう。これからよろしくな、ルーナ」

「うん、よろしくね。ノックス」


 ふたりは互いの手を取り合い、笑みを交わし合った。


 ルーナの瞳には、もう絶望なんて映っていないし、ノックスの顔は、決して無感動などではなかった。


 幸せそうに、仲の良い家族のように、二人は安らぎに包まれていた。

   ◆

   ◆

   ◆

 ノックスがルーナと旅をするようになってから数か月。

 何故か、二人はどこに行っても、夫婦傭兵と間違われた。

「薬指にペアリングをしているわけでもないのに、どうして間違われるんだ?」

「ノックスー。ご飯できたよー」

「ん、ああ」

 今日は、宿泊客が自炊する、木賃宿に泊まっていた。

 ノックスから料理を習っているルーナは最近、料理当番を買って出ることが多い。

 それが、覚えたての事をやりたがる幼子のようで、大変可愛く思ってはいるのだが。

「…………あ」

 ノックスは気づいた。

 若い娘。名前呼び。男女の二人旅。

 確かに、男女を見ればすぐ恋仲と勘繰る、恋愛脳な世間様から見れば、自分たちは夫婦傭兵に見えるだろう。

 けれど、常識を知らないルーナは、まだ気づかずに、小首を傾げている。

「どしたのノックス。食べないの?」

「ん、あーと、なぁルーナ、これからは私の事を、師匠と呼んでくれないか?」

「え? なんで?」

「魔法や戦闘方法から世間の事まで教えているんだから当然だろ。師匠が嫌なら先生だ」

「んー、ノックスがそうして欲しいならそうするけど、せっかくカッコイイ名前つけたのに。師匠のいじわる」

 軽くくちびるを尖らせて、ルーナは抗議した。

 

 以来、ルーナはノックスの事を、師匠と呼んでいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 次回 警備魔法が暴走して城が王子様を監禁。ノックスは救出依頼を受け城へ攻め込む。警備魔法が暴走した理由、城が王子様を監禁した理由とは?



 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 話は変わりますが先日、質問が届きました。


 これは本文が説明不足な部分もあり、同じような疑問を持っている人が他にもいるかもしれないので、この場を借りて説明させてもらいます。


34話終盤について

Q1 村に貸し付けるにしては金額が多すぎるのでは?

Q2 村一つが豊作になった程度で倍返しできるのか?

Q3 金貨の価値がその程度なら、今までの依頼料も大した金額ではないのか?


A1 これは村全体の足りない食費二年分と農業改革に必要な資金全部なので多いです。

 順平が失敗した今年分、そしてノックスの策が失敗したら来年も凶作で村民が飢えるので、食費二年分。加えてノックスの指示通り農業改革をするための資金です。

A2 一括返済ではなく、分割ありという意味でした。すいません。あと農業は一部地域だけがピンポイントで豊作になると儲かります。それに村全体で返済するので、一世帯の負担額は少なくなります。

A3 以上の理由から、今までの依頼料はちゃんと高額です。

 補足

 本作は、金貨一枚が日本の何円に相当するのか明らかにしていないので、イメージが伝わりにくいかもしれません。

 38話のオチとしては、低所得者の村人たちがノックスのおかげで高所得者になれたのに、欲をかいたばかりに中所得者かそれよりちょっと下になってしまった。みたいなイメージで書きました。 


 









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