第43話 ソルジャー・ミーツ・フェアリーではなくボーイ・ミーツ・ガール……5

 翌日の昼過ぎ。


 双黒はコルプスとリングアの家を訪ねた。


「そ、双黒さん! ご無事でしたか」

「遅くなって悪かったな。だが、外を見ればわかる通り、依頼は果たしたぜ」


 外は夏の太陽に溢れ、溶けた雪で道路が水浸しだ。

 屋根に積もった雪も溶けて、次々流れ落ちてきている。


 迷惑極まりない劣悪な状態だが、住民たちは喜び、水たまりをジャバジャバと長靴でかき回したり、溶けかけた雪のかたまりに飛び込み、歓喜の雄叫びを上げる者までいる始末だ。

 長い冬の終わりを、待ち続けた夏の到来を、誰もが喜んでいるようだった。


「そうですか……あの、それで、娘をその……依頼を達成してから、何か変わったことは起きましたか?」


 持って回った言い方に、だが双黒は、特に気にすることもなく、平然と答えた。


「ああ、心臓を貫いてやったら、全身が光になって消えたぜ。私もあんなものを見るのは初めてだ。チェンジリングは死体が残らないのだな。そういうわけで、残念だが亡骸はないんだ」

「そう、ですか……」

「残念です……」


 コルプスとリングアは、悲しいというよりも、期待外れ、というニュアンスで肩を落としたように見えた。


 それを見逃すほど、双黒は迂闊ではなかった。


「ところで質問だが、お前さんらはあの子が帰ってくるまでの十年間、妖精の子供を育てていたんだよな?」

「え、ええそうですが」

 ふたりの声が、かすかに硬くなった。


「だが、チェンジリングの子供を殺せば本当の子は帰ってくる、有名な話だ。なのにどうしてお前たちは殺さなかった?」


 そうなのだ。

 チェンジリングの対処方法は、実はかなり有名であったりする。

 だから、妖精を信仰している人などを除けば、チェンジリングはすぐに解決することが多い。


「い、いくら妖精でも幼子を殺すなんてできません!」

「でも、あんたらはあの子を殺せと言ったじゃないか。他人の、それも妖精の赤ん坊は殺せないのに、乙女に成長した実の子は殺せるのか?」

「そ、それは……街のみんなのために……なぁ?」

「そうですよ!」

 コルプスとリングアは、目が僅かに泳いでいる。


「だが、あんたらはこの冬を止めてくれじゃなくて、あの子を殺してくれと頼んだ。そこで、これは私の仮説なんだが。もしかしてあんたら、妖精の子供を取り返したかったんじゃないのか?」

「な、何を馬鹿なことを……」

「馬鹿な話じゃないさ」

 否定するコルプスに、双黒は滔々と自身の推理を突き付けた。


「妖精の子供は不思議な力を持っている。中にはその力で財を成す者も。見たところ、あんたらはただの小役人にしては、妙に羽振りがいい。これは、妖精の子供のおかげじゃないのか? 妖精の子供を殺して元の子が帰ってくるなら、元の子を殺せば妖精の子供が帰ってくるかも、そう思ったんじゃないのか!? えぇどうだ!」

 まるで殺人犯を追い詰める探偵のように、双黒は声を荒らげながら二人に詰め寄った。


 すると二人、とりわけコルプスは一度息を呑んでから、ニヤリと笑った。

「ああ、その通りだよ」

 そこには、最初に頃に見せた腰の低さ、子を思う切実な想いなどない、私欲に塗れた悪党、毒親が立っていた。

「お前の言う通り、この家は妖精のガキが稼いだ金で建てたものだ。あいつは最高だったよ。まさに金の卵を産むガチョウさ。なのにある日突然いなくなっちまった。代わりに来たのはあの疫病神さ」

 苛立たし気に顔を歪めながら、コルプスは鼻を鳴らした。

「妖精のガキのおかげで、俺は町でも一目置かれる存在になったし、役場じゃ次期所長に推される程だった。なのにあの役立たずが帰ってきたせいで、俺らはまるで罪人扱いだ。俺らが何をしたって言うんだ! 妖精の都合に振り回されてこっちはいい迷惑だ!」


 被害者面で怒鳴り始めたコルプスの姿を見て、双黒はどす黒い感情が沸き上がるのを抑えられなかった。


 このまま聞いていれば、彼をどうにかしてしまいそうで、予定を切り上げることにした。

「そうか、おい、入ってきていいぞ」


 双黒の合図で、玄関のドアが開いた。

 すると、双黒がプレゼントしたスカートとブラウス姿の少女が、ゆっくりと姿を現した。

 青い瞳からは、とめどなく涙が溢れ、頬を伝って胸元に落ちて、ブラウスを濡らしていく。


 コルプスとリングアが、ぎょっと目を剥いて固まった。


 少女は、悲しみに顔を歪ませ、喉の奥から嗚咽を漏らすばかりで、言葉を出せなかった。

 彼女に代わり、双黒は言ってやる。

「この三日間、私が鍛えて、魔力コントロールをできるようにした。将来は、世界でもトップクラスの魔法使いになるだろうぜ」


 途端に、二人はハッとして、猫なで声を出した。

「そ、そうかそうか、よく頑張ったな、偉いぞ」

「これでまた、一緒に住めるわね」

「ふざけないで!」

 初めて彼女が口にした。拒絶の言葉だった。


 強い敵意をこめた眼差しを受けて、二人は必至に言葉を取り繕った。

「さっきのは違うんだ。父さんの気持ちも察してくれ。お前の起こした異常気象で町のみんなが苦しんで死人まで出て、ずっと肩身の狭い思いをしてきたんだ!」

「そうよ。それで辛くて、ちょっとヒステリーを起こしちゃって、あんな心にもないことを。そもそもあんたが異常気象なんて起こさなければあたしたちだって、ねぇ!」

「要約すると、『自分は悪くない』『お前が悪い』じゃないか」


 これが、毒親の特徴だ。

 自分の非は認めない。

 自分のミスは、仕方がない特例だったことにする。

 自分の悪行は、子供のせいで誘発されたと主張する。

 それが、どれだけ子供の心を傷つけるかなんて、考えもしない。


「ッッ」

 両親に向けて、彼女は手の平を突き出した。

 まるで、怒りに任せて攻撃魔法を放とうとするように。


 コルプスとリングアは、悲鳴を上げてのけぞり、床に倒れ込んだ。

 青ざめ、死への恐怖に震える両親を見下ろす彼女を、双黒は止めようとはしない。

 だが、彼女は感情を押し殺すようにしてうつむいた。憎しみを振り切るように勢いよく踵を返すと、玄関から外へと走り去る。


 その場に残され、なおも震えが収まらない二人に、双黒は置き土産とばかりに言ってやる。

「討伐依頼は達成していない。報酬はいらないよ。だがな」

 双黒の瞳に、煉獄の炎よりもなお酷烈な殺意が溢れ、毒親二人を恫喝した。

「二度とあの子に近づくな!」


 それだけ言うと、双黒は彼女を追って外に出た。

 

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