第42話 ソルジャー・ミーツ・フェアリーではなくボーイ・ミーツ・ガール……4
どうも話がおかしい。双黒は悩んだ。
どうやら、彼女は暗黒面に堕ちた邪悪なチェンジリング、というわけではないらしい。
――コルプスもリングアも、どうして何も言わなかったんだ?
どちらにせよ、娘が邪悪とも言っていないわけで、つまりは双黒の勘違いだ。
もっと、人の話を聞くべきだなと反省する。
「あなたは?」
不意な問いかけに、双黒は少し考えた。
彼女の境遇。
この町を襲う災害。
そして、両親の願い。
自分のすべきことは、すぐにわかった。
この異常気象が、少女の意図しないものならば、対応策はある。
だから、双黒は人前では見せない、穏やかな笑みを作った。
「私は、お前を助けに来た者だ」
少女の表情は、微動だにしなかった。
普段の双黒が無感動なら、彼女は負の、絶望に塗り固められた声で言った。
「……ダメ……あたしはここにいないと、みんなが傷ついてしまう……あなただって……」
「いや、平気だ」
双黒は、ヒートドレスの温度を一気に上げた。
部屋全体が、五月の陽気を思わせるほどに優しい温度に包まれる。
すると、少女の顔に、初めて変化が現れる。
「……あたたかい…………どうして?」
双黒は冬用のコートを脱ぎ捨てると、彼女に歩み寄り、目の前の床に座り込んだ。
「私が一流の魔法使いだからだ。お前のそれは、環境が変化したことで魔力が暴走しているのが原因だろう。今日から、私がお前に魔力コントロールの基礎を教えてやろう。言っておくが、私はスパルタだぜ?」
少女のまぶたが、僅かに持ち上がる。
「その前に、まずはその恰好を何とかしないとな」
そう言って、双黒は微笑んだ。
双黒は、ストレージから様々なものを取り出した。
体を拭くための、桶とタオル。魔法で用意したお湯。当然、体を拭くとき、双黒は螺旋階段に出ていた。
それからパンを食べさせている間に、ハサミで彼女の髪を切り揃えてやる。
あとは、以前、報酬の代わりにと商人から色々貰って以来、扱いに困っていた女性用の下着とスカート、それにブラウスを渡した。
そうして身なりを整えると、真正の美少女である彼女はさらに輝いた。
何事にも無感動な双黒が、思わず見入ってしまうほど、彼女は魅力的だった。
双黒の理想をダヴィンチに描かせても、ミケランジェロに彫らせても、こうはならないだろう。
そう思えるぐらい、彼女は美しかった。
それも、威圧感を伴う派手な美しさではない、やわらかくて親しみのある、柔和な美しさだった。
こういう美人は、かなり稀少と言える。
「…………」
双黒がストレージから取り出した姿見の鏡を前に、少女は戸惑っていた。
自分でも、どう反応すればいいのか、わかっていないようだった。
彼女が感動に打ち震えるのを期待していた双黒は、少しがっかりした。
でも、すぐに満足することにした。
今は、彼女の瞳から絶望の色が薄まっただけでも、良しとしよう。
大事なのは、これからだ。
「安心しな。これから、徐々に慣れていけばいいんだ。お前が、人間としての暮らしを取り戻すためにな」
少女の視線が、鏡から双黒へと移る。
「じゃあ、レッスンワンだ。平穏を掴む心の準備はいいかな。お嬢さん」
「…………はい」
優しい声音に、少女はゆっくりと頷いた。
◆
二日後。
双黒がつきっきりで鍛えた甲斐もあり、少女は魔力の暴走を、だいぶ抑えられるようになっていた。
ヒートドレスの温度は、最小限である。
「お前は筋がいいな。優秀な生徒だよ」
「ううん、あなたの教え方がうまいだけ」
謙遜しながら、少女は双黒が渡した缶詰を缶切りで開けて、皿に盛りつける。
レッスンを通して、彼女とはだいぶ打ち解けた気がする。
これなら、明日には彼女を両親のもとに返してやれるだろうと、双黒は予定を立てる。
窓から外を見れば、雪の量は僅かにだが減っている。
異変に気付いた住民が、不思議そうに雪かきをしているのが確認できる。
「よし、明日、家に帰ろう。それから、村のみんなにもお前が安全だと証言してやるよ」
双黒は、久しぶりに上機嫌だった。
口元には、自然と笑みも浮かんでいる。
それは、彼女も同じだった。
「ありがとう。貴方のおかげで、あたし、強くなれた。お父さんと、お母さんの、役に立つ子になれた」
妙な言い回しに、双黒はひっかかりを覚えた。その直後。
「これで、お父さんもお母さんも、あたしを捨てたりしないよね?」
彼女の瞳に、初めて希望の光が宿った。
だが、双黒は胃袋が裏返りそうなほどの吐き気と、身体が内側から焼き上がるような怒りを覚えた。
――ああそうか。そういうことか。そうだったんだ。
自分はなんて愚かで理想に満ちた、お花畑星人なのだろうと、己の迂闊さを呪った。
自分はこの数十年の間に、許しを請うほど体験してきたはずなのに。
「ど、どうしたの?」
思わず、膝から崩れ落ちそうになった双黒に、少女は駆け寄った。
自分を心配してくれる少女に、双黒は乱れる呼吸を整えながら告げた。
「ひとつ……私から提案があるんだ……」
鬼気迫るほどに真剣な表情に、少女はやや気圧され頷いた。
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