第36話 机上の空論異世界転移……3

 

 村に戻ったノックスは、ルーナにおつかいを頼んでから、村中の畑に、山で取ってきた土と、石灰岩から生成した石灰を撒いていた。


 ストレージである魔方陣から土を噴射させながら、村人たちに指示を出す。


「客土――新しい土を入れる事――が終わったら、鶏糞と馬糞と魚介類の残飯を土に混ぜるんだ」

「うちは今まで牛糞を使ってきたんだけど、牛糞じゃだめなのか?」

 村人の一人が質問してきた。


「悪くはないが効果は薄いな。牛は胃袋が四つあって、栄養は消化吸収され尽くしているから、カスみたいなものなんだ。馬糞は食べた草が未消化で色々入っている。天然肥料として使うと、土の栄養を平均化してくれるから凄くいいんだ」

「師匠ー」

 カワイイ声を見上げれば、ルーナが空から落ちてきた。


 高速で落下してくるも、着地寸前で減速、ふわりとやわらかく、あぜ道に足を着けた。

「言われた通り、港でイワシを中心に魚介類を、街で指定された作物を買ってきたよ」

「ご苦労だったな。じゃあみんな、今日からしばらく、ご飯は魚介類尽くしで頼む。身を取った骨、頭、尻尾や内臓なんかはすり潰して畑に混ぜてくれ」


 村人が返事をすると、ノックスはルーナと向き合う。

「じゃあルーナ、最後の仕上げだ」

「うん♪」

 頷いて、ルーナはノックスと一緒にしゃがんで、畑の土に触れた。

「あぁ、これが師匠との共同作業……えへへ」

「変なことを言うな」

「やぁん、ほっぺが幸せぇ♪」


 村人の前で馬鹿なことをしたくなかったので、彼女の頬を指でつつくのもそこそこに、ノックスは強化魔法を使った。


 対象は、ここら周辺の畑全体だ。


 ノックスの手から、水面に波紋が広がるように、魔力の光が走った。

 順平と村人たちが息を呑むような光景。


 今、ここら一帯の畑、その中に生息するあらゆる生物は強化された。ここに肥料を撒けば、微生物たちは、凄まじい勢いで肥料を分解して、土壌を改善していくはずだ。


 さらに、ルーナの手からも、光の波動が波のように拡散していく。

 土という大自然そのものに同調して、土壌の生育を加速していく。


 しばらくして、魔法を使うのをやめると、ノックスとルーナは立ち上がる。


「よし、じゃあ次の畑に行くぞ」

「らじゃ」

「じゃあ、みんなも鶏糞と馬糞を混ぜる作業、頼んだぞ」


 そうやって、ノックスはこの村の農業改革を、どんどん推し進めていった。



   ◆



 三日後。


 指定した天然肥料をすべて撒き終わった村人たちは、ルーナが買ってきた作物、主にイモ類を植えていく。


 その作業を眺めながら、順平が尋ねた。

「ノックスさん、どうしてイモ類ばかりなんですか?」

「本当はトマトとカボチャも植えたいんだけど、時期が違うからな。それに私が今回行った土壌改善は、作物の味を甘くおいしくしつつ、成長を促進させ、根を強くするものだ。根そのものを食べる根菜類には特に効くんだ」

「……ノックスさんて、植物学者か何かですか?」

 おそるおそる、三日前とは違い、今度は順平が探りを入れるように尋ねてくる。


「いや、昔、知り合いに教えたがりで詳しい人がいたんだ。私自身は専門家じゃないよ」

 さらりと言ってから、ノックスは村長へ向き直った。

「じゃあ村長、これで我々がやることはなくなった。貸し付けた金貨は、来年の今日、取り立てにくるからな」

「わかっていますとも。その代わり、失敗だったら、銅貨一枚払いませんぞ」

 険のこもった鋭い目つきで、睨んでくる。


「何せ、我々は一度、ジュンペイに煮え湯を呑まされていますからね。また、同じようなことがあれば、容赦しませんっ」


 他の村人も同じ気持ちなのか、剣呑な雰囲気が漂っている。


 イモを植えている人たちも、

「本当にこんなんで上手くいくのか?」

「ジュンペイの時だって……」

「今度も嘘だったら、ただじゃおかねぇ……」

 と、ぶつくさ言っている。


「ああ。わかっているし、納得の反応だ。その時は、金貨一万枚はくれてやる。そして私は大損だ。困った困った」

「まぁ師匠にとってははした金だしね」

 ちっとも困った風ではないノックスの隣で、ルーナは朗らかに笑った。


 順平は申し訳なさそうに肩を縮めつつも、その眼には感謝と尊敬の念が宿っている。

 三人が村を出ていくとき、その背中には、疑惑の念だけが向けられていた。



   ◆



 一年後。


 ノックスとルーナの前には、豊潤な畑が広がっていた。


 辺り一面を覆いつくす緑は、カボチャやイモ類の葉、赤く熟れた実は、まるまると太ったトマトだ。


 痩せた村人の姿はなく、首輪の付いた猫が、お腹を揺らしながらノックスの足元を通り過ぎて行った。


「猫ちゃんぷくぷくでかわいい♪ 師匠の作戦、大成功だね」

 ルーナの視線は、遠ざかる猫へと注がれる。


「ああ、この土地でも成功するか不安だったけどな」


 畑と畑の間を通るあぜ道を歩いていると、畑仕事をしていた村人たちが、ノックスとルーナの存在に気づいて、騒ぎ始める。


 しばらくすると、奥の広場に村長の姿を発見した。

 他の村人たちと笑い合い、世間話に花を咲かせているようだ。

 彼は以前よりもいくらかふくよかになり、服も良いものを着ている。羽振りはいいようだ。


「村長」


 声をかけると、村長は破顔して笑った。

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