第35話 机上の空論異世界転移……2
高速飛行で到着した山の中を歩きながら、ノックスたちは順平を先頭に、目的地を目指していた。
太陽の光も差さないほどに鬱蒼と生い茂った木々の影を踏みながら、三人は山の中を進む。
「それにしても、欲しいものの場所がわかるとは、検知アビリティは確かにチートだな」
「でしょ? 俺のアビリティはすごいんですって♪」
ノックスに褒められ、順平は足取り軽く、上機嫌に返事をした。
「あの村、貧しいんですよ。病気なのに薬を買えない人がたくさんいて、だから検知アビリティで薬草を採ってきてあげたらすごい喜ばれたんです。それで今度は食糧問題を解決、って思ったのに……」
声のトーンは落ち、がっくりとうなだれた。
「まさか……あんな落とし穴があったなんて……」
「……君の知識は、どこで知ったものなんだい?」
「え? ああ、故郷で読んだライトノベル、えっと、小説に書いてあったんですよ」
「そうか……君の故郷は?」
「日本ていう極東の海に浮かぶ島国です」
「そこは、どんな国かな?」
ルーナがノックスの顔を覗き込む。
彼が、こんなにも他人のことを気にするのは初めてだった。
「四季がハッキリしていて水がきれいで、身分制度が無くて民主的で、子供はみんな学校に行っている法治国家ですよ」
そこで、ルーナは気づいた。
淡々と語る順平の話を聞くノックスの顔に、確かな緊張感が滲んでいる。
「それはいい国だな。それで、君は故郷に帰る予定はあるのかな?」
わずかに声が硬い。
それに、まるで何かを探るような語調だった。
「いえ、それが俺、船が嵐に巻き込まれて気が付いたらこの大陸にいたんで、帰り方わからないんですよ」
実に軽いノリの順平とは違い、ノックスは、なんとも言えない表情をしていた。
残念半分、安堵半分……そんな顔だ。
ルーナは、あらためて思い返す。
そういえば、自分は師匠のことを何も知らない、と。
ノックスは自身のことを何も話さないし、聞いてもはぐらかされる。
子供のころ、とある騎士の元で修業を積んだとは聞いているが、それにしては時折、学者でも知らないような妙な知識を持っている。
それに、辞書には載っていない単語を口走っては誤魔化し、口を閉ざしてしまう。
そして、順平に妙な関心を持っている。
けれど、ノックスの心中を知ることは叶わなかった。
「あ、ここですね。石灰岩の鉱脈」
順平に検知させていたのは、石灰の材料になる、石灰岩だった。あと、もうひとつ。
「それと、ノックスさんの言うカリ? っていうやつを含んだ土はここら一帯全部そうですね」
「でかした。これで昆布を獲る手間が省けた。じゃあルーナ、頼んだぞ」
「らじゃらじゃー」
何やら考え込んでいる風だったが、ノックスに頼られた途端、ルーナは嬉しそうに地面を踏みしめた。
刹那、まるで間欠泉から温泉が吹き上がるような勢いで、地面が天に突き上がった。
その途中、土はすべて上空の魔方陣、ノックスのストレージに吸い込まれていく。
土砂崩れが逆流するような光景に、順平は腰を抜かしてしまう。
「な、なんだぁ!?」
「あ、驚かせちゃった? あたし、自然物を操るの、得意なんだ」
「こ、これが魔法……俺もどうせならこういうアビリティが欲しかったなぁ……」
ルーナは特別なので、いくら魔法を練習しても彼女の真似はできない。
が、面倒なことになると困るので、ノックスは口を閉ざした。
やがて、逆流する土の中に灰色の塊、石灰岩が混ざるようになる。
周辺の土を吸い込みすぎて、徐々に周りが盆地になっていく。
ノックスたちの頭の位置も、徐々に下がってくる。
「ちょっ、ノックスさん、土、吸い込みすぎじゃないですか?」
「そうだな、まぁ、【最初】はこれぐらいでいいだろう」
なぜか、少し不敵な笑みで、ノックスはストレージを閉じた。
ルーナも、土の逆流を止める。
途中まで打ち上がっていた土が周囲にまき散らされて、土埃で視界が利かなくなる前に空へ逃げる。
ノックスの手には、油断なく、順平がぶら下がっていた。
服をつかんでいるので、首が閉まって苦しそうだ。
地面に下ろしてやると、順平はむせ込んだ。
「ごほごほ、ふう、服が汚れずに済みましたよ」
「そういえば、君は外国から来た割には普通の服だな」
「この服はこっちで仕立てて貰ったんです。前はジャージっていう運動着だったんですけどね。今はストレージに入れています」
「え? ジュンペイさんてストレージ使えるの?」
「使えますよ。ルーナさんは使えないんですか?」
師匠であるノックスの顔を一瞥してから、順平は尋ねた。
「使えるよ。師匠に教えてもらってインベントリも」
「なのにどうして下着や私物を私に預けるんだ?」
ノックスの黒い瞳が、じろりとルーナを見下ろした。
「もおっ、師匠ってばわかっていないなぁ。必要なものがあったら『師匠、あれ出して』てお願いして師匠が『ほら、受け取りなさいマイハニー』て言うこの流れがいいんじゃない♪ もお♪ もお♪ もお♪ やんやん♪」
ルーナは両手を頬に当てて、一人でキャーキャー身をくねらせる。
「え――ノックスさんて、二人きりの時はマイハニーなんて呼んでいるんですか?」
順平の瞳から、ノックスへの感謝や尊敬の念が消し飛んだ。
「断じて言っていないが『あいつがそう言うならそうなんだろう、あいつの中ではな』」
「あぁ、そういうことですか…………………………ん、今の?」
「ところで、その服を見せてくれないか?」
「え、ええああはい、いいですよっ」
慌てふためきながら、順平はストレージからジャージを取り出した。
「触ってもいいかな?」
「どうぞ」
順平からジャージを受け取ると、ノックスは、両手でつかんで広げ、穴が開くほど眺めた。
まるで、そのデザインを目に焼き付けるように。
まるで、その手触りを胸に刻むように。
「……ジャージか、うん、見ない服だね、ありがとう」
何かを堪能したように息をついて、ジャージを返す。
「そういえば、ノックスさんのスリーピースコートも、この大陸では初めて見ましたよ」
「これは大陸でも珍しい、合衆国という、王を抱かない民主主義国家で社会的地位のある人が着る紳士服だ。この服も、合衆国で仕立てた。前は、私も他の傭兵のように鎧を着ていた」
「傭兵なのに、鎧、どうしてやめちゃったんですか?」
「ん? そうだな……」
順平の問いに、ノックスは少し間を置いてから答えた。
「私は田舎の育ちだからなぁ、感じたかったんだよ、文明をさ」
次に行くぞ。そう言って、ノックスは身をひるがえした。
その背中を、順平は郷愁の念に満ちた視線で見つめた。
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