第20話 言うは易く行うは難し……2

「なんだよ、お前?」


 じろりと睨みつけてから、ルーナの存在に気づいて頬を緩めるイムベースを無視して、ノックスはピルスと村長に目配せをした。


「私は通りすがりの傭兵だがね、ひとつ訂正をしたい。あんたらは何か選択肢があるような口ぶりだが、この子が生贄になるのは確定だ。魔神は生贄が捧げられなければ自ら出向く。たとえ逃げても、この子を地の果てまでも追いかけて来るだろう」


 村長は息を呑み、ピルスは青ざめ絶句した。


 イムベースだけは、得意げだった。

「ほらな? 魔神様との契約を反故にできるわけないだろ。まっ、これも運命だと思って諦めな」

「いや、それがそうでもない」


 村長とピルスが、ぱっと顔を上げた。


「うちのルーナの見立てでは、相手は下級の魔神だ。その程度なら、私が退治できなくもない」

 ノックスが親指で隣のルーナを指すと、彼女はにっこりと愛想笑いを浮かべた。


 ルーナの美貌と煽情的な肢体に、一部の男たちが興奮した。


「本当ですか!? 魔神を倒せるんですか!?」

 ピルスは、希望に瞳を輝かせながら、ノックスの肩をつかんできた。


「本当だとも。その証拠に、私は成功報酬しか貰わない主義だ。値は張るがね」

「い、いくらですか?」

 リアルマネーの話に、ピルスは声を硬くした。


「そうだな、魔神相手は骨が折れる。ざっと金貨5000枚」

「「ごせんっ!?」」

 ピルスと村長が目を剥いた。


 金貨5000枚は、役人の年収十年分を軽く超える金額だ。

 いくら裕福な農村と言っても、大金だろう。


「そんな、高すぎる……」

 哀れな声をあげるピルスに、だがノックスは怯まない。

「なら街へ行って冒険者ギルドに依頼するといい。規定の料金で処理してくれる。ただし、相手が邪神ともなれば人数のいないSランク冒険者案件だ。冒険者が来るのに何日かかるかわからないぜ」

「あなたは冒険者じゃないんですか?」

「一応、まだ籍は置いているが、これはギルドを通さない、私とお前さんの個人間取引だ。報酬は私が決めさせてもらう。言っておくが、銅貨一枚まけるつもりはないぞ」


 すっかり意気消沈する親子に、イムベースは飄々と笑った。


「はは、そいつは無理な話だぜ。俺んちならともかく、ピルスの家じゃあなぁ」


 村長とは村の代表であり、まとめ役。

 ある程度の権限はあっても、経済力があるかどうかは別問題だ。


 村長が、イムベースに向かって何か言おうとした。しかし、機先を制するように、イムベースが口を開いた。

「言っておくけど、畑を買い取ってくれって話は聞かないぞ。この人が魔神様を退治したら飢饉時代に逆戻り、畑なんて二束三文だ」


 村長は肩を落としてから、ノックスに向き直った。


「すいません、申し出はありがたいのですが、断らせて頂きます」

「一応、分割払いは受け付けるぞ?」


 ノックスの提案に、けれど村長は力なくかぶりを振った。

「いえ、お金の問題ではありません。うちは、代々この村の長を務めてきた家なのです。この村を守るのが我が家の、そして私の使命です。我が子、可愛さに村を飢饉に晒すことは……できませんっ」

 最後の言葉は、まるで自分に言い聞かせるようだった。


 父親の言葉に、息子のピルスは完全に黙ってしまった。


 その場を、沈黙が支配した。


 これ以上は話が進まないと踏み、ノックスは背を向けた。

「村長、生贄の儀式はいつだ?」

「あ、明日です」

「なら、今日はこの村に泊まろう。気が変わったら来るといい。この村に宿泊施設は?」

「おう、んなもんねぇけど、たまの旅人には酒場をやってるうちが二階の空き部屋を貸してるぜ」


 性格の悪いイムベースの家に泊まるのは気が乗らないが、仕方ないとノックスは諦める。

「そうか、じゃあ案内してくれるか」

「いいぜ。まっ、待ちぼうけになるとは思うけどな。おい」


 イムベースに代わって、腰ぎんちゃくの一人が踵を返した。


「こっちだ、ついて来い」


 その背中についていく前に、ノックスは、もう一度だけ、村長とピルスに視線をやった。

 けれど、二人とも肩を落とし、俯くばかりだった。



   ◆



 遅めの昼食を取ったノックスとルーナは、二階の部屋に通された。


 イムベースの口ぶりから金持ちそうだとは思っていたが、予想通り、通された部屋は農村には珍しい、立派なものだった。


 床には絨毯が敷かれているし、窓枠にはガラスがはめこまれている。


 お腹がいっぱいのノックスは、思わずやわらかいベッドに倒れ込み、ルーナもノックスの上に倒れ込んだ。

「やめなさい」

 ノックスが寝返りを打つようにして体を横に倒すと、自然、ルーナはころりとベッドの上に転がった。


「いやん、ぬくもりがほしいの」

「今は六月だぞ、暑苦しい」

「まだ六月だし、今日は気温低めだもん」


 そう言って、めげずに甘えてくる。


 この飽くなき執念には、毎度迷惑ながらも敬服させられる。


「そういえば師匠。明日になったらどうするの?」


 ノックスの胸元にうずめていた顔を、くるりと上げて、ルーナは尋ねてきた。


「どうするのって、向こうが何も言ってこなければ、どうもしないさ」

「助けてあげないんだ。あの子かわいそ」


 ルーナが唇を尖らせると、ノックスは眉根を寄せた。


「あのなぁ、傭兵は金と引き換えに困っている人を助けるのが仕事だ。タダで助けたらそりゃ親切じゃなくてタダ働きだ。他の傭兵にだって迷惑がかかるんだぞ」

「それって、いつも師匠が言っている、【フリー素材】の話?」

「…………まぁ、な」


 ノックスはばつが悪そうに視線を逸らしてから、説明した。


「貧乏人は無償や低額料金で助けるってのは、個人レベルその場限りで見れば美徳で美談だ。でも、私がそれをすると、他の傭兵が言われるわけだ。『ノックスさんはタダで助けてくれましたよ』ってな」


 そこまで説明すると、ノックスの声音にわずかな苛立ちが添えられる。


「やがて無償や低額料金が常識になり義務になり傭兵は清貧の聖職者であることを強要され、正当な報酬を受け取るだけで悪者扱いされる。相手は魔神、それを一人で倒すんだ。金貨5000枚は高くない。一人当たり金貨一枚で兵士を5000人雇ったって、魔神は倒せないからな」

「まぁ、それはそうかもだけど……」

「それにそこまでいかなくても、『金の無いフリをしてノックスに頼めば安く済む』なんて評判が立ったら困るだろ。価格崩壊待ったなしだ」

「う~ん、そう言われると。でも、ちょっと変だよね」


 気を取り直したフリをして、ノックスの体をよじ登る。

 もぞもぞとベッドの上を這いながら、ルーナはノックスに覆いかぶさろうとした。


「…………」


 キリがないと悟ったノックスは、眉間に縦じわを刻みながら、上体を起こした。


「ありゃま……えへへ、これはこれで」


 ノックスの膝の上に座った状態で、ルーナは続きを喋る。


「あ、そうそう、村長さんおかしくない? 村を救うために子供を要求されて、承諾しちゃったわけでしょ」

「話を聞く限りだと、そうなるな」

「世の中にそういう親がいるのは知っているし、村長さんも、同じなのかなって思ったんだけど……」


 珍しく、声のトーンが落ちた。


 ノックスの脳裏に、彼女の生い立ちがよぎる。すると、少し優しくしてあげたくなった。


「そのことを、妙に後悔している風だったな」


 まつげを俯かせるルーナの頭をなでてやると、彼女は視線を上げて、いつもの調子を取り戻した。


「うん。あの村長さん、そんなに悪い人には見えなくて」

「何か理由があるんじゃないかって?」


 頷くルーナ。


 ただ20年の間に心変わりしただけ、もしくは、飢饉で死ぬの自然死だが、生贄に出すのは罪悪感があって気が引ける。


 どうせそんなところだろうとは思うも、ノックスは口をつぐんだ。


 百聞は一見に如かず。


 彼女への教育もかねて、村長の家を訪ねることにした。


 それに、安易に助けてはいけない理由についても、まだ教えたいことがある。

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