第15話 恋に恋する……2
それから、ラビウムはお菓子と紅茶を口にしつつ、ルーナから旅の話を色々と聞き、楽しそうに興奮していた。
箱入りお嬢様で、街の外はおろか、この街のことさえ半分も知らないラビウムにとって、見知らぬ土地を旅する思い出は、おとぎ話にも近いようだった。
特に、ルーナがノックスの活躍を語っている時の興奮はひとしおで、そこからは、むしろノックスの武勇伝を聞きたがった。
ルーナも、調子に乗ってどんどん饒舌になっていく。
逆に、当人のノックスは居心地が悪くて仕方がない。
日報のように事実を淡々と語るだけならともかく、ルーナの主観を多分に含んでいる。
あのときの師匠はカッコ良かった、素敵だった、そんなことを言われては、恥ずかしくてしょうがない。
途中で、バルコニーに出て周囲の監視に勤しみ、女子トークから逃げてしまった。
そうして、伯爵の計らいでおいしいスイーツと夕食をごちそうになった後。
ノックスとルーナは、ラビウムの寝室で、化け物の登場を待った。
けれど、ラビウムは相変わらず緊張感がなく、ネグリジェ姿でベッドに座ったまま、暇だからとおしゃべりをせがんでくる。
「おいおい、お前さんは命を狙われているんだぜ?」
「だって貴方たちがいるじゃない。それに、いつもは寝る前に本を読むのだけれど、今日は本物の英雄様がいるんだもの。ノックスさんの話を聞きたいわ」
「本?」
本棚へと視線を投げると、豪華な装丁の本がずらりと並んでいる。
そういえば、最初に会った時も、本を手にしていた。
活版印刷が普及した現代でも、本は高級品だ。まして、これほど立派な装丁のものとなれば、庶民にはまず手が出ないだろう。
読書は、セレブにのみ許された趣味だ。
「君は読書家なんだな」
背表紙でランプの灯りを反射する、金字のタイトルに視線を走らせる。
恋愛小説が半分、英雄譚が半分といったところか。
その英雄譚も、ヒロインとの恋愛要素が多いことが、タイトルからうかがえた。
――年頃の女の子だな。
彼女ぐらいの年は、何かに強い憧れを抱くものだと、ノックスは大人目線の感想を抱いた。
「ええ、だって物語を読んでいると、本当に自分がそこにいるようでわくわくするんだもの」
無邪気な顔で、ラビウムはそう言った。
本当に純粋な子だなと、ノックスはある意味、感心させられた。
「ところでノックスさんは剣をお持ちでないのね。魔法使い?」
つぶらな瞳が、不思議そうにノックスの腰を見咎めた。
「いや、剣は魔法で作るんだ」
「作る? それってどういう意味なの?」
「それは……どうやら、やっこさんの登場みたいだぜ」
ノックスの顔色が変わる。
今までは、伯爵令嬢に応対する和やかさが少なからずあったが、すっと目を細めて、冷たい声には警戒心が滲んでいる。
「ルーナ、お嬢様を頼む」
「はい」
ラビウムを守るように、ルーナは彼女の肩を抱き、空いた手を窓の方に向けた。
その間に、ノックスは窓を開け、怪しい雲が垂れ込み、月の見えない夜空を望んだ。
察知した気配は音もなく、けれど徐々に近づいてくる。
そして次の瞬間、それは突然、バルコニーの手すりに着地した。
その姿に、ラビウムが悲鳴を上げ、ノックスは眉をひそめた。
「ジャージーデビルか」
悪魔の異様を例えるなら、馬面の人型コウモリだ。
体はコウモリのような体毛と翼を持つ一方で、手足は人間のように細長く、胴体には細い腰と薄い胸板と肩がある。
顔は馬にそっくりだが、鋭利な牙を鳴らして笑い、威嚇してくる。
「中級程度なら、インスタント版で十分だろう。だが、部屋を汚すわけにはいかないな」
白を基調とした、豪奢な部屋を一瞥してから、ノックスは右手で拳銃の形を作った。
撃鉄を模した親指を倒す。途端。
「■■■■■■!?」
まるで、見えないハンマーに叩き飛ばされたように、ジャージーデビルは汚い声を上げてぶっ飛んだ。
烈風が部屋のカーテンや、ベッドのレースを揺らす。
圧縮した空気をぶつける、初歩的な風魔法だったが、ノックスが使うと、致命的な殺傷能力を伴う。
中級とはいえ、人外の悪魔であるジャージーデビルも、上空で半分意識を失いかけている。
間髪を入れず、ノックスは両手を合わせた。
途端に、手の平から光が迸り、一本の投擲槍、ジャベリンを形成した。
ノックスは、その形成が完成する前に、もう、投擲体勢に入っていた。
「噴ッ!」
ジャベリンは、ノックスの手から離れる直前に完成した。
アスリートも真っ青の流麗なフォームで、英雄のように雄々しく放たれた一投は、狙い過たず、悪魔の心臓を串刺した。
コンマ一秒後、ジャージーデビルに悲鳴を上げる自由すら与えず、ジャベリンは放電。
どす黒い血を、噴き出すそばから蒸発させていく。
悪魔と言えど、心臓を基点に、雷に匹敵する電撃を食らってはひとたまりもない。
ジャージーデビルは全身から白い煙を噴き上げ、体毛が溶けていく。
これだけでも、【生物的】な部分は死滅した。
コウモリ人間のような体から、黒いオーラのようなものが滲みだし、逃げ出そうとした。
けれど、ノックスは悪魔に自由を許さない。
タン、と一度の跳躍で、ジャージーデビルとの距離を、ほとんど詰めていた。
「私のイメージじゃないから使うのは気が引けるんだがね。相手が悪魔なら仕方ない」
左手で自身の右手首をつかみ、右手の平を、黒いオーラに向ける。ほぼ同時に、光の激流が迸った。
雷光が闇を晴らすように、聖なる光が、ジャージーデビルの【霊的】な部分をかき消した。
肉体も、煙が風に巻かれるように、雲散霧消していく。
僧侶の中でも、悪魔狩りを生業とする連中の必殺技、セイクリッドバーストだ。
もっとも、ノックスは僧侶としての修行は一切積んでいないのだが……。
「ふぅ、これで終わりか? 今回は早く終わったな」
空中に展開した防御結界魔法を足場に、ノックスは空に佇みながら、周囲を見回した。
それから、防御結界を一枚、また一枚と展開して、ガラスの階段を下りるようにして、バルコニーに帰還した。
「師匠カッコイイ♪」
ルーナがめろめろなのはいつもの事として、ラビウムも心ここにあらずと見えるほどに、放心していた。
ラビウムが英雄譚好きなのを思い出して、ノックスは少しサービスをした。
「悪魔はわたくしめが退治いたしました。お怪我はありませんか、お姫様?」
なんてな、と心の中で付け加える。
ノックスは不愛想だが、心を失ったヒットマンではない。
気が乗れば、これぐらいのことはする。
「は、はい、ノックス……様……」
ラビウムは頬を染め、感動で声は震えていた。
「では最後に検査をしよう。ルーナ、頼む」
「はいはーい」
返事を返してから、ルーナの瞳に光の幾何学模様が走った。
ノックスの瞳にも、超常の光が宿る。
ノックスが持つ特別な力、鑑定眼で、ラビウムの身体を物理的に検査しつつ、ルーナの妖精眼で、霊的に検査する。
「ふむ、特に異常はないようだ」
「こっちも大丈夫だよ師匠。呪いの類や悪魔の印はなし」
両手の人差し指でバツを作って、ルーナは結果を報告した。
「それはいい。では念のため、私たちは残るが、今夜は安心して眠るといい。もう、悪魔は来ないよ」
そう言って、ノックスは窓際の椅子に腰を下ろし、ルーナは彼女に寄り添うようにして、ベッドのすぐ横の椅子に座った。
ラビウムは、ベッドで横になりつつも、その熱い視線は、ただ一人、ノックスに注がれていた。
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