第14話 恋に恋する……1


 時は四月。

 桜咲く恋の季節に、ノックスとルーナはその街を訪れた。


 綺麗に舗装された石畳の地面に、石灰質の土を固めて作られた、美しい白亜の街並み。

 おとぎ話のような、年頃の女の子が住みたがりそうな、オシャレな街並みだ。


 事実、ルーナの機嫌もすこぶる良い。

「可愛い街だね師匠。どこで食事しようか迷っちゃう」

「そうだな、こういう街なら、スイーツも期待できそうだ」


 不愛想な顔に似合わず、ノックスは食事や甘味処への付き合いが良い。

 男の傭兵なら、酒が飲めればどこでもいい、という輩も珍しくないのにだ。


 大通りは、人と車が良く通り、蹄鉄を履かせて貰った、上品な蹄の音が交差する。

 紳士や淑女を乗せた馬車の走る道路を右手に、ノックスとルーナは、着飾った人々とすれ違いながら、立ち並ぶ店を見物して歩いた。


 しかし、二人の目に留まったのは、オシャレなレストランではなく、歩道に設置された掲示板と、それに群がる騎士風の男たちだった。


「何かのイベントかな?」

「どうだろうな。見てきてくれるか?」

「あいあいさー♪」

 軽い足取りで、ルーナは駆けていく。


 ガタイのいい男性たちに紛れて、しばらくしてから戻って来る。

彼女はノックスの目の前に着くなり、ぐっと親指を立てた。

「お仕事発見♪」

「仕事?」

 ノックスは聞き返した。



   ◆



 一時間後、ノックスとルーナは、とある貴族のお屋敷に来ていた。


「いやぁ、双黒のノックス殿に来ていただけて安心しましたよ」


 応接室で、対面側の席に座る初老の男性は、この屋敷の主、ブラキウム伯爵だ。


 ふかふかのソファに腰を下ろしたまま、ノックスは口を開く。

「しかし、いくら愛娘のためとはいえよかったのですか? 私は高いですよ?」

「それはもちろん、強気の値段は自信と信頼の証ですから、はい」

 なんとも気の良さそうな、悪く言えば、平和ボケしていそうな男性だった。


 それでも、嫌われることの多いノックスにとっては、こういう態度はありがたい。


「それで、娘さんの命を狙う化け物が来るのはいつですか?」

「はい、それが今夜なのです」

 ブラキウム伯爵の顔に、緊張感が滲む。

「先週、突然娘の部屋の鏡に血文字が現れまして、満月の夜に娘をさらうと言うのです」

「なるほど、確かに今夜は満月だ」

「はい、しかし化け物の正体がわからず……」

 ブラキウム伯爵は肩を落とす。


「鏡に血文字……悪魔に類するものの可能性が高いな」

「それは、化け物とは違うのですか?」

「違いますが、説明が極めて困難ですね。そもそも怪物だの化け物だのモンスターだのという単語は、人間に害をなす存在を大雑把に括った呼び方だ」


 ノックスは、本で得た知識ではなく、経験則で語った。


「それでも、たいていは簡単な魔法を使う、危険な獣を指すことが多い。しかし悪魔は我々生物とは違う、もっと霊的な存在だ。しかし幽霊なんかとは違って魂だけの存在ではなく、生物的な肉体を持っている奴もいる。この辺りの話は、分類が極めて難しいので、下手にカテゴライズできないのです」

 口休めに、ノックスは紅茶で満たされたティーカップの取っ手を三本の指でつまみ、口に運んだ。

「まぁ、普通の化け物より強いかどうかは別にして、面倒なのは確かですよ。悪魔はやっかいな魔法や特殊な性質を持っていることが多いので」


 饒舌に語るノックスの姿に、ブラキウムの目にはみるみる信頼が溢れていく。

「いやはや素晴らしい。他にも何人かの傭兵を雇いましたが、誰もそんなことは言えませんでした。ノックス殿は、博識でいらっしゃる。それにマナーも。もしかして、どこか貴族のご出身では?」


 傭兵は、無教養な無頼漢がほとんどだ。

 一方で、ノックスとルーナの居住まいや紅茶を飲む所作は、実に堂に入ったものだ。

 それに、ノックスはスリーピーススーツ姿で、ルーナはバトルドレス姿だ。


 けれど、ノックスはニヒルな微笑を浮かべ、

「まさか」

 と返すだけだった。

「これはすみません、無用な詮索は無礼でしたな。では、お二人には娘の部屋の警護を頼みます。夜は、娘のベッドの横で待機してください」


 それは信頼し過ぎだと思ったが、女のルーナがいるからかと思い直す。


 ブラキウム伯爵は席を立ち、娘の部屋に案内すると言う。

 ノックスは深く追及せず、彼の後に続いた。



   ◆



 ノックの後、伯爵がドアを開けた部屋には、綺麗な少女が待っていた。

温かい窓辺で椅子に腰かけ、一冊の本を手にしている。


「この子が、私の一人娘、ラビウムです」

「お父様、そちらの方々は?」

 品のある、可憐な声だった。

 年は、十代半ばぐらいだろうか。


「ラビウム、この二人はとても有名な傭兵の、ノックスさんとルーナさんだ。今夜、この部屋でお前を守ってくれる人たちだよ」

 伯爵は、娘を安心させるように、優しく語り掛けた。

「まぁ綺麗な子。こっちで一緒にお話ししましょう」

 伯爵と違い、娘のほうには緊張感が無いらしい。


 ラビウムは椅子から立ち上がると、長い栗色の髪を揺らしながらルーナの手を取り、子供のようにはしゃいだ。


 活発なルーナも、嬉しそうにラビウムの隣に座り、早くも話題を決めようとしている。


「命を狙われているのに、怖くはないのか?」

 ノックスの問いに、ラビウムは大きく頷く。

「ええ。だってパパなら守ってくれるって信じているもの。ね、パパ」

「ああ、もちろんさ。愛するお前を、化け物なんかに渡したりなんてしないよ」


 典型的な子煩悩と、箱入りお嬢様だなと、ノックスはやや呆れた。


 しかし、この手の依頼主は料金の支払いを渋らないのでありがたい。


 当然、娘が無傷という条件付きだが。


「では伯爵、今夜は我々にお任せを」

「ノックス殿、よろしくお願いします」


 伯爵は、ノックスの手を、強く握りしめた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 次回 ノックスVS悪魔

 ノックスは完膚なきまでに跡形もなく綺麗さっぱり徹頭徹尾まるっと完璧に悪魔を消滅させたはずなのだが……?

 

 クールでハードな物語に、骨休み的な笑いやゆるさは、どの程度必要か。いつも悩みます。ルーナは書いていて楽しいけど放っておくとすぐに暴走します。

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