第13話 闇営業、駄目、絶対……8

「なんだ、お前たちは!?」

 ポレックスが、正義感に満ちた眼差しで剣を構えた。


 すると、騎馬軍団の先頭を走る、隊長と思しき騎士が部隊の足を止めた。

「貴様らは、ほう、冒険者か。よくギガノテリウムを討ち取ったものだ」

「そ、そうだ! 俺らはAランク冒険者だ。この場を去らないと、ギガノテリウムの後を追うことになるぜ!」


 実際はノックス単独の戦果だが、相手を脅かすために、ポレックスはあえて嘘をつく。

 事実、ギガノテリウムは死んでいるのだから、相手は信じるだろう。


 だが、騎士隊長は余裕の笑みを浮かべた。

「つまり、こいつを倒したのはお前ら冒険者で、この街の兵士ではないのだな?」

「そ、そうだ……が……」

 騎士隊長の笑いじわが深くなる。

「なら問題ない。何故なら、貴様らは我々に手が出せないからだ」

「何を馬鹿なことを言っているんだ! このポレックス様が、今すぐ引導を渡して――」

「いや、駄目だ!」

 ポレックスの士気を挫くように、初老のAランク冒険者が止めた。


 ポレックスは、意味が分からずまばたきをした。


「ほう、どうやらその爺さんはわかっているようだな。流石はベテラン」


 ギルドマスターのスードルも、悔しそうにうつむく。

 わかっていないのは、ポレックスたち若い連中だけだった。


 騎士隊長が不敵に笑い、種明かしをしてくれる。

「この国が冒険者ギルドに依頼し、貴様らが援軍クエストを受けたなら問題ない。だが、クエストを受注していないのに我が国の進軍を邪魔すれば、それは第三勢力である国際冒険者ギルド会員が我が国の公務を妨害したことになる。我が国は国際冒険者ギルドに断固抗議させてもらおう。そうすれば、貴様らの立場はどうなるかな?」


 ポレックスたちは、のどを詰まらせたように黙ってしまう。


「見たところAランク冒険者のようだが、まだ若い。なり立てなのだろう? 問題を起こせば、Bランクへの降格もあり得るだろう。せっかくAランクに昇格できたのにいいのか?」


 ポレックスは狼狽しながら、表情がしどろもどろになってしまう。


「そこのじいさんも、Aランク冒険者のまま引退すれば、本を出したり講演会に呼ばれることもあるし、冒険者養成学校に講師として再就職できるだろう。だが、Bランク冒険者に降格すれば、セカンドキャリアの質はぐんと下がるだろう?」


 ポレックスが叫ぶ。

「じゃあ誰でもいい! ここにギルマスがいる! 今すぐギルマスに依頼して、それをギルマスが承認すれば!」

「それはできません……」

 スードルはうつむいたまま握り拳を震わせ、感情を押し殺すように声を絞り出す。

「援軍クエストは、国王や領主などの肩書を持つ人しか出せないのです。紛争の混乱や乱発を避けるために……そういう規約になっているのです……」


 説明されて、ポレックスはハッとした。


 確かに、誰でも援軍クエストを出せたら大変だ。

 正規軍の戦略も知らず、義憤に駆られた個人が勝手に冒険者を雇い、敵軍に不用意に攻撃をしかけては、正規軍の不利益になる場合もある。


「そういうわけだ。今から公爵の元へ行き、ギルドへの依頼書を作成してもらうのにどれだけかかる?」

 騎士隊長は、勝ち誇った顔で、呵呵大笑した。



「つまり、直接営業一筋の私がなにをしようと自由というわけだ」



 周囲の視線が、一斉にノックスへと集まる。


「な、なんだ、貴様は?」

「双黒のノックス。ただの傭兵さ」

「何!? 貴様があの!? だが貴様への報酬を払えるものがこの場にいるものか!」


 ノックスの足は、先ほどの給仕の女の子へと向く。

「お嬢さん、私を雇わないか? 報酬は、このハーブティー一杯でいい」

 彼女の持つトレイに残る、ハーブティーのカップを指さした。


 少女の顔に、笑顔が咲いた。

「はい、雇います!」

「商談成立だ」

 ノックスは、カップをひとつ摘み上げると、一気に半分飲み干した。

「ルーナ、もう半分はお前の取り分だ」

「うん♪」

 クールなノックスに、ルーナは元気よく頷いた。


 そうして、報酬を胃に収めると、二人の体から、ゆらりと危険な闘志が湧き上がった。

 二人の顔には不敵な笑みが、騎馬軍団の顔には、引き攣った笑みが浮かんだ。



   ◆



 15分後。

 通りは、気絶した騎馬軍団の兵士でいっぱいになった。残りは逃げた。


 その様子を、城塞都市の人々は歓喜の声で讃え喜ぶも、スードルたちはなんとも言えない、複雑な表情で眺めていた。


 特に、気まずそうな顔で立ち尽くしていたスードルへ向けて、ノックスは無感動に告げた。

「組織ってやつは不便だよ。本当に」

 スードルは、もう顔を上げられなかった。




「ねぇ、師匠がギルドをやめた理由、いつか聞いてもいいかな」

 心配と慈愛が入り混じった声だった。

 大切な人と痛みを共有したいという気持ちが伝わってくる


 ノックスは心の中で黒いアルバムに触れて、無感動な声を返した。

「……聞いてもつまらない、胸糞悪い話だよ」


 言い終えてから、ノックスの無表情に、僅かな笑みが浮かんだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――次回 ノックス、初の依頼未達成?


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