第12話 闇営業、駄目、絶対……7

 一時間後。


 街の警備兵たちが瓦礫の撤去や、行方不明の市民の捜索作業をする中。

 ノックスたちや冒険者は、ギガノテリウムの近くで椅子に座り、軍の回復魔法師から回復魔法を受けていた。


 兵士たちの作業状況を眺めていると、給仕の女の子がハーブティーを配り、戦いの労をねぎらってくれる。


「うん、上手いハーブティーだ」

「それ、兵舎の裏庭で私が育てたんです。喜んでもらえて光栄です」

 給仕の女の子が、嬉しそうに笑う。


 ルーナも、ハーブティーの香りと味に満足げだ。


 そこへ、ギルドマスターのスードルが現れた。

 その顔は、感動に震えていた。

「ノックスさん、やはり貴方の力は素晴らしい」


 ギガノテリウムのすぐ横を通り過ぎて、こちらに歩み寄ってくるスードルを、ノックスは少し警戒する。


「貴方のおかげで、被害は最小限に食い止められました。いくつかの民家が破壊されことは、大変いたましいことです。しかし、中央区まで侵入を許せば、被害はこんなものではなかったでしょう」


 スードルの言う通り、ノックスが亜音速で駆け付けた結果、ギガノテリウムは、城壁の穴をくぐり、都市へ侵入して少し進んだぐらいの地点で討ち取られた。


 それでも、民家を壊された人々にとっては大変なことだ。住民への補償がどうなっているのか、ノックスは気になった。


「貴方のその力は、もっと多くの人々のために使われるべきだ。改めてお願いします。どうか闇営業はやめて、我々の斡旋するクエストを受けてください。望む条件があれば、私から本部に嘆願しますので是非!」


 案の定の誘い。


 ノックスは一度静かに目を閉じると、無感動な声で断った。

「確かに、私が冒険者ギルドの指示に従えば、私を必要としている大勢の人々を救えるだろう。だが、その話はお断りだ」


 一瞬期待した表情を沈ませ、スードルは唇を引き結んだ。

「それは……何故でしょうか?」

「理由は色々あるが、組織は不便だし、報酬も自分で決められないからね」

「縛られたくないし金も欲しいと、貴方はそんな理由でギルドを捨てたのですか!?」

 失望したと言わんばかりにスードルは声を荒らげた。彼が怒るところを初めて見た。

「貴方はそれだけの力を持ちながら、金と気分で世界を見捨てるとは、なんたる破廉恥な! それでは守銭奴と呼ばれても弁護の余地がありませんよ!」


 続けて、スードルが何か言おうとすると、また新たな声が割り込んでくる。

「ノックス!」

 今度は、ポレックスたちだった。


 ――そういえばいたな。


 と、今さらながら思い出す。


 四人は猛然と駆けだすと、襲い掛かるようにして跳び上がった。


 手柄を独り占めされた腹いせか? とも思ったが、どうも様子がおかしい。


 四人は、ノックスの目の前に着地すると、そのままの勢いで腰を90度以上曲げて頭を下げた。

「おみそれしました! さっきはでかい口を利いてすいませんでした!」

「は?」

「ほえ?」

 ノックスと一緒に、ルーナも口を丸くして言葉を失った。


 ポレックスたちは腰を曲げたまま、顔を上げた。

「俺らが一撃で負けたあのギガノテリウムを、一人で倒すなんて、あんたはすげぇ人だ。是非とも兄貴と呼ばせて下さい!」

「マジでリスペクトしてます!」

「痺れました!」

「貴方こそ俺らの目標です!」


 ――手のひら返しが酷いな。いや、強い奴が偉い、みたいな世界で生きているとこれが普通なのか?


 なんとなく、一昔前のヤンキー業界みたいだと思った。


「ギルマス、どうして兄貴がBランクなんですか!?」

 背筋を正すポレックスの問いに、スードルはばつが悪そうに視線を逸らした。


「私はBランクの時に直接営業でギルドとモメている。だからランクもそのままなのさ」

 ノックスが無感動に答えると、ポレックスが素っ頓狂な声を上げた。

「そんな、もったいない!」

「そうだ、わしも、君には是非クエストに復帰してもらいたい」

 突然声をかけてきたのは、初老の冒険者だった。

 首にかかる冒険者証は銀。今回雇われた、もうひとりのAランク冒険者だろう。


 そういえば、ポレックスがもうひとりはロートルだと言っていたなと思い出す。


「ノックスさん、皆、貴方の復帰を望んでいるんです。Sランク冒険者として、どうか」

 言いながら、スードルは懐からもう一度、馬車の中で見せた封筒を取り出した。

 金色のSランク冒険者証が入っている、あの封筒だ。


 誰もが喉と言わず、全身の穴という穴から手が出るほど欲しい、富と名声の象徴。

 それを冷めた眼差しで見下ろしながら、ノックスは気だるげに嘆息を吐いた。

「あのなぁ、私は――」

「緊急伝令! 隣国の軍が進軍してきました!」

 ノックスの言葉を遮るように、兵士の悲鳴染みた声が轟いた。

「我が軍は、先ほどの防衛線での損耗が激しく、今、攻め込まれたら持ちこたえられません!」


 誰もが立ち上がり、あるいは振り返る。


 通りの奥、ギガノテリウムが空けた城壁の穴の先に、騎馬軍団が見えた。

 背中の旗印は、確かに隣国のそれだった。

 ギガノテリウムという災害を利用して、攻め込んできたらしい。


 城塞都市の兵が立ち塞がるも、騎馬軍団にはかなわない。

 身を挺して止めようとした勇敢な兵士は一瞬で蹴散らされ、騎馬軍団が城塞都市に雪崩れ込んできた。

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