第11話 闇営業、駄目、絶対……6

 ギガノテリウムが腕を振り上げる。


 その上昇に合わせて、ノックスは跳び上がり、ルーナの隣にやわらかく着地した。


 すると、いきがった若い声がする。

「見ろ、ギガノテリウムだ! みんな、フォーメーションAだ」

「任せてくださいポレックスさん!」

「手柄は俺らのもんだ!」

「そして俺らもポレックスさんと同じAランク冒険者になるんだ!」


 四人が、剣や槍を手に、背後から襲い掛かる。


 ギガノテリウムは、背後を一瞥もせず、鋼のような尾を大きく振るった。

「がはぁっ!」

「ぎゃぁっ!」

「ぐふぅっ!」

「げはぁっ!」

 四人が四方向に吹き飛んだ。

「ごふぅっ!」

「ルーナ、無理にガ行をコンプリートしなくていいぞ」

「だってもったいないじゃない♪」

「そのもったいない精神は燃えるゴミの日に出してこい」

「もったいない精神って燃えるんだ……」

 ルーナが小声で感心した。


 ノックスとルーナは、余裕満点だった。


「じゃあルーナ、その人たちを頼んだぞ」

「ラジャ♪」

「私は、モンスターをハントする」


 クレイモアを構えて、ノックスは全身に魔力を充溢させる。


 強化魔法で強化された肉体は、今や常人の数十倍以上の膂力を発揮するだろう。


「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 巨獣が吠え、ノックスは左サイドステップを踏んだ。


 刹那、凶腕が振り下ろされ、ノックスの立っていた地面を粉砕した。

 飛び散る石片に頬を打たれて、その威力を思い知る。


 続けて、巨獣はそのサイズに見合わない敏捷性で、その場で旋回するように回った。

 左手に立ち並ぶ民家をドミノ倒しのように薙ぎ倒しながら、地面を揺らし、破壊の尾が迫ってくる。

 実に、心臓によくない光景だ。


 ノックスが真上に跳ぶと、すぐ眼下を破壊の暴風が擦過していく。


 烈風が吹き荒れ、ノックスの髪を暴れさせる。


 あまりにばかげた質量差に、己の矮小さを突き付けられているようだった。


 戦いを長引かせると街の被害が大きくなる。

 そう判断したノックスは、短期決戦を決めた。


 そこら中の石畳が砕けてめくれ、ほとんど地面がむき出しの地面に着地すると、巨獣めがけて真っ直ぐ駆けた。


 誰が見ても自殺行為にしか見えないが、ノックスには勝算があった。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 いつまで経っても死なない、小癪な生き物への怒りをぶつけるように、ギガノテリウムが咆哮を上げた。


 スタングレネードに匹敵する轟音が、冒険者たちの鼓膜を麻痺させ、心臓を一瞬止める。


 ノックスは、瞳は闘志に燃やし、頭は絶対零度に冴え渡らせる。

 そうでなければ、この相手には勝てない。


 ギガノテリウムが、興奮しながら、両腕を振り回した。

 癇癪を起こしたような連続攻撃は凄まじく、まるで局所的な絨毯爆撃のようだった。


 全て避けているにもかかわらず、暴風のど真ん中に立たされているのではと錯覚してしまう。


 一撃でも直撃を食らえば致命傷。


 そこからは、塔が倒れるように、戦況は崩れるだろう。


 ――スリル満点だな。


 質量の暴力を瞬時に見極め、一瞬先の未来を見据え、間接のクッションと筋肉のバネを連動させる。


 加速は素早く、方向転換はしなやかに、流麗神速の足さばきで、ノックスは巨獣のヒステリーを受け流していく。


 お返しとばかりに、腕を斬りつけるのも忘れない。

 苔むして緑色に覆われていた腕が、みるみる赤く染まっていく。


 やがて、巨獣はじれたのか、頭から突っ込み、噛みかかってくる。

 噛み殺せればよし、仮に外しても、質量で押しつぶせると踏んでの、攻撃行動だろう。


 ――そういえばゾウも、憎しみを込めて殺すときは踏まずに額で押し潰すんだったな。


 などと思い出しながら、ノックスはマタドールよろしく、紙一重の体裁きで避けると、大きく跳躍した。


 ノックスが着地したのは、ギガノテリウムの【ぼんのくぼ】、頭と首の間、頭蓋骨と頸椎の継ぎ目だ。


 そこに、クレイモアを思い切り突き立てた。


 高周波ブレイドの切っ先がずぶりと沈み込み、固い肉に滑り込んでいく。

 やがて、鋭利な先端が、肉の奥でとりわけ硬いものに当たった。

 おそらくは、頚椎、首の骨だろう。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 ギガノテリウムが、激痛に怒号を吠え上げた。

 のたうち回るように身を揺すり、ノックスを振り落とそうとする。


 ロデオを何百倍もスケールアップしたような振動で、視界が縦横無尽に暴れる。

 落とされてなるものかと、ノックスは体の芯から力を入れるように、クレイモアの柄を握りしめた。


 腕よりもむしろ肩、背筋、腹筋に力を込めて、満身の力を注ぐようにクレイモアを押し込んでいく。


 ノックスの闘志に呼応するように高周波が猛り、化け物殺しという概念が吠え、頚椎を砕かんと食らいつく。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 ギガノテリウムが必死に絶叫する。


 ノックスが決死の思いで耐える。


 次の瞬間、高周波ブレイドの切っ先で、硬いモノが砕ける感触があった。

「       !?」

 無音の悲鳴。


 途端に、ギガノテリウムの体が弛緩した。


 ノックスの視界が、ゆっくりと、だが確実に傾いていく。

 足場であるギガノテリウムが、倒れようとしているのだ。

 こと切れた巨獣の巨体が、頭から商店に突っ込み、動かなくなる。


 衝撃と破砕音が耳を射抜き、粉塵が首まで上ってきて、視界を奪われた。

 目を閉じた顔に烈風が吹き付ける。




 やがて、粉塵が晴れると、そこには怪物を倒した英雄の姿があった。




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 巨大生物との戦いを描くのは楽しいです。重量感溢れるシーンを想像すると胸が躍ります。

 よく考えると、

 『忘却の軍神と装甲戦姫』はパワードスーツバトル。

 『独立学園国家の召喚術科生』は召喚術+メカ武装バトル。

 『平社員は大金が欲しい』は超能力+ガジェットバトル。

 だったので、剣一本で怪物と戦うファンタジーバトルは本作が【初めて】です。

 おや、何か忘れているような気も……。


 チラリ

『無双で無敵の規格外魔法使い』が何かを言いたそうな顔でこちらを見ている。

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