第10話 闇営業、駄目、絶対……5
――言わんこっちゃないな。だから私とルーナが飛んで行けばよかったんだ。
「まずい、公爵様の街が!」
スードルが青ざめると、ポレックスはほくそ笑む。
それから、芝居がかった口調で馬車のドアを開けた。
「これはまずいな。でも安心しなギルマス。俺の強化魔法は、馬より速いぜ。行くぞ!」
ポレックスが馬車から飛び降りると、仲間たちも次々馬車から飛び降りた。
地面に着地したポレックスたちは、なるほど、確かに馬車を追い越し、街道をぐんぐん先行していく。
特にポレックスは、仲間たちを置き去りにしそうな勢いだ。
「お前らはゆっくり来な」
そう言って、ポレックスの姿はみるみる小さくなっていく。
「ルーナ、私らも行くぞ」
「ラジャ!」
ノックスとルーナは開いたドアから飛び出すと、ルーナは風魔法と水魔法の水圧で空を飛び、ノックスはそこに重力魔法も加えて、ジェット機のように体を水平にして空を飛んだ。
ポレックスたちを追い抜かすように、低空飛行で街道の上を駆け抜ける。
みるみるポレックスに迫り、とうとう彼を眼下に捉えて一言。
「お前らはゆっくり来な」
「お前らはゆっくり来てね♪」
二人は加速して、亜音速を出した。
高速移動による断熱膨張で、空気中の水分が冷やされる。
二人の体の末端からベイパーが発生し、白い軌跡を残していく。
ぽかんと口を開け、鼻水を垂らしているポレックスがみるみる小さくなっていく。
城塞都市は、その名前の通り、周囲をぶ厚くて高い、堅牢な石の壁に囲まれた都市だ。
地面は石畳で舗装され、民家もその多くが石造りで、新しい建物はレンガ造りの、強固な造りになっている。
ここは国境線。
まるで、都市そのものが国を守るための壁だった。
その都市を、まるで紙屑のように薙ぎ散らかす巨獣がいた。
ギガノテリウム。
その威容に、ノックスは目を奪われた。
ゾウを跨いで歩けそうな巨躯から、ワニのように左右に伸びた四肢は城の柱よりも太く、足元の石畳を重みで砕いている。
巌のような筋肉が幾重にも重なり、盛り上がった背中は小山を彷彿とさせた。
ウロコと見間違うような硬い体表は、長い眠りのせいで苔むして、半分以上が緑色に変わっている。
太古の眠りより覚めた大怪獣を思わせる体を揺らし、ギガノテリウムは長大な尾をムチのようにしならせ、大きく振るった。
それだけで、轟音が上空まで届き、民家三軒が粉々に飛び散った。
瓦礫が別の民家の屋根を貫き、建物を崩壊させていく。
「まるで怪獣映画だな」
「映画?」
「なんでもない、それよりまずいな」
先に到着した冒険者たちだろう。
市民の避難は済んでいるようだが、ギガノテリウムと対峙する男たちの姿がある。
皆、気息奄々たる有様で、消耗の度合いが見て取れる。
「ルーナ、五秒稼いでくれ」
「じゃあ十秒稼いだらほめてね」
柔和な笑みを残すと、ルーナは流星のように地上へ加速し、落下した。
ギガノテリウムと冒険者たち、丁度その間の石畳を蹴り砕くようにして、ルーナは着地した。
その衝撃、反動であるかのように、ギガノテリウムの周囲の石畳がめくれ上がった。
石畳だけではない、さらに地中深く、地面そのものが、まるごとひっくり返る。
ギガノテリウムの前後左右、360度全方位をドーム状に覆う勢いだ。
魔力を土や石に変換して放ったのではない。
大地そのものと同調して、操作、変化させたのだ。
さしものギガノテリウムも、これには動揺したようだ。
大地の牢獄に戸惑い、破壊行動を起こすのに二秒かかった。
大剣のような爪が五枚備えられた剛腕が、巌の格子を一撃で薙ぎ払う。
再び狂暴な顔を出すギガノテリウムに、冒険者たちは目を丸くして舌を巻いた。
「負けないよ! マントルプリズン!」
大地から、岩の柱が飛び出す。
地殻のさらに深く、マントルの超硬岩石だ。
その強度は、鋼をはるかに凌駕する。
ギガノテリウムの二撃目を受け止め、ヒビひとつ入らない。
その堅牢さに、冒険者たちは目を剥いて度肝を抜かれた。
一方で、ルーナが時間を稼いでいる間に、ノックスは得物を完成させる。
「トーンクレイモアB式」
それは、白い剣身に楽譜のような黒いラインと音譜の模様が入ったクレイモア――長さを重視した大剣――だった。
エレメントは音、エフェクトは化け物殺しの逸品だ。
ギガノテリウムの剛腕がマントルの柱を砕き、鋭利な爪が、安心しきったルーナに迫る。
爪が彼女に触れるコンマ一秒前。
ノックスは、苔むした剛腕に、クレイモアの切っ先から着地していた。
音で振動する高周波ブレイドが、鎧のような表皮を斬り裂きかき分け、血飛沫を上げた。
「よく十秒稼いだな。偉いぞ」
「これでも双黒のノックスの嫁ですから」
ルーナはえへんと胸を張った。
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