第9話 闇営業、駄目、絶対……4

 二〇分後。


 ノックスたちは街のギルドから、高速馬車に乗って出発した。


 四頭の駿馬に牽かせた、四頭立ての馬車だった。


 重量を軽減するため、馬車には余計な装飾は一切なく、鮮やかで華やかな塗装だけで豪奢に見せている。


 馬としては最高峰の速度を維持しながら、四頭の駿馬たちは疲れることなく、街道を疾駆した。


 この調子なら、夕方前には、国境線の城塞都市に着きそうだ。


 馬車には、スードルが同席している。


 ルーナはノックスのすぐ左隣に、スードルは対面側の席に座っている。


「ノックスさん、貴方にお渡ししたいものがあります」

 ビジネスマンのような口調で、スードルは懐から、二枚の白い封筒を抜き取り、ルーナとノックスに、それぞれ差し出してきた。


 封筒には、溶かした蝋の上からハンコを押して固めた、蝋封で封がされていた。

 封筒を開けるには、この蝋を裂く必要があるので、未開封の証となる。

 機密レベルの高い、あるいは上流階級の書簡に使われるものだ。


「なんだいこれは?」

 時限爆弾でも見るような目で訝しみながら、ノックスは封筒をつまんだ。


「国際冒険者ギルド本部からの誠意です」

「現金手形だと嬉しいんだが」


 蝋封を破り、開封すると、中には賞状のように気取ったデザインの厚紙と、細いチェーンの付いた、金色の金属プレートが入っている。


 ひとつの金属プレートには【S/NOX】と、もうひとつには【S/LUNA】と刻印されている。


 ルーナは不思議そうに首を傾げ、ノックスは眉間に縦じわ刻んだ。


「国際冒険者ギルド本部は、貴方がた二人をSランク冒険者に認定致します。Sランク冒険者ともなれば、一国の王様と面会し、上流階級の仲間入りができます。それだけでなく、多くの貴族や資産家がパトロンやスポンサーにつくことも少なくありません。どうか、辞表を取り下げて戴けませんか?」

「断る」

「ことわる」

 ノックスの真似をして、ルーナもプレート状の冒険者証を封筒に戻して、ぴんと指ではじくようにしてスードルに投げ返した。


「やはり、受けて戴けませんか……前回、Sランク冒険者への昇格を条件にしても蹴られたと聞いて、覚悟はしていました……」

 残念そうに肩を落としながら、スードルは封筒を懐に戻した。


「当然だ。冒険者ギルド経由でクエストを受注する気はないし、ルーナまで冒険者にしようとするな」


「ですが、上の意向ですので……」


 ――さすがは雇われ支店長だ。


「しかし、失礼を承知で言わせて戴きますが、貴方は依頼人に法外な料金を請求するのでしょう? Sランク冒険者になれば、同様の大金が安全に、後ろ指さされることなく得られます。何が、貴方をそうも頑なにさせるのですか?」

 スードルの問いかけに、無表情だったノックスは顔をしかめた。

「ギルドの隠ぺい体質は相変わらずか。お前さんは何も知らないんだな」

「え?」

「ギルドマスター。馬借につきました。ここでAランク冒険者の方々と合流し、馬車を乗り換えましょう」


 ノックスが何か言う前に、御者が声をかけてくると、馬車は停止した。


 馬車から下りると、目の前には多人数が乗るための大型の馬車。そして、目つきの悪い、20代の若い男たちが立っていた。



   ◆



 馬車を乗り換えてから一時間。


 ガララン ガララン という車輪の音と馬蹄のいななきをBGMに揺られ続ける車内の空気は、すこぶる悪い。


 ノックスとルーナの対面には、今回、一緒に仕事をする冒険者たちが座っている。

 彼らの視線は、ノックスの風貌と、ルーナの胸に集まっていた。馬車の揺れに合わせて、自分の胸が小刻みに揺れていることに気づいた彼女が胸を抱き隠しつつジト目になると、一部の冒険者たちが口笛を吹く。


 すると、それが合図だったように、Aランク冒険者の男が口を開いた。

「お前らが、双黒のノックスに爆乳のルーナか? 黒髪黒目はわかるが、爆乳っていうにはちぃと胸が足りないんじゃないのか?」

「そんな二つ名で名乗ってないし! それに爆乳よりもその一歩手前の豊乳ぐらいが一番魅力的だとあたしは常々師匠に説き伏せているんだから!」

「ルーナ、女子が爆乳とか言うな、はしたない」

「心配してくれるの? うれしいな」

 身を寄せてくるルーナの頭を撫でながら、ノックスは苛立つようにして相手を睨み返した。

「おいおい怖い顔するなよ。しかし女連れなんて、Bランクの割には余裕だな」


 これは牽制だ。


 複数の冒険者による合同クエストの場合、現場では手柄の取り合いになることも珍しくない。


 だから、こうやって他の冒険者を威嚇し、現場で優位に立とうとする。


 それがわかっているのか、ギルドマスターのスードルも何も言わなかった。


「聞いてるぜ。世間じゃ随分ともてはやされちゃいるが、あんた、Bランク止まりなんだってな? ちなみに俺は先月」

 首にかけた冒険者証をつまみ、見せびらかす。色は、Aランクの証である銀色だ。


 すぐさま、仲間らしき男たちがたすきを繋ぐ。彼らの冒険者証は銅色、Bランクだ。

「ポレックス様は22の若さでAランクに昇格された天才なのだ!」

「お前とは格が違うんだよ!」

「せいぜい、足手まといにならないよう、気を付けるんだな!」

 太鼓持ちたちの口上に気分を良くしながら、ポレックスは鼻を鳴らした。

「Aランクはもう一人いるが、くたびれたロートルだ。今はもうAランクの実力はないだろう。現場では、俺が頭だ。指示には従って貰うぜ」

 ポレックスは、ドヤ顔で背を逸らした。


 けれど、ムッとするルーナの頭を撫でて彼女をなだめながら、ノックスは逆に落ち着いた。


 ――Aランクに昇格したてで調子に乗っているガキか。こういう奴から先にしくじるんだが、言っても聞かないだろうな。


 実年齢はポレックスのほうが上だが、精神年齢はノックスのほうが一回りも上だった。


 いきがるルーキーに呆れる、ベテランの心持だ。


「それとルーナ、お前みたいな美人なら、いつでも、このAランク冒険者ポレックス様のオンナにしてやるぜ」


 ――こいつがピンチになっても助けなくていいだろう。


 ノックスは、真顔で心に固くそう誓った。


 その時、はるか遠くから、崖崩れのような轟音が響いてきた。


 ポレックスたちは顔色を変え、音のする方角を見やった。


 どうりでポレックスの挑発に、ルーナが無反応なはずだ。

 彼女の目は、すでに臨戦態勢に入っていた。


 おそらく、この中の誰よりも先に、ソレの気配に感づいていたのだろう。


 ノックスが窓から顔を出すと、遠くの地平に、城塞都市の崩れた城壁が見える。


 その崩れた穴から、巨大な獣が都市へと侵入していく。

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