第8話 闇営業、駄目、絶対……3

 ルホンクスが素っ頓狂な声を上げた相手は、この街のギルドマスター、スードルだった。


 ギルドマスターと言えば、ギルド会館の長だ。

 つまりスードルは、この街の冒険者ギルドの責任者、というわけだ。

 モーニングコートに身を包んだ、40代ほどの紳士で、実家は男爵家の貴族でもある。


「お前がノックスさんの説得に言ったと聞いて、探したよ」


 どうやら、ルホンクスはギルドマスターから信用されていないらしい。


「しかしスードルさん、この広い街でよく私を見つけられましたね?」

「合衆国でもないのにスリーピーススーツを着た男がいれば気づきますよ。彼女ほどの奇麗どころを連れていればなおさらです」


 ――やっぱり、ルーナって目立つんだな。


 金髪碧眼の極上美少女で、おまけにかなりの豊乳だ。

 目立つなというほうが無理だろう。


「それで? 今度はギルドマスター直々に戒告しに来たというわけですか?」


 ノックスの強気な態度に、ルホンクスはムッとする。

 とことん、お堅い男である。


 だが、当人であるスードルは、やや困った顔で息をついた。

「いえ、そうではなく、今日は、ノックスさんに我々のクエストを受けて頂きたく参りました」

「ギルドマスター! この男はまだ闇営業についての処分を受けていません!」

「闇営業じゃない、直接営業だ」

「同じことだ!」

「君は黙っていなさい」

 ギルドマスターに戒められ、ルホンクスは息を呑んだ。顔を固くして、おとなしく椅子でかしこまる。


 ――こいつ、上下関係には忠実なんだな……。

「それで、クエスト内容は?」

 仕事モードとばかりに、ノックスは無感動に問いかけた。


 ルーナは、品よくお座りしながら、話が終わるのを待つ。


「モンスターの討伐クエストです。ギガノテリウムが長期休眠から覚めました」

「ギガノテリウム、大物だな。でもどうして私に? ギルドマスターなら、優秀な【光営業】の冒険者の伝手がいくらでもあるだろう?」

「それは……」

 スードルがハンカチを取り出し、額の汗を拭う。


 ノックスは、事情を察した。

「集まらないんだな。ギガノテリウムならSランク冒険者案件だ。Aランク冒険者で対処するにしても7、8人は欲しい」

「おっしゃる通りです。ギガノテリウムはすでに国境沿いの城塞都市に迫っている。緊急クエストで、今日中に現場へ行かなくてはいけない。なのに、連絡が付くSランク冒険者はゼロ。今すぐつかまるのはAランク冒険者が2人、それにBランク冒険者が12人です」


 冒険者は、そのクエスト達成能力に応じてFからA、そして最上級のSを含め、七段階のランク付けがされている。


「心もとない戦力だな」

「はい。なのでSランク冒険者に匹敵するノックスさんのお力を、是非ともお借りしたいのです」

「いくら緊急クエストとはいえ、どうしてそこまで? あんたらは私のことが嫌いなんだろう?」

「依頼主はこの国の公爵家なのです」

「なるほど、失敗すれば冒険者ギルド組織そのものの信頼を失う、と」


 スードルは、沈黙で肯定した。


「それで、わざわざギルドマスター様じきじきにお願いにきたと?」

「いえ、ギルドマスターなど、聞こえはいいですが、ただの支店長ですよ」


――ギルドマスターと言えば多くの人々から尊敬される花形職業だが、言い換えれば支社の雇われ社長に過ぎない。ということか。


「報酬は金貨500枚。Sランク冒険者と変わらない報酬を用意します」

「それじゃ足りないな」


 ルホンクスの視線に敵意が溢れる。


 スードルの眼差しは、緊張感に満ちていた。

「では、いくらですか?」

「ひとつは私の辞表を受理すること、加えて金貨一万枚を貰おう」


 ルホンクスは立ち上がるも、すぐ隣のギルドマスターを意識して、座り込んだ。


 スードルは苦悩するような表情で、息を呑む。

「残念ですが、ギルド本部の方針で、貴方の辞表を受理することはできません。ですが、金貨一万枚はなんとかしましょう」

「商談成立だ。それと忘れ物」

 席を立つと、ノックスはテーブルに乗せた99枚目の辞表を拾い上げ、仏頂面のルホンクスの懐に押し込んだ。


 勝手に破棄したら私文書破棄で訴えるぜ、と言い含めるのを忘れない。

「それで場所は? 今すぐ飛んで討伐してやるよ」

「あ、いえ。こちらで高速馬車を用意しています」


 カウンターで店員に銀貨を渡しながら、ノックスは眉をひそめた。

「私とルーナが亜音速で現場に飛んで討伐するのが一番早くて安全なんだが?」

「こちらにも段取りというものがあるのです。すでにクエストを受けてしまっている冒険者もいますし、途中の街道で拾わなくてはいけない冒険者もいますし」

 声を固くするスードルに、ノックスはため息をついた。

「私一人でささっと倒しては不都合なわけか。不便なことだ。だから私はギルドを捨てたし、戻る気はない」


「それは…………」


「早く高速馬車とやらに案内してくれ。被害者が出る前にな」


 やや不機嫌な声で言ってから、店の外に出る。


 ドアベルの音が、耳障りだった。


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