第7話 闇営業、駄目、絶対……2

「違反者は除名処分のはずだ。何故【規約通り】私を除名処分にしない? こっちは親切にも辞表まで提出しているのに……うん、上手い紅茶だ。ルーナは気に入ったか?」

「うん、ケーキに合うね。あ、ウェイターさん、あたしチョコサンデーと紅茶のおかわり」

「私はミルフィーユとカフェオレを貰おう」


 完全に二人だけの世界を作られ、ルホンクスは拳を握り、歯を食いしばった。

「だ、だが、貴様の辞表はまだ受理されていない……貴様の籍は、未だ冒険者ギルドにある……」


 怒りを押し殺すようにして震えるルホンクスに、だがノックスは呆れ口調で応える。

「辞表一枚受理するのに何年かかっているんだ? ほいよ、99枚目の辞表だ」

 ぺらりと、懐から取り出した封筒を、テーブルの上に置いた。


「……我がギルドは、貴様の辞表を受理するつもりはない。全ての冒険者は冒険者ギルドに加盟する義務がある! フリーランスの冒険者など認められるか!」


「義務……ね。それはあんたらが勝手に言っているだけで、法的拘束力は無いはずだ」

「なんだと!?」

「それに、私は冒険者ではなく傭兵だ。お前さんも言っただろう? 双黒の【傭兵】と」

「屁理屈を言うな! 戦場働きだけならまだしも、モンスターや犯罪者の討伐。ダンジョンの探索。高等回復魔法を使った治療行為。誰がどう見ても明らかに冒険者の所業だ! 冒険者が冒険者ギルドに加盟せず活動するなど、社会人として恥ずかしくはないのか!?」


 論点をズラしながら勢いを取り戻すルホンクス。一方で、ノックスは余裕の表情のまま、ウェイターからミルフィーユとカフェオレを受け取った。


「醜いもんだ。中抜き搾取業者が私的組織のくせに、公人気取りで正義を振りかざして自分たちの管理を秩序だと声高に叫ぶ。生憎と、私はあんたらのような利権団体って奴が嫌いでね」

「ぐっ、黙って聞いていればいい気になって」

「どこが黙って聞いているんだ? さっきからあんた、かなりうるさいぜ。他の客に迷惑だ。公共の場で騒ぐなんて、社会人として恥ずかしくはないのか?」


 今、自分が言った言葉を返されて、ルホンクスは顔を真っ赤にして震えた。

 興奮しすぎて、言うべきことがまとまらないようだ。


 ――こいつは駄目だ。交渉事には向いていない。大方、プライドに実力が伴っていないタイプで、誰もできなかった交渉を買って出た、といったところか。


「師匠、はい、あーん」

 ルーナが、アイスクリームをすくったスプーンを差し出してくれる。


 間接キスにはなるも、変に意識していないからこそ、ノックスはかまわずくわえた。

 バニラの香りとミルク味の冷たい甘みが、口の中に広がって感無量だ。


「おいしい?」

 今、ノックスが口にくわえたスプーンに口づけながら、ルーナは頬を赤らめて尋ねてくる。


「あぁ、おいしいよ。もう一口くれないか?」

「♪♪ うん♪」


 頭が固くてモテなさそうなルホンクスの前で、あえてイチャついてみせる。

 ルホンクスの顔は赤を通り越してどす黒く、憤死一歩手前だった。


「ノックス! 貴様のせいでどれだけの人間が迷惑しているか考えたことはあるか!?」

 口角に泡を飛ばしながら怒鳴り散らすルホンクス。


 そのコンマ一秒に前に、ノックスとルーナはカップとデザートを手にして、飛び散る唾を避けた。


「迷惑? 私がどんな迷惑をかけた?」


 本当は知っている。

 他のギルド職員からもいいだけ聞かされてきた。

 それでも、ノックスはあえて訊く。


「しらじらしい奴だ! 貴様が素材を法外な値段で売ったりタダで大量に譲ってしまうせいで市場の流通価格は大混乱だ! 貴様の法外な報酬に関する苦情は殺到するし、貴様を真似して闇営業をする冒険者が後を絶たん! 最悪なことに、駆け出し時代はいいだけギルドの世話になっておきながら、名前が売れた途端、闇営業に手を出す連中だ! 我々はノックスジュニアと呼んでいる」

「勝手なことを言わないで下さい! 師匠のジュニアはあたしが産むんですから!」

「ルーナ、私のミルフィーユを食べないか?」

「♪♪」

 ルーナはおとなしくなった。上機嫌に品よくミルフィーユを食する彼女を見守っていると、ノックスの表情がリラックスしていく。


 それから、ルーナの迫力に圧倒されたルホンクスに対応する。

「私が私の財物をどうしようと私の勝手だ。私は冒険者ギルド会員を名乗っていない。苦情は私を除名処分にすればいい。闇営業をする冒険者には、それこそ個別に当たってくれ。私が闇営業を薦めたわけではないしな」


 無感動な声で、滔々と語るノックスに、ルホンクスは何も言えず、唇を噛み始めた。


「それに、私は嘘つきが嫌いでねぇ」


 ルホンクスは顔色を変え、瞬きをした。

「き、貴様は何を……」


「今まで私が何人のギルド職員と話してきたと思っている? あんたよりも誠意のある奴は何人かいた。けれど、あんたの顔は立てる気にはならないね」

「なんの話だ……わけのわからないことを言ってけむにまくな……」

「とことん、救えない奴だな……」


 これ以上は時間の無駄だと、ノックスは紅茶を飲み干して立ち上がろうとした。


 ちょうど、ルーナもミルフィーユを食べ終えている。


 そこへ、カランカランというドアベルの音の後に、新しい、そして紳士的な声がかかった。

「ノックスさん、お久しぶりです」


 紳士の顔を見上げて、ルホンクスはぎょっとした。

「ギルドマスター!?」

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