第6話 闇営業、駄目、絶対……1

 すっかりと暖かくなった風に、満開の桜が舞う四月。

 雅な人なら、思わず見とれてしまいそうなうららかの空の下……。


「では、約束通り金貨5000枚、耳をそろえて払ってもらいましょう」

 とある街の資産家に向かって、ノックスは無遠慮に手を突き出した。


「えぇ、もちろんですとも。おい、ノックス殿に例のものを。色を付けてな」

 贅を凝らした庭園。泉に向かって水を吐き出すライオンの石像の横で、資産家の男は秘書に顎で指図をする。


 すると、秘書は重そうな鞄のなかから、たわわに太った革袋を五つ、取り出した。

「金貨を5100枚、それから、当、商会のVIP会員証でございます。必要な商品があれば、当、商会が全力で用意致します。他、相談事があればなんなりと」


 資産家が経営する商会は、大陸中に支店がある。


 これは、思いがけない報酬だった。


「なんだか悪いですね」

 ノックスがにやりと笑うと、資産家は口ひげをなでながら、恰幅のいい腹を突き出して笑った。

「なんのなんの。【冒険者ギルド】と違い、ノックス殿は金さえ払えば即日対応で完璧に仕事をこなしてくれる。次も頼みますぞ」


 法外な報酬故に、助けられても恨まれることが多いノックスにとって、こうした対応は嬉しかった。


「こちらこそ。では、またご縁がありましたら」

 そう言って、ノックスは気持ちよく口角を上げた。


 ルーナも、優しく微笑みながら、手を振ってその場を後にする。



 久しぶりに、心地よい仕事上がりで心が軽い。

 ノックスは冷血人間のように言われることが多いものの、心を殺した暗殺者ではない。

 すんなりと報酬を貰い、心遣いまで受け取り、お礼を言われれば、悪い気はしない。


 大通りに入ると、右手の広い道路には貴族の馬車が走り、左手にはレンガ造りの商店が並び建つ。


 通行人には、モーニングコートの紳士の姿が見える。

 スリーピーススーツ姿のノックスも、この街にはよく馴染んでいた。

 歪みなく整列する石畳の上を歩きながら、ノックスは、道路を挟んだ向こうの歩道に、高級そうな菓子店を見つけた。

 すぐ隣には、カフェもある。


「ルーナ、甘いものでも食べようか。それから時計屋で、婦人ものの腕時計を見よう」


 彼女の表情が、ぱっと華やぐ。

「じゃああたし、師匠とおそろいのペアウォッチがいいな」

「おいおい、戦いですぐに壊れるんだぜ?」

「気を付けて戦うからおねがぁい」

 ノックスは眉をひそめるも、ルーナは怯まず、甘えた声を出してくる。


 ――まぁ、どうせ私のは一か月も持たないだろうし、時計ぐらいいいだろう。


「わかった。じゃあ甘いものを食べたらペアウォッチを買いに行こう」

「やった」

 にっこりとほほ笑むルーナの仕草に、ノックスの口から、憎からずため息が漏れた。


 彼女の柔和な笑みを見ていると、心が和む。


 道路を渡ろうと、横断歩道の前に立つ。

 信号機なんて文明の利器はないので、馬車が通っていない瞬間を見計らって、素早く渡ろうとする。


 不意に、誰かに手首をつかまれた。


 ルーナではない。


 彼女なら、手首どころか腕を取り、豊満な胸で挟み、肩に頬ずりをして甘えてくるはずだ。


 この不躾な手の主は誰だと、首を回す。


 目の前には、厳格そうな壮年の男性が立っていた。


「【Bランク冒険者】。双黒の傭兵ノックスだな。私は国際冒険者ギルドから来たルホンクスだ。貴様の闇営業行為について話がある」


 穏やかな気分が台無しだと、ノックスは憎々しいため息をついた。


 ルーナも、あちゃぁ、という顔で、額に手を当てた。



   ◆



 目的のカフェで、ノックスは不承不承、ルホンクスと同じテーブルに着いていた。


 あれやこれやと聞き飽きた手前勝手な説教を垂れながら、ルホンクスは厳めしい顔を崩さない。


「いいかノックス。貴様は我が冒険者ギルドの再三にわたる忠告を無視し、闇営業、つまり、冒険者ギルドを通さず仕事を受け、法外な依頼料をせしめている。これは重大な規約違反だ!」


 ルホンクスがきびきびと話す前で、ノックスはいつも通りの無表情を崩さない。

 まるで、外の雑音を聞き流すような面持ちだった。


「我が冒険者ギルドは依頼人と冒険者を繋ぐマッチング組織であり、冒険者がモンスターの素材を悪徳業者に買い叩かれないよう買取業を引き受けている。冒険者業界の秩序を守る管理人だ。断じて、貴様のような男を見逃すわけにはいかない」

 正義は我にあり、とばかりに語るルホンクスに、ノックスは鼻からため息を抜いた。


 冒険者とは、依頼人からの報酬次第でどんな危険な仕事も請け負う職業だ。


 その仕事内容は多岐に渡る。


 行方不明者や希少生物の捜索、要人警護、モンスターや犯罪者の討伐や逮捕など、様々だ。


 当然、軍事活動への加担など、傭兵としての仕事も含まれる。


 だから、冒険者ギルドには、多くの傭兵たちも登録している。


 人々は困ったことがあると、冒険者ギルドに依頼を出し、冒険者ギルドは依頼内容をクエストとして、冒険者たちに紹介、斡旋する。

 冒険者は条件の合うクエストを受け、成功すれば報酬が貰える。


 他、クエストを受けなくとも、冒険者ギルドはモンスターの体の一部や薬草――俗に素材と呼ばれる――や、ダンジョンと呼ばれる遺跡に眠る品々を買い取ってくれる。


 まさに、冒険者にとってはなくてはならない組織と言える。


 世間から冒険者と認められるには、冒険者ギルドに登録し、冒険者証を貰わなくてはいけない。


 そして、冒険者ギルドは【闇営業】を禁止している。


 闇営業とはつまり、ギルドを通さず、素材を【直接】業者に卸したり、クエストを【直接】依頼者から受ける行為のことだ。


「冒険者ギルドの運営費は、素材や宝物の買い取り、およびクエストの仲介料で賄われている。だから貴様のように闇営業をする冒険者には断固たる態度で挑ませてもらうぞ! さぁ、今すぐ冒険者ギルドへ行き、ギルドマスターの前で謝罪と始末書を書き、処分を受け、我々のクエストを受注しろ!」



「辞表は提出済みだが? 98枚も」



 犯人を取り調べる刑事のような顔のルホンクスに、ノックスは紅茶片手にそう告げた。


 ルホンクスの勢いが、ぱたりとやんだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 2019年10年24日に本作の1話~5話を投稿しましたが、1話目を読んでも2話目を読まない人が多いことがわかりました。

 それを受けて、同日24日の夜、1話の冒頭に1シーン加筆、挿入しました。

 ノックスがギルド会館でクエストをチェックするシーンから始まるようにしました。

 興味を持って頂けましたら是非、一読下さい。

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