第5話 張り子の正義と闇営業……5
一時間後。
プラチナドラゴンの亡骸をインベントリに入れてから、農村の広場で開放し、死体を依頼主である村長たちに検分して貰っていると、トゥルスたちが戻って来た。
「まさか、これは……君らが?」
唖然とするトゥルスに、ノックスは頷いた。
「ああ、こっちも死にかけたけどな。その代わり畑は無事だ」
村人たちから、歓声が漏れる。
「だから言ったろ。青田刈りはしなくていいって」
ノックスの言葉に、トゥルスは憎らし気に歯を食いしばった。
「ぐっ、僕への当てつけのつもりか……悪党め」
「悪党、私がか?」
ノックスが視線を合わせると、トゥルスは声を荒らげた。
「ああそうだ。お前は人の弱みに付け込んだ守銭奴だ。いくら強くても、正義の無い力はいつか身を亡ぼすんだ」
「てめぇの命も張れない奴が正義を語るなよ」
部下の前でかっこうをつけようと、少しでもマウントを取ろうとしているようにしか見えない、哀れな男に、ノックスは鋭く言い放った。
トゥルスが絶句すると、言葉を続ける。
「自分より弱い奴にしか振りかざせない力は正義じゃない、ただの虚栄心だ。ヒーローごっこがしたいなら、舞台役者にでもなるんだな」
トゥルスは、悔しそうに平静を装う。
「そ、それはお前が強いから言えることだ。勝てる見込みもないのに戦う蛮勇は正義じゃない。一人でも多くの人を救うには、僕の判断が最善だったはずだ」
「お前さんの言う通りさ。でもな、あの時のお前は即答だった。考えもしなかった。手持ちの戦力で倒す方法はないかってな」
「ぐっ……」
「それに、人々を救うのが目的なら、何故、住民全員を避難させようとしなかった? 答えは単純、そんなことをしている間に自分が逃げ遅れると思ったからじゃないのか?」
「それは……」
トゥルスは、もうたじたじだった。
「そもそも悪だの正義だのは立場によって変わる。守りたいものは人それぞれだからだ。私が正義の味方にならないのは、正しい正義なんてないからさ。私はあくまでも私の都合で戦う、それだけだ」
とうとう、トゥルスは言葉を失った。
周りの部下たちも、意気消沈している。
その一方で、村人たちはノックスに惜しみない感謝の言葉を送り、褒め称えている。
「ではノックス殿、これは報酬です」
村長が、村人から大きな革袋を受け取り、差し出してきた。
ノックスは受け取ると、その重みだけで金貨の数を把握した。
「確かに。じゃ、私はこれで」
そう言って、ノックスはプラチナドラゴンの亡骸をインベントリに戻した。最後の一撃で千切れた、左腕だけをその場に残して。
「あの、あれは……」
やや戸惑う村長に、ノックスは相変わらず、不愛想な口調で言った。
「あれだけでもシルバードラゴンの亡骸五体分以上の価値はある。被害者遺族のお見舞金と、村の復興のために使ってくれ」
トゥルスが顔を上げ、村長たちは慌て始める。
「で、ですがノックス殿、ドラゴンの亡骸は貴方にお譲りする契約では……」
「ああそうだ。私が貰った私の物だ。だからどうしようと私の自由だろ? それに私は直接営業だ。無関係なギルドに討伐の証拠品を提示するよう言われても、無視していいぜ」
その言葉で、村長の目から涙が溢れた。
まるで死に別れた息子に再開したような感動に震え、腕で顔を拭い続けた。
「ノックス殿、貴方という人は……」
村人たちも、尊敬と羨望の眼差しをノックスに向ける。
それでも、ノックスは意に介さず、背を向けた。
トゥルスたちが唖然する中で、少年はノックスとルーナに向かって、大きく手を振った。
「ありがとうお兄ちゃん! ありがとうお姉ちゃん! ぼく、大人になったら、お兄ちゃんみたいな凄いヒーローになるよ!」
少年からの憧憬に、けれどノックスは笑顔ひとつ見せずに立ち去る。
そして、誰にも聞こえないほどささやかな声を漏らした。
「凄くなんてないさ。私は所詮、出産ガチャのハズレ品だ」
◆
村を出た後。夕日に照らされながら次の国へ向かう途中で、ルーナは尋ねた。
「ねぇ師匠。プラチナドラゴンの亡骸、全部あげちゃっても良かったと思うんだけど、なんで左腕だけなの?」
いつもならあげちゃうのに、というニュアンスを込めながら、不思議そうに顔を覗き込んでくる弟子に、ノックスはやや面倒くさそうに答える。
「それじゃ高すぎだ。取り分を巡って骨肉の争いが起きるだろ」
「起きちゃうんだ……」
ルーナは両手を頬に当てて、やわらかいほっぺをぷにっと潰した。
「あんなに優しそうな人たちがそんなことするかな?」
「するさ。金は人を狂わせるし、人は金でいくらでも醜くなれる」
「じゃああたしは師匠に狂って愛に狂おっと♪」
不意に、ルーナが腕に抱き着いてくる。
自慢のバストを意図的に押し付けながら、顔を覗き込んできて、ノックスのどんな僅かな反応も見逃すまいとしてくる。
「えへへぇ、師匠♪」
弟子のあどけない表情を眺めながら、ノックスは溜息をついた。
「頼むから、犯罪にだけは手を染めるなよ」
そう語るノックスの眼差しは、わずかに和んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回
冒険者ギルドの職員がノックスに突撃。
闇営業、駄目、絶対。
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