第4話 張り子の正義と闇営業……4
蹴り出した地面に巨大なクレーターを残して、ノックスは人智を超えた槍を手にプラチナドラゴンへと砲弾のように突き進んだ。
「雷光一閃!」
紫電の咆哮が身体を飲み込み、ノックスは一筋のいかずちとなってプラチナドラゴンのどてっぱらに穂先を突き立てた。
不意を突かれたプラチナドラゴンは、苦悶の声を漏らす。
それでも、表面のウロコにはヒビを残すのみで、貫けない。
「流石は最強の貴金属竜だ」
プラチナドラゴンのウロコは、プラチナでできている。けれど、本体が生きている限り、そのウロコは魔力の影響を受けて、あらゆる攻撃を弾く魔法装甲と化す。
その強度は、ミスリルに匹敵するようだ。
しかし、プラチナドラゴンには、ダメージが通っていた。
「いくら魔法装甲があっても、金属のウロコだからな。雷属性は通るよな」
ノックスは、足元に防御結界魔法を展開している。
防御のための魔法を、足場として使い、ノックスはプラチナドラゴンにジャベリンの連撃を叩きこんだ。
プラチナドラゴンが怯む。
ノックスの優勢。
だが、そう見えたのは最初だけだ。
プラチナドラゴンの剛腕が、ノックスの全身を周囲の空間ごと薙ぎ払った。
圧倒的な質量差に、ノックスはたまらずぶっ飛ばされた。
衝撃で脳みそが揺れる、視界がレッドアウトする。
魔法で風と重力を操って減速してから、再び足場を形成して着地した。
肉体のダメージは、回復魔法ですぐさま治すも、鈍い痛みの残滓が、プラチナドラゴンの戦闘力を嫌という程に教えてくれる。
その途方もなさに、ノックスは腹の底が冷えるような想いだった。
「やばいな。それなりに」
ノックスは雷と竜殺しの力を宿したミスリルの槍があるとはいえ、ノックス自身はあくまでも人間だ。
対する向こうは、全身がミスリル並みの強度を持つウロコに覆われ、翼のおかげで空中移動は縦横無尽。パワーと質量とリーチは比べるのも馬鹿らしい。
おまけに、ドラゴンを最強たらしめる必殺のブレスがある。
ノックスの期待というより、不安に応えるようにして、プラチナドラゴンの口から熱い光が迸る。
ノックスは、反射的に背後に広がる農村を意識した。このままでは、巻き込んでしまう。
風と重力魔法で緊急上昇をすると、それに合わせて、プラチナドラゴンも上空目掛けて口を開いた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
真っ赤な口内から、極熱の破壊光線が迸った。
あまりの熱量に、空気中の酸素と窒素が一瞬で炸裂しながらプラズマ化していく。
対するノックスは、両手を前に掲げて防御結界の魔法を発動させて、ソレを受け止める。
目の前に展開する、白い半透明の盾に、ドラゴンブレスが激突する。
「ぐっ!」
万軍をも蹂躙し尽しそうな破壊の激流が、半透明の盾一枚向こうで暴れ狂う光景に、ノックスは両手を突き出した姿勢のまま、苦笑を漏らした。
ノックスは、自分こそは世界最強の一角に数えられる存在だと自負している。その自分が、最大出力で展開している防御結界を揺るがす威力には、笑うしかない。
防御結界にヒビが入った。
次の瞬間、破壊力と守護力のせめぎあいの果てに、巨大な爆発が巻き起こった。
ドラゴンブレスが咲かせた、最後の一華だった。
濃い煙が晴れると、ノックスは両腕を焦がされながらも、なお健在だった。
回復魔法で、焦げた両腕を徐々に回復させながら、ノックスは言った。
「耐えたぞ。お前の切り札に!」
絶叫しながら、ノックスは空を駆けた。
そこから先は神話の再現。
英雄とドラゴンが切り結ぶ世界が、そこにはあった。
ジャベリンと爪牙が鍔ぜり合う。
拳とツノが交差する。
バイオレットジャベリンD式が閃くごとに、プラチナドラゴンのウロコにはヒビが入り、体内には紫電の雷光が叩き込まれ、臓腑を焼き焦がした。そのダメージを、竜殺しの力がさらに後押ししていく。
爪牙が振るわれるごとに、ノックスの肉は潰れ、骨が軋む。随時回復魔法で回復させるも、激痛と尾を引く鈍痛の残滓で、精神力がみるみる奪われていく。
これは人と竜の、肉体と精神の削り合い。
人の精神力が尽きるのが早いか、竜の生命力が尽きるのが早いか。
ただそれだけの、シンプルな戦いだ。
けれど、その戦いはノックスが圧倒的に不利だった。
プラチナドラゴンの生命力は、時間とともに回復が見込める。対するノックスの精神力は、消耗するばかりだ。
東から昇った太陽が徐々に西へ沈むように、ゆっくりと、だが確かに、ノックスの敗北が近づいていた。
まるで未来を暗示するような黒雲が空を厚く覆うにつれて、ノックスの身体は回復速度が落ちていく。
魔力も体力と同じで、使えば消耗し、消耗すれば魔法の効果は下がる。
太陽が届かない、魔界と見間違うような、暗澹たる世界で、ノックスはプラチナドラゴンに食い下がるも、擦り切れた心は今にも折れてしまいそうだった。
そして、最後の時は訪れた。
「師匠ぉおおおおおおお! 準備できたよぉおおおおおおおおお!」
ルーナの言葉が、擦り切れたはずの心に力を与え、顔には不敵な笑みが、精神力には活力が漲ってくる。
「待ったぞルーナ。そして教えてやるよプラチナドラゴン。ジャベリンの、本当の使い方をなぁ!」
防御結界を展開する。
今までとは比べ物にならないほど強固な、そしてやや長めの足場を作ると、ノックスはジャベリンを握り込む右手を大きく弓を引くように絞り、腰を曲げて、槍投げの態勢に入った。
そう、ジャベリンとは投擲槍。本来は、投げて使う武器だ。
尋常ならざる魔力が、ジャベリンに注ぎ込まれていく。
「バイオレット――ストライク!」
刹那、砲弾の火薬に着火するように、紫電が炸裂した。
雷鳴を轟かせながら、ジャベリンは音速を遥か遠くへ置き去りにしながら、一筋の閃光となって、プラチナドラゴンの左肩に深く突き刺さった。
致命傷は免れた。
だが、これでプラチナドラゴンの命運は尽きた。
漆黒の暗雲は、まだ成長していた。
その高さは十キロメートルを遥かに超え、成層圏にまで達し、内部では数十億ボルトの電圧を蓄えている。そして、地上でも。
ノックスが見下ろせば、ルーナが輝く大地で満足げに笑っていた。
少年は、穴の中で縮こまり、震えるばかりだった。
「ふふふ、プラチナドラゴンさん、天に昇る雷、見たことある?」
ルーナが、両手の指を同時に鳴らした。
その瞬間、他の誰でもない、ルーナが育てた積乱雲からは、有史以来最大級の雷が降り注ぎ、輝く大地からは雷光が撃ち上がった。
対なす雷撃が収束する先は、いかずちの槍、バイオレットジャベリンD式だ。
本能的に危険を察知したのか、プラチナドラゴンは緊急回避を試みるが無駄だ。
スピードの問題ではない。
雷撃は磁石のプラス極とマイナス極が引き合うように、ジャベリンを追尾するのだから。
「じゃあな、最強の竜」
ノックスからの別れの言葉を聞きながら、プラチナドラゴンは極大の豪雷に食われた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
神罰を思わせる程に強大な、光の柱の中に縛り付けられ、左腕は肩から千切れ飛び、プラチナドラゴンは絶命した。
それは、生きた災害と本物の災害。その勝敗が決した瞬間でもあった。
魔法で重力を操るノックスが地上に舞い降りると、ルーナが駆け付けて来る。
「おつかれ師匠。あ、疲れたでしょ。あとはあたしが治してあげるね」
言いながら、ルーナはノックスに抱き着いて、首元にキスをしてくる。
ノックスは、それを無表情に享受した。
「さっきの雷、お姉ちゃんがやったの?」
穴から顔を出して、目を丸くする少年へ、ノックスは首肯を返した。
「ああ、ルーナはちょっと特別でね。自然現象を直接起こせるんだ。私みたいに、魔力を直接、雷撃に変換する必要はない」
ただし、弱点もある。たとえば、あくまでも自然現象であるため、屋内では効果が半減する。もっとも、身内の弱点は、相手が子供でも明かすようなことはしない。
少年を穴からすくい上げると、ノックスは一言。
「約束通り、仇、取ったぞ」
少年の顔に、笑顔が戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます