第3話 張り子の正義と闇営業……3
北の山脈と村の間に広がる草原に佇むノックスとルーナ。
ふたりは、涼しい秋風になびく前髪をかきあげてから、上着を空中にほうった。
上着は見えない穴に落ちるようにして、端から順に消えた。
「消えちゃった!」
「ああ、私らはインベントリという異空間収納魔法使えるからな」
少年の驚きに応えるように、ノックスは気安い声で言った。
トゥルスの前とは、やや雰囲気が違う。
「お前さん、魔法は知っているかい?」
「えっと……」
少年が困ると、ノックスはルーナに目配せをした。
「簡単に言うとね、生き物が持つ、【魔力】っていうエネルギーを糧にして、超自然的な現象を起こす技術だよ。農村では珍しいかもしれないけど、街で探せば魔法使いに会うのは難しくないよ」
「まぁ、インベントリを使える奴はほとんどいないだろうけどな」
「それより師匠。あの子、ついてきてよかったの?」
「あの年は駄目って言ってもついてくるからな。じゃあ、最初から居場所を把握していたほうが守りやすい。というわけでルーナ、穴」
「はいはい」
ルーナがつま先で、草原の土を叩いた。すると、すぐ近くに子供がすっぽりと隠れられそうな穴が開いていく。
「お前はそこに隠れていろ。そんで絶対動くな」
「すごい、これが魔法?」
穴を覗き込む少年に、ノックスは頷いた。
「ああ。それと、さっき私らが単眼鏡を使わずにドラゴンを見たのも魔法だ」
望遠魔法は、比較的簡単な、初級魔法だ。才能のない一般人でも、魔法を一年も学べば使えるだろう。もっとも、教えてくれる人がいればの話だが。
「お兄ちゃんたちって魔法使いなの?」
穴に入りながら尋ねて来る少年に、ノックスはやや間を置いてから答える。
「魔法使いだし、戦士でもある。ルーナ、プラチナドラゴンに厄介な加護はついているか?」
「待っててね」
ノックスに頼りにされたルーナは、嬉しそうに眼を光らせた、物理的に。
ルーナの両目に、光の幾何学模様が走り、青い瞳が、神々しい輝きを湛える。
途端に、ルーナは一人で勝手に頷き、一人で得心を得る。
「ううん。特別なものは何もないみたい。ただのプラチナドラゴンだよ。おススメは雷属性かな」
「OKだ。なら、プランCで行こう」
「ラジャ」
ルーナが明るく返事をすると、彼女は目をつむり、精神を集中させ始めた。
少年には、ふたりの言っていることも、何をやろうとしているかも、ほとんどわからない。
けれど、さっきのように問いかけることはできなかった。
子供ながらに、戦闘前の緊張感を感じ取ったのかもしれない。
あるいは、ソレの気配を本能的に察したか。
はるか遠くの空には、件の生きた自然災害、プラチナドラゴンの姿が迫っていた。
白く輝く白金のウロコに覆われた、全長20メートルを超す巨体に雄大な翼。
背後にゆるく湾曲した、長くたくましいツノ。
見る者すべてを射殺す眼光と、衝撃波を伴う咆哮。
万軍に匹敵すると言われる怪物は、草原に佇む生意気なエサ目掛けて、下降を始めた。
気が付けば、ノックスたちの頭上には、まるで、これから先の運命を暗示するように、不吉な暗雲が垂れ込み始めていた。
「来たな」
ノックスの口元に、ニヒルな笑みが浮かぶと、彼の身体から淡い光が立ち昇った。
濃厚な魔力が視覚化されているのだ。
光は加速度的に勢いを強め、特に、両手の平からは、空気を震動させるほどの強い魔力が迸っていた。
衝撃で草が放射状に暴れ、ノックスの黒髪が逆立つ。
背後の穴の中で、少年が小さな悲鳴を上げた。
ノックスの瞳もまた、幾何学模様こそ描かないものの、ルーナに似た輝きを放つ。
魔性の眼光が、空に君臨する怪物の瞳と交差すると、ノックスは語気を強めた。
「カテゴリーは槍、エレメントは雷、エフェクトは竜殺し」
ノックスの右手から迸る魔力が、金属へとその姿を変える。
それも、ただの鉄や銅ではない。
伝説の武具と同じ材質であり、人の身では決して届かない、妖精金属ミスリルだ。
神々しい程の輝きを持った白銀の槍が、ノックスの闘争心を具現化したように勇壮な姿を以って形成されていく。
続けて、左手に迸る魔力が透き通るような紫色に変わると、槍へと注ぎ込まれた。
槍全体に紫電が
明らかに、神が人に許した力の範疇を超えている。
槍が心臓の鼓動のように脈動し、尋常ならざる力が大気を破裂させた。
そこへ、駄目押しとばかりに、最後の仕上げを込める。
槍が産声を上げる。
己の誕生を世界に知らしめるように、轟き叫んだ。
神や妖精など、霊的な存在を除けば、おそらくは最強の生物であろうドラゴン。
だが、我はそのドラゴンを殺す為に生まれたのだと、不遜な名乗りを上げるように、槍は轟音を上げた。
常軌を逸した威圧感に、プラチナドラゴンは降下を中断して空中で羽ばたき、ホバリングしながら様子を見た。
轟音は鳴り止み、まるで台風一過のような静寂が、ノックスを包み込んだ。
「バイオレットジャベリンD式」
力を溜めているように、重く、静かな声だった。
そして、台風一過は終わり、嵐が再来する。
無言のままに、ノックスが飛んだ。
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