第2話 張り子の正義と闇営業……2

 役場の会議室には、ノックスとルーナ、それから、トゥルスのような、各傭兵隊の主要人物が集まっていた。


 みんな、村長の言葉に耳を傾ける。


「シルバードラゴンが現れたのは一週間前。最初の犠牲者は、荷馬車の馬とその飼い主……いや、私の弟でした……」

 辛い記憶を思い起こしながら、村長はうつむき、悲しそうな声を絞り出す。

「その一件で人の味を覚えたのか、それとも人間を襲いやすい相手と思ったのか、シルバードラゴンは毎日のように現れては、畑仕事をしている農夫たちを襲います……もちろん、今では空に奴の姿が見えれば鐘を鳴らして、家の中に避難します。ですがそれも先刻承知なのか、家を壊し、村人を食べるのです。先ほどの子供の親も……」


 広場で出会った少年の顔を思い出して、トゥルスは表情を沈ませる。

「シルバードラゴンは知能が高いですからね。お辛かったでしょう」

 同情を込めた声音で、村長に共感した。


「はい、この一週間で、もう、50人以上の村人が奴の腹に召されました……そして昨日は、村人を助けようとした私の息子が……」

 のどを詰まらせたように言葉を切り、村長は潤む目を閉じると、孫息子を抱きしめた。


 村長の息子という事は、少年にとっては父親だ。

 少年の目にも、悔しそうに涙が浮かんでいる。


 その姿を目にしたトゥルスは、決然と声を上げた。

「もう泣かないでください。貴方の息子さんの仇は、必ず僕らが取ります。シルバードラゴンの数は一頭だけでしたね。それなら余裕ですよ。僕らはシルバードラゴン級のモンスターなら、何度も倒してますから」

「トゥルス殿……」

 爽やかな笑顔に、村長は感動でさらに涙を流してしまう。


「ですが、戦闘で畑が被害に遭うかもしれません。シルバードラゴンが飛んでくる方角、主戦場になるであろう地域の畑は、少し早いですが刈り入れ、倉庫に保管しましょう。そのほうが、我々も気兼ねなく戦えます」

「は、はい」

「これは時間との戦いです。皆さんも協力して下さい」

 トゥルスの熱い呼びかけに、各隊の隊長たちは、静かに頷いた。


 少年も、小さな手を挙げて、協力する気満々だ。


 生まれも育ちも違う、今日始めた会った人々が手を取り合う一体感に、トゥルスは感動を覚え、内心震えた。


 けれど、その感動に水を差すことを一切ためらわない、空気の読めない男がいた。

 ありていに言えば、ノックスだった。

「私は反対だな」


 隊長たちのきょとんとした視線と、トゥルスの刺すような視線が、ノックスに集まる。


「収穫にはまだ早いんだろ? なら収穫はやめておけ。シルバードラゴン程度、私なら一撃だ。ありもしない主戦場に備える必要なんてないぜ」

「さっすが師匠! まぁシルドラ程度ならあたしでも一撃だけどね、えへへへへ」


 ノックスとルーナの口ぶりに、トゥルスは誇大妄想家にお灸据えるようにして、強い語調で言った。

「ノックス、それにルーナだったね。どれだけ腕に自信があるかは知らないけど、大口を叩いて場を乱すのはやめてくれないかな? 子供じゃないんだから。シルバードラゴンは1個連隊(二千の兵士と兵器)クラスの力を持つ真正の怪物だ。一流の傭兵だって、一人では苦戦する大物だ。それを一人で一撃だなんて、おとぎ話の読みすぎだよ!」

「自分の頭で追いつけない事柄はインチキ扱い。自分が劣っているとは考えない。ルーナ、世間知らずが成功体験を重ねるとこういう風になる。覚えとけ」

「うん、覚えたよ師匠」


 顔を真っ赤にしたトゥルスが何か言おうとするも、ノックスが機先を制した。

「畑が焼けたらその分は私が補填してもいい。だから青田刈りはやめておけ」

「っっ~~」


 なら好きにしろ、ならお手並み拝見だ、そんな言葉を、トゥルスは飲み込んだ。


 いまヤケを起こしたり、ノックスを一泡吹かせるために収穫を中止しても、困るのは村人だ。大人なら、ここは我慢してでもノックスを無視するべきだろう。


「村長、作物を収穫しましょう。もしもドラゴンの炎で畑が焼けたら、取り返しがつきません」

「え、あ、はい……」

「では、依頼主の了解も取ったことですし、行きましょう皆さん」

 肩で風を切るようにして、トゥルスは会議室から出て行った。


 他の隊長も、村長も、それに続いた。


 最後に残ったノックスは、ルーナの隣で気だるげな溜息を吐いた。

「人間は変わらないなぁ。どこの国でも、時代でも、世界でも……」


 ルーナはきょとんと、首を傾げた。


   ◆


「さぁ皆さんどんどん運びましょう! 時間との戦いです! シルバードラゴンはいつ来るか分かりません! 1分後に来るかもしれません、いま来るかもしれません!」


 トゥルスの指示のもと、村人たちは総出で村の北側に広がる作物を刈りだし、傭兵たちはそれを倉庫へ運んでいく。


 あるものは馬を牽き、あるものは自分で荷車を牽いて、あるものは作物を背負い、汗を流しながら倉庫へ急ぐ。


 一方で、ノックスとルーナは邪魔にならないよう道の端っこで、北の山を眺めるばかりだ。芋ひとつ運ぼうとしない。


 むしろ、三時のおやつとばかりにクルミパンを食べている。


「君らも手伝いたまえよ!」


 鋭いトゥルスのツッコミに、ノックスは視線を山の方角に固定したまま、気の無い返事をした。

「依頼内容はドラゴン退治だ。作物の運搬は入っていない。追加料金さえ貰えば運ぶぞ?」

「君には奉仕の精神がないのか!?」


 子供のように地団太を踏むトゥルスに、ノックスは十分の一秒だけ視線を送った。

「私が一般人なら手伝うが、私は傭兵だ。タダ働きはしない」

「この守銭奴め」

 トゥルスが悪態をつくと、ノックスは不敵に笑った。

「フリー素材にありがたみはなく、やって当然、やらないのが悪になり、人間無料コンテンツにされ課金する奴はいなくなる。そうなれば、人間は廃業するしかない」

「フリー、素材?」

 トゥルスは首を傾げた。

「師匠って時々難しい言葉使うよね」

 どうやら、弟子のルーナもわかっていないらしい。


 我慢の限界に来たトゥルスは、肩を震わせながら、地面を踏みつけるようにしてノックスに歩み寄る。

「あのなぁノックス、いい加減にしないか? 君も雇われたならこの村を守るために少しは真面目に――」

「シルバードラゴンじゃないな」

「え?」

 言葉を遮られたトゥルスは、一瞬の間の後に、慌てて腰の単眼鏡を手に取った。


 折り畳み式のソレを伸ばして、右目に当てる。それから、ノックスと同じ方角をつぶさに観察した。


 遥か遠く、雲一つない青空に浮かぶ黒い影。

 それが徐々に銀の色を帯びて、ドラゴンの輪郭をあらわにしていく。


「なっ……あっ……」

 驚愕に凍り付いたトゥルスは、危うく単眼鏡を取り落としそうになった。


 そのすぐ隣で、ノックスがクールに言った。

「あれはプラチナドラゴンだな。色が同じ銀色だから素人は間違いやすいんだ」

「シルバードラゴンは灰色っぽくて、プラチナドラゴンは白っぽいんだよね」

「そうだ。あれは私らでも手を焼くな」

「う~ん、流石にあれはね~」


 他人事のように話すふたりの横で、トゥルスは青ざめながら叫んだ。

「全身作業を中断してくださぁああああい! 今すぐこの場から撤退します!」


 リーダーのまさかの命令に、誰もが顔を見合わせ、集まってくる。


「どうされたのですか、トゥルス殿?」

 頼れるリーダーの豹変ぶりに慌てる村長。


 トゥルスは怒りと恐怖がないまぜになった顔と声で、まくしたてる。

「あれはシルバードラゴンではなく、最上級の貴金属竜、プラチナドラゴンです!シルバードラゴンとは比べ物にならない程の強敵です!」


 敵の正体が明かされ、周りで人垣を作る傭兵たちは絶句した。


 彼らの顔から戦意が失われたのが、一目でわかる。


「あんなのは生きた自然災害です! こんな数で勝てるわけがない! 奴を確実に仕留めるには援軍が必要です。すぐ王都に戻り、ギルドに報告して、他の傭兵団や王国の正規軍と共に討伐軍を組織しなければ!」

「駄目だ、今、ここで討ち取ろう」


 まるで空気の読めていないノックスの提言に、トゥルスはますますヒートアップする。

「どうして君はそう人の話を聞かないんだ! 相手はプラチナドラゴンだよ! 万軍の1個師団クラスの相手じゃないか!」

「……その討伐軍を組織してここに来るのに何日かかるんだ?」

 興奮するトゥルスに冷や水を被せるように、冷静な声音でノックスが尋ねた。


「む、そうだな……最低でも、一週間はかかるだろうね」

 思考力を働かせたことで、トゥルスは少し落ち着いた。


「この一週間で50人以上が食われた。また50人食われるぞ。それでもお前さんらは逃げるのか?」

「逃げるんじゃない! 援軍を呼びに行くんだ! 人聞きの悪いことを言うな」

「ま、待ってよ!」

 そう言って、人混みから跳び出してきたのは、村長の孫息子だった。

「お兄ちゃん、悪いドラゴンやっつけてくれるんでしょ!? お父さんを食べた悪い奴やっつけてくれるんじゃないの!?」


 腰元にすがりついてくる少年の肩をつかんで離し、トゥルスは精いっぱい声音を優しくした。

「ああもちろんだよ。でもね、いま戦っても死ぬだけなんだ。君のお父さんの仇を確実に討つには力が足りないんだ。お兄さんが仲間をたくさん連れて来るから、それまで待っててくれ。いいね」

「そんな……」

 少年の顔は、憧れのヒーローに裏切られたように色を失い、その場に座り込んでしまう。


 トゥルスが背中を向けると、少年は叫んだ。

「うそつき! うそつきぃ! お兄ちゃんのうそつきぃ!」

 そうして少年は泣き出してしまう。


 それでも、トゥルスは見て見ぬふりをするように、部下を連れて歩き出す。


 他の傭兵たちも、依頼主である村長や村民たちの了解も得ず、撤退の準備を始めた。

 そんな中、ノックスは無感動に、けれどよく通る声で告げた。

「援軍はいらないぜ。私らが片付ける」

 ノックスの言葉で、少年の涙が止まった。

「……本当に、お兄ちゃんたちドラゴンやっつけてくれるの?」

「ああ、それが契約だからな。金を貰う以上、仕事はするさ。いくぞルーナ」

「うん!」


 北へ向かうノックスとルーナ、そして、その後についていく少年の姿を一瞥してから、トゥルスはその場を離れた。

 あれはただの蛮勇。

 でなければ、金に目が眩んだ愚か者の所業だ。

 自分は村を見捨てるんじゃない。

 これは、プラチナドラゴンを倒すために必要な、戦略的撤退だ。


 自分にそう言い聞かせ続けた。

 でなければ、後ろめたさでどうにかなりそうだったから。

 ――それに彼らだって勝てるわけがない。彼らは、剣の一本も持っていないんだ。

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