★闇営業とは呼ばせない 冒険者ギルドに厳しい双黒傭兵

鏡銀鉢

第1話 張り子の正義と闇営業……1

 ここは冒険者ギルド会館。

 

 板張りの床に並ぶ、丸テーブルの間を、料理を手にしたウェイトレスたちが、忙しそうに行き交う。


 あるテーブルでは、冒険者たちがクエストの成功を祝っている。

 またあるテーブルでは、次なるクエスト成功を目指し、作戦会議が開かれていた。


 冒険者とは、報酬次第でどんな危険な仕事も請け負う職業だ。

 戦争が無いときは、傭兵も冒険者業に手を付ける。

 

 世の人々は、厄介ごとがあれば冒険者ギルドに依頼を出し、ギルドは依頼をクエストとして冒険者に斡旋する。

 クエストが成功すれば、依頼金の一部はギルドが仲介料として貰い、残りは報酬として冒険者に支払われる。


 そうして、この業界は回っている。


 今日も、ギルド会館の掲示板には、多くの新規クエストが張り出されている。

 どの冒険者も、少しでも割のいいクエストはないかと、目を皿のようにしてチェックしている。


 そんな中、服装が、他の冒険者とは明らかに違う、妙な風体の青年が無感動に呟いた。


「北の村に出現したシルバードラゴン退治……討伐の証拠に爪か牙を提出……成功報酬金貨200枚……悪くないな」


 そう言いながら、青年が向かったのは受付ではなく、ギルド会館の出口だった。

 無愛想な顔でドアをくぐった彼は、外で待っていた少女を見るなり、気安く声をかける。

「さてと、じゃあ営業に行くぞ……」

 クールな口元に、期待の笑みが浮かんだ。


「現地に……直接な」



   ◆



「任せて下さい。シルバードラゴンは、必ず我らの手で討ち取って見せましょう」


 山が紅葉化粧の準備を始める初秋の真昼。

 太陽の下で、傭兵のトゥルスは、村長たちの前で、自信たっぷりに胸を叩いて見せる。


 トゥルスと、その部下たちの勇ましい佇まいに、広場に集まった農村の住民たちは、安堵の息を漏らした。

 村長と、そのすぐ側に寄り添う小さな孫息子も、笑顔を浮かべた。


「ほ、本当に、悪いドラゴン、やっつけてくれるの?」


 期待に満ちた少年の問いかけに、トゥルスは気持ちよく頷いた。

「もちろんさ。僕らは強いからね」


 少年の顔が輝いた。


 ドラゴン討伐のために雇われた傭兵は、他にも何組かいた。

 正規兵ではない、日雇いの傭兵らしく、誰もかれも、鎧や得物に統一性はない。それに、どこか不格好だ。


 そんな中でも、トゥルスの率いる十数名の傭兵たちは、比較的整った鎧を身に着けている。見る人によっては、正規兵と見間違うかもしれない。


「では皆さん、詳しい話を聞かせて下さい。君らも一緒に来てくれ。シルバードラゴンは強敵だからね。連携しよう」


 そう言って、他の傭兵たちにも気さくに声をかける。


 トゥルスはまだ若いが、隊長としての責任感が強く、コミュニケーション能力も高い。

 ただし、勝手に今回の作戦全体のリーダー気取りなのは、まだ青い証拠だろう。


 それでも、この場に水を差すような男はいなかった。


 トゥルスの部隊は圧倒的な最大派閥であり、逆らわず、上手く利用して波に乗るが吉だと、誰もが心得ていた。


 トゥルスは、部下たちと接するのと同じように、分け隔てない笑顔で同業者たちに接し、村長と少年の案内に従い、一歩を踏み出した。


 次の瞬間、彼の表情が、一瞬で笑顔を失った。

 むしろ、咎めるようにして、剣呑な目つきになった。


「待った」

 軽く片手を挙げて、歩き始めた部下たちの足を止める。

 険しい顔でトゥルスが向かったのは、一人の若い男の前だった。


「君、もしかしてだけど、双黒のノックスじゃないかい?」

「ああ、その通りだ」

 問い質された男は、無関心に答えた。


 トゥルスの部下や、他の同業者たちが、にわかにざわつく。


 ノックスは、異様な風体をしていた。

 極めて珍しい漆黒の髪に、これまた希少な、黒い瞳……故に、双黒。

 それなりに整った精悍な顔立ちをしているものの、不愛想な無表情が、近寄りがたい印象を与える。


 傭兵であり、これからドラゴンと対峙しようというのに、腰には剣の一本も挿していなければ、鎧も身に着けていない。


 黒のチョッキにジャケット、スラックスといういで立ちだ。


 大陸でも珍しい、王を抱かない民主国家、合衆国。そこで社会的地位のある男性が着る、スリーピーススーツという紳士服だ。しかも、白いシャツ以外は、全て黒で統一している。

 左手首には、一部の貴族が愛用する貴重品【腕時計】まではめている。


 とてもではないが、戦う格好には見えない。

 でも、だからこそ、その異様な風体が、彼を、あのノックスであると証明していた。


「やっぱりか。噂はこの国にも届いているよ。今回も、ギルドを通さず【闇営業】か?」

「【闇営業】じゃない、【直接営業】だ」

「どっちも同じだろう!」

「じゃあ、お前さんらはどういう経緯でここにいるんだ?」


 のれんのように、のらりくらりとかわすノックスに苛立ちながらも、トゥルスは胸を張って説明する。


「どうって、まずはギルドへ行き、掲示板でクエストを確認。この村でシルバードラゴン討伐のクエストが出ていたから受付で申請し、クエストを受けここに来た」

「私も同じさ。まずギルドへ行き、掲示板でクエストを確認。この村でシルバードラゴン討伐のクエストが出ていたからこの村に来て、村長と契約したんだ」


「受付を通せ!」

「通したぞ。村役場の受付を」

「ギルドのだ! 村長、どうしてこんな男を雇ったんですか?」

「どうしてって、腕は確かですし」


 困り顔の村長に、トゥルスは息まく。

「この男は腕は一流でも、人の弱みに付け込み法外な料金を要求する守銭奴ですよ! 業界の面汚し、騎士の風上にも置けない不埒者です!」


「やれやれ、酷い言われようだね」

 語調を荒げるトゥルスに対して、ノックスはいたく冷静だ。


「当り前だ! 『命が惜しければ金を払え、そうすれば助けてやる』なんて、やっていることは強盗と同じじゃないか!」

「ちょっと、あたしの師匠に向かって強盗は酷いんじゃないのっ」


 予期せぬ少女の声に、トゥルスは毒気を抜かれ、息を呑んだ。

 それから、ノックスのすぐ隣に立つ、小柄なローブ姿に目をやった。


「まったく、失礼しちゃう」

 愛らしい声で言ってから、目深にかぶったフードを脱いだ。


 途端に、周囲の男たちから、感嘆の声とため息が溢れた。


 美しい少女だった。

 大陸においては美の理想とされる、金髪碧眼に白い肌。

 それだけならまだしも、極めて稀有な美貌が、彼女の存在を特別なものにしていた。

 美しいのは良いことだが、過ぎた美しさは威圧となり、相手を恐れさせる。

 王族、あるいは、女神を想像すれば、分かりやすいだろう。


 けれど、彼女は美しくも、少女らしいあどけなさと、柔和で優しい雰囲気を兼ね備え、見る者の心を癒すような美貌の持ち主だった。


 彼女を前にして、委縮する人はいないだろう。

 今は不機嫌そうに眉根を寄せるも、その表情がむしろ可愛く見える。


「き、君は?」

「あたしはルーナ。師匠の一番弟子で未来のお嫁さんだよ」

 言って、初秋とはいえ、やや暑苦しいローブを脱いだ。


 男たちの口から感嘆の声と、生唾を呑む音がした。


 ローブの下から出てきたのは、身分の高い女性騎士が鎧の下に着る、装飾性の高い戦闘服、バトルドレスを大きく押し上げる豊乳と、まるでコルセットで締めているように細くくびれたウエスト、それに、豊満なヒップラインだった。


 男たちの視線は、彼女の身体に釘付けだった。


「嫁……だって?」


 動揺するトゥルスの前で、ノックスは手を横に振る。

「今の妄言は忘れてくれ」

「冷たくしちゃイヤ」

 ルーナは、ノックスの腕に抱き着き、肩に頬を乗せて甘えた。


 けれどノックスは慣れたものなのか、眉一つ動かさず、振り払いもしない。まるで、衣服も同然にルーナを着こなしている。


 ふたりの関係を訝しみながらも、トゥルスは気を取り直して詰問する。


「人の窮地に付け込み金をせびる男が強盗でなければなんだ。いいかいノックス。僕らは確かに正規兵じゃない。仕える主も守る領地もない傭兵だ。口さがない連中は僕らの事を、騎士階級とは認めないし、そうなのかもしれない」


 【騎士】という言葉の意味は、酷く曖昧だ。


 それは貴族と平民の間に位置する身分であったり、高貴な人から賜う称号であったり、単に戦う人を指す言葉であったり、馬に乗る兵士、すなわち騎兵を指すこともある。


 意味は、時代と国と、会話の前後関係で色々変わる。


 だから傭兵は、自分たちが何者なのか、時折自問する。


「それでも、僕らは騎士としての誇りを胸に、騎士道に基づいて行動するべきだ。そうでなければ、それこそ盗賊、野盗の類と変わらない!」


 トゥルスの部下たちが、一斉に拍手をする。

 誰もかれもが誇らしげに胸を張り、トゥルス自身も、満足げにしてやったりの顔だった。


 トゥルスの部下ではない、他の傭兵たちですら、ノックスに冷ややかな視線を送る。

 彼らも、強いほうの尻馬に乗りたいのだろう。


 しかし、ノックスの眉はこゆるぎもしない。


「私は正当な対価を受け取っているだけだ。私にはお前さんら百人分の腕がある。だから値段も高い。それだけだ」


 その返答に、トゥルスはますます眉間のしわを深くした。

「なんて傲慢な奴だ。相手が貴族でも貧者でも困っている人がいれば助け、そのためならたとえ悪魔やドラゴンやシロアリが相手でも戦う、それが騎士ってものだろう!」

「シロアリは業者に任せなよ」

「そういう話はどうでもいい! それに、強いなら逆に経費も労力もかからないだろう!」


 ノックスは小声で毒づいた。

「原価厨は三千世界共通か。どうして技術料は軽んじられるかねぇ」


 周囲の人々が、首を傾げる。


 それに気づいたノックスは、仕切り直すようにして、首を横に振った。

「ご高説どうも。そういう価値観があることは覚えておくが、実践は遠慮しよう。生憎と、私は騎士じゃないでね」

「そうよ! 師匠は師匠というこの世でただ一人の存在なんだから!」


 無表情なノックスの人差し指が、無感動にルーナの頬を突いて、そのまま押し込む。


「いや~ん」

 ルーナは笑顔で、あくまでも幸せそうだった。


「何よりも、依頼主がいいって言っているんだ。お前が口を挟むことじゃない」

 ノックスの視線が、村長に移る。

「成功報酬は金貨2000枚。それと私が討伐したドラゴンの亡骸は私が貰う。それでいいんだろ?」


 ちなみに、公務員である役人の初任給は金貨12枚だ。


「は、はい……」

「亡骸を貰う!?」


 素っ頓狂な声を上げて、トゥルスは目を剥いた。


「君、分かっているのか? シルバードラゴンは純銀製のウロコを持つ貴金属竜で生きた銀塊だ。亡骸を換金すれば一財産どころじゃない価値がある! 亡骸は村に寄付して犠牲者へのお見舞金と村の復興のために使うべきだろ!?」


 怒りが沸騰したトゥルスは癇癪を起こして握り拳を震わせた。

 血走った瞳は、悪に対する怒りと変わらない温度で滾っている。


 それでもなお、ノックスは無表情で無感動だった。

「さっきから『べきだろう』『べきだろう』とうるさいな。教典気取りの独善者に構う時間がもったいない。村長、作戦会議室へ急いでくれ」


 返事をすればトゥルスの顔を潰すと思ったのか、村長は頼りなく肩を縮め、とぼとぼと役場に向かった。


「君に正義はないのか!?」

「ないね」

 即答だった。


 村長と少年の小さな背中についていくノックスとルーナの姿を、トゥルスは歯を食いしばりながら睨み続けた。

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