第16話 恋に恋する……3

「では、娘はもう安全なのですね!?」

 翌日、ラビウムの部屋の前で、ブラキウム伯爵は飛び上がらんばかりに喜んだ。


「ええ。仲間がいる可能性を考慮して、我々は明日の昼までは滞在しますが、それで問題なければ、間違いないでしょう。それ以降にジャージーデビルが現れた時のために、我々の次の目的地を書いておきました」


 一枚のメモを受け取ると、ブラキウム伯爵は、ノックスと熱い握手を交わしてから思い切りハグをしてきた。

「ありがとうございます。貴方は娘の命を恩人だ!」


「いえ、これも仕事ですから。では、報酬は明日の昼に。ルーナ、街を見て回ろう」

「スイーツデートだね」

「引くことのデートだ」

「冷たくしちゃいやん」


 腕にからみついてくるルーナを引き連れて、ノックスはブラキウム邸を後にした。



   ◆



 次の日の朝。


 ブラキウム邸に泊まっていたノックスは、まさかの報せに耳を疑った。


「ジャージーデビルが出ただって?」

「その通りです」

 ラビウムの部屋で、ブラキウム伯爵は青ざめた顔で頷いた。

 そのすぐ隣では、ラビウムが震えている。

「本当よ。私見たもの。でも何もしなかったわ。昨日と同じ窓から、じーっとこっちを見て、にたにた笑って、それからすぐにいなくなったわ」


 ノックスは、半信半疑でバルコニーに出て、周囲を調べた。


 というのも、昨夜は十分に警戒していたのだ。


 ジャージーデビルが来れば、自分かルーナのどちらかは気づくはずだ。


「気配遮断の魔法か? だとしたら厄介だな。わかった、今日からまた、お嬢さんの部屋に張り込みましょう」


 ノックスの言葉に、ブラキウム伯爵とラビウムの顔がぱっと明るくなった。

「ありがとう、ノックス様。これで私、今日も安心して眠れるわ」

 ラビウムは嬉しそうに飛びついた。



   ◆



 その日の夜。


 ノックスとルーナは、またラビウムの部屋に泊まり込んだ。


 そして、ジャージーデビルが出るまでの間、ラビウムはお喋りをせがんできた。


 それで気が紛れるならと、ノックスは受け応えた。


「ねぇノックス様。昨晩、何もない所から剣を出していたけど、もしかして、インベントリかストレージをお持ちなの?」


 ストレージ、とは異空間にモノを収納しておける、特別な力、俗に、【アビリティ】と呼ばれるものの一種だ。


 魔法との違いは、訓練に寄らず生まれながらに持っていたり、ある日、突然会得すること。そして、その使用に魔力などの制限がないことだ。


 異空間収納魔法であるインベントリとの違いは、魔法ではないのでものの出し入れに魔力を使わないこと。そして、収納したものの時間が経過しないことだ。


「いや、私はインベントリもストレージも使えるが、あれは別の魔法だよ。金属魔法でジャベリンを作ったのさ」

「そんなことができるの?」

「できるさ。火炎魔法は魔力を炎に変えてぶつける。雷撃魔法は魔力を電気に変えてぶつける。土魔法は魔力を土に変えてぶつけて、金属魔法は魔力を金属に変えてぶつける。この時、金属の種類と形状を上手く調節すれば、簡単に武器を作れる。いつでも好きな形の武器を作れて便利なんだ」

「じゃあどうして他の人はやらないのかしら」


 箱入りお嬢様は、興味津々だった。


「剣と魔法の両方が使える人が少ないこと。使えても武器の詳しい構造や金属の種類の知識がないこと。そして剣や槍の修練を積んだ人は武器に執着と愛着を持つ。魔法で作ったハリボテじゃなくて、こだわり抜いた愛剣愛槍を持ちたいのさ」

「ノックス様は、戦士なのにこだわらないのね」

「そこらのナマクラよりも、私の魔法で作った武器の方が強いからね。魔法で作ったものだからすぐに消えてしまうけど、戦う間だけ持てばそれでいい」


 なにせ、ノックスは伝説の武具の材質と同じ、ミスリルを生み出せるのだ。ナマクラどころか、名工が鍛えた業物でも、ノックスの武器には遠く及ばない。


「ステキ……」

 ノックスの説明にうっとりと聞き惚れるラビウム。しかし次の瞬間、その表情がサッと凍り付いた。


 悲鳴を上げて、彼女は窓の外を指さした。


「来たか」

 ノックスは踵を返して、バルコニーの外に飛び出した。


 けれど、そこには何もいない。


 あたりをくまなく警戒しながら視線を巡らせるも、ジャージーデビルは影も形もなかった。


 部屋に戻ると、ラビウムはルーナから離れて、ノックスに飛びついてきた。


「怖いわノックス様、早く、早くあの悪魔を退治して」

「む、だが姿が見えないんだ。私は周囲を捜索してくる。ルーナ、彼女を頼んだぞ」

「うん、任せて」

「あ、ノックス様」


 二人を部屋に残して、ノックスはバルコニーから庭を見下ろした。


 ここは二階。


 眼下には、上から見下ろすことを想定した美しい庭が広がっていて、隠れられそうな場所はいくらでもある。


 ノックスは飛び降りて、暗視魔法を使い、庭をくまなく調べた。


 だが、今夜の調査は、空振りに終わった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 誤字って怖いですね


 本作の6話、闇営業、駄目、絶対1で国際冒険者ギルドのルホンクスの初登場時のセリフ。

 間違って「ルホンクスだ」じゃなくて「ルホンクススだ」と書いていました。

 投稿してから気づいて慌てて修正しました。

 「ルホンクスス」って名前を呼ばれるたびに笑われているような。

 ルホンクスの性別を女にして名前をからかわれて怒るキャラにしたら可愛かったな、と思ったりします。(注意:本作はフィクションです。人の名前で遊んではいけません)

  

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