23話 ちょっと、ミモザの魔力が無くなっちゃったよっ
「イブキ、私に掴まってっ!」
空中で、腕にしがみついていたミモザがすっと僕の前に移動した。あわててその体を引き寄せて、ギュッと抱きしめた。柔らかい感触が腕に伝わってきて、顔が熱くなる。
「パパ、ママっ」
「おおっ? パパって俺のことかミモザ?」
「どうしたの、ミモザちゃん」
「こっち来てっ。足場を作るから」
咄嗟にレイジとアンジェリーナは、風の魔法で僕たちの方に向かって近寄ってきた。
「ミモザちゃん、風の魔法を使えば落下ぐらいは減衰できるよ?」
「駄目なの、地面の下にはすっごく大きな空洞があるから、そのまま降り立つともっと下まで抜けちゃうの」
「何だって? 見た感じは更地になっているだけに見えるが」
「見てて、私が足場を打ち込むから――」
ふわっと、ミモザの黄金色の髪が膨らんで紫色に輝き始めた。
地面に向けて突き出したミモザの手から、鉄色の建造物が飛び出した。鉄の枠だけで作られたその足場は、地面に突き刺さるとそのまま貫通して、さらにその先まで伸びていく。
同時に更地になっていた地面が全て、崩落を始めた。森の縁ギリギリまで、一気に深い穴の底に落ちていく。
「すごい、これって足場を創ってるのっ?」
遙か下で地面に突き刺さった足場で、地面が爆発して岩塊が吹き飛んだのが見えた。さらに先端が複数本枝分かれして放射状に地面に突き刺さった。
最後にミモザの数センチ先に平らな床面が展開されて、僕たちはその上に足を付けた。
「これは……塔か?」
「そんな感じだね。あのまま地面に下りていたら、普通に崩落に巻き込まれいたって事か。って、どうしたのイブキちゃん?」
「お父さんお母さんっ。ミモザがっ、様子がおかしいんだっ」
僕の腕の中で塔を作り出したあとすぐに、ミモザが力なく崩れ落ちた。慌てて抱き寄せると、虚ろな瞳でぐったりとしていた。
その体は思った以上に軽くて、顔を覗き込むと眉間に皺を寄せて浅い呼吸をしていた。
「ミモザ、どうした。もしかしてこの塔を作るのに、無理をしたんじゃないだろうな?」
レイジとアンジェリーナも慌てて僕の側にしゃがみ込んで、心配そうにミモザの顔を覗き込んだ。
ミモザはうっすらと瞳を空けると、首を横に振った。
「いつもの……感覚でダンジョン形成したの。そしたら、魔力が……枯渇しちゃって、力が入らなくなっちゃったの……」
喋ったミモザの呼吸が少し荒くなる。
何とかしたいんだけど、状況が全く分からない。魔力が枯渇したらミモザはどうなっちゃうの?
僕は縋るようにレイジを見上げた。レイジはといえば、しきりに首を傾げている。
「どういうことだ? 魔力が無くなっても、普通は魔法が使えなくなるだけで人体にほとんど影響はないはずだぞ」
「待ってレイジ君、ミモザちゃんは普通の人じゃないよ。ほら、たしか駄女神がミモザちゃんの種族はメイズだって言ってなかった?」
「名前だけは聞いたな。ただ、どう言う種族なのか説明は聞いていないぞ」
「待ってお母さん、メイズって何? 僕、初めて聞くんだけど?」
「それはね――」
アンジェリーナの話によると、ナナナシアもミモザも同じ『コア』だから、意識すれば簡単にリンクが張れるんだって。
それで、会ってすぐにミモザとのリンクを張り直した。コアの階位がナナナシアもの方が上だから、一方的に能力とか確認できるんだけど、その結果、ミモザの種族は『メイズ』だったんだとか。
「つまり、ダンジョンコアと性質が一緒ってことなんだよね。ダンジョンコアって確か、ダンジョンの中で使われた魔法から魔素を吸収してダンジョンを維持しているって言っていなかったっけ」
「ああ、その通りだ。だが、ここにダンジョンはないし、そもそもミモザは人と同じ姿をしているぞ。ミモザの体の中で魔法を使うなんて、不可能だろう」
「でも、このままじゃ、ミモザがどうにかなっちゃうよっ」
「落ち着け。何か手立てがあるはずだ――」
直後、僕とレイジは頭をがしっと掴まれた。
ピタッと、僕たちは動きを止めた。アンジェリーナが無表情で僕たちのことを睨んでいた。
「取りあえず、落ち着け。なぜイブキちゃんもレイジ君も、ミモザちゃん本人に聞かないの。
そんな余計な議論している暇ないでしょ」
「「あ、はい」」
僕とレイジは慌ててミモザに顔を向けた。
「ミモザ、僕はどうすればいいの?」
「魔力を……私に分けて欲しい……かな……」
「……ああ、そうか。言われてみれば、イブキ。お前ダンジョンマスターになっただろう? 魔力を譲渡して、ミモザに補充できるんじゃないのか?」
「あっ……」
僕は慌てて、ミモザの両手を握った。
「僕の魔力、ミモザに送れる?」
「わかんない……でも、たぶん私、受け取れると思う」
まだミモザがダンジョンコアそのものだった時、僕が触れて魔力を流したら僕の魔力を掴んで引っ張ってくれた。
もう一度、僕の魔力をミモザに渡すんだ。
自分の胸元にある魔力器官を意識して、そこから両手に向かって魔力を流していく。魔法を使っている時と違って、腕が温かくなって魔力が腕を流れていくのが分かる。
繋いだ手の平から魔力がミモザに触れた時に、ミモザの体がピクッと動いた。一瞬だけ拒否されたかのように魔力が止まって、でもすぐにミモザの手の平に僕の魔力が流れ込んでいった。
「あっ……温かい……」
ミモザが呟く。
あの時と同じように、魔力がまるで伸びた手のように、しっかりとした感覚が伝わってきた。
魔力はそのままミモザの胸の真ん中にある、ミモザの魔力器官に当たるダンジョンコアまで流れ込んでいく。魔力がコアに触れた瞬間、ミモザの体が跳ね上がった。魔力パスが完全に繋がった。
まるでそれを待っていたかのように、僕の魔力はミモザのコアに絡まり、溶ける様に混ざっていく。
コアにしっかりと掴まれた僕の魔力は、今度はもの凄い勢いでミモザに引っ張られて、ぐんぐん僕の体から抜けていった。
「くあっ……熱いっ!」
腕が焼けるように熱くなって、僕は思わず顔をしかめた。
無意識に手を離さないように、僕はギュッとミモザの手を握り直した。
やがて僕の魔力器官の魔力が枯渇する寸前まで吸われた所で、ミモザに流れていた魔力が止まった。
流れが止まったことで、熱くなっていた腕が一気に冷えていく。
「み……ミモザ……?」
「うっ……」
虚ろだったミモザの瞳に光が戻ってくる。
僕が心配してみていると、パチッと目が開いた。
「……い、イブキ?」
「うん。僕はイブキだよ」
「イブキっ、イブキイブキっ!」
手を離したミモザは、僕に抱きついてきた。
僕の横で経過をじっと見守っていたレイジとアンジェリーナが、大きく息を吐いたのが分かった。心配していてくれたんだと思う。
レイジの大きな手のひらが、僕の頭を優しく包み込んだ。
「何とかなったみたいだな。取りあえず一安心か」
「ミモザちゃんの魔力は、補充してあげないと駄目だってことだね。これはイブキちゃん、責任重大だね。
あとは夕方まで移動して、食事で回復できるのかどうか確認しないといけないか」
魔力が枯渇して、よっぽど怖かったのかな。ミモザは僕の腕の中で泣き出してしまった。
しばらくしたらミモザが落ち着いたので、今度は作り上げた鉄の塔を再び魔力を流しながらゆっくりと解体していった。
地面と平行になるまで一旦縮めてから、今度は横に足下の床を伸ばして橋にする。四人が無事地面まで渡ってから、今度は塔と橋を全て解体した。
もちろん、ミモザが造形をしている間は、僕が肩に手を置いて魔力を流していたから、魔力が枯渇せずに済んだよ。
また時間を見て、ミモザに色々創って貰いながら、どんな大きさの物が、どれくらいの魔力を消費するのか調べないといけないと思う。
そして僕らは、南に歩き出した。
大きく開いた穴はもちろんそのままで、いずれは水が溜まって湖になるんじゃないかなって思う。もの凄く深いから、一杯になるまで時間がかかると思う。
曲がりくねった森の道を抜けて、北側の工業団地を駆け抜ける。時間的なものもあると思うけれど、動物にも魔獣にも遭遇しなかった。
そしてその先にあった大図書館の横を通り過ぎた。
「お父さん、ゴブリン達には挨拶していかなくていいの?」
「ちょっと時間が無いから、行くのはまた今度だな。寄ったら間違いなくここで一泊することになるだろう。帰る予定をナナシアと約束したから、さすがにここで時間を食うのはまずい」
「……そっか」
って言うか、ナナシアじゃ無くってナナナシアなんだけどな。
「それにこのまま急げば、夕方までには海沿いの街道まで行ける。あそこには宿場町があるから、夕飯に海産物が食べられるかもしれないぞ」
「海で獲れたお魚とかは、たまにお母さんが魚を買ってきてくれてるよ」
「新鮮さが違うんだよ。刺身が山ほど乗った海鮮丼なんて、海沿いの漁村や漁港じゃ無いと食べられないんだぞ」
「いいね、海鮮丼。でも刺身くらいなら、レイジ君が買い出しに行ってくれれば、いつだって食べることができるんだけどな」
「……そう言えばそうだったな」
たぶんレイジは、海沿いに行くことがあるんだけれど、海産物を買うって考えがないんだと思う。
今回だって、アンジェリーナの提案で帰りは南に抜ける話になったんだし。
そして僕たちは、木々が茂った廃都トミジの中を抜けて、途中から道が開けたのでレイジがリュックサックの中から取りだした車に乗り込んだ。
南部の探索はある程度進んでいるって言っていたけれど、どういうことなのか分かった気がした。普通の探索者は南の街道から車で移動しながら、廃都トミジの探索をして行っているんだと思う。道の樹木は綺麗に撤去されていて、徐々に人が住んでいる建物も増えてきた。
そして辺りが少しオレンジ色に染まる頃、夕日に照らされた海が見えてきた。
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