22話 よしっ、君の名前を決めたよっ

 名前。正直言って、すっごく悩むんだけど。

 花の名前とか、宝石の名前とか、色々候補は浮かんでくるんだけど、いまいちしっくりくる名前がない。


 もともと彼女はダンジョンコアで、工場の管理のために使われていた。あそこに人がいなくなって、それこそ気の長くなる時間をずっと一人で過ごしてきたんだと思う。

 そもそもなんでダンジョンコアが、人間の女の子の姿をとっているのかが、僕には分からないんだけど。


 家には当然だけど、あの子も一緒に帰ることになるんだよね。もう独りで置いていくわけにはいかないもん。


 家に帰れば、色々見せてあげられるよね。僕の隣の部屋が空いていたから、そこを綺麗に掃除して、一緒に暮らせるのかな。

 散歩もできるよね。

 庭にレイジが色々な木を植えていたから、季節によって綺麗な花が見られるよ。僕が一番好きなのは、黄色い花が咲く樹。この間花が咲いている時に、レイジに花の名前を聞いた、確か――。


「……ミモザ?」

 色々イメージしていたら、何となく口から言葉が漏れていた。

 しまった、名前を考えていたんだった。

 慌ててみんなの顔を見ると、僕の言葉に妙に納得したのか、みんなして頷いてているよ。


「あ、ちょっと。ちが――」

「ミモザ……私の名前、ミモザ……うん、うんっ」

「へぇ、黄色い花が咲くアカシアの木よね。いいじゃない、イブキ君」

「そう言えばイブキに聞かれて、庭に植えてある樹の名前がミモザだって話をした気もするな」

「イブキちゃん、わたしはミモザ、好きだよ。春先に黄色いふわふわな花が咲いて、すっごく綺麗なんだよね。庭に植えてあるのは、結婚した年にレイジ君と一緒に、アウスティリア大陸まで採りに行ってきた樹なんだよ」

「ああ、そうだったな。まさかまた、あの南の大地を踏むとは想定していなかったが」

 何となく呟いた花の名前は、僕たちの家族にとって思い入れがある名前みたいで、そのまますんなりと決まった。

 女の子も気に入ってくれたみたいだから、良かったんだと思う。

 でも、女の子の名前にミモザって良かったのかな……。


「ほ、本当にミモザでいいの……?」

「うんっ、私の名前。ちゃんと目を見て、名前を呼んで欲しいな」

「わかった」

 すぐ横に座っていたから、一旦立ち上がってお互いに椅子を向かい合わせにした。何となくそうしないといけないって思ったんだ。

 それから僕は、女の子――ミモザの目をしっかりと見た。

 何だか、すっごく瞳がキラキラしている。


「それじゃあ、今から君の名前は、『ミモザ』だよ。よろしくね」

 僕が名前を告げると、何かのスイッチが入ったみたいに、すっとミモザの顔から表情が消えた。


「はい。ダンジョンコア、フェルナン・ローディアスは、名称をミモザに改め、イブキをダンジョンマスターとして認証いたします――」

「……えっ?」

 さっきまでと違って、発している声も抑揚のない声になった。

 イブキが呆気にとられて見ていると、ミモザの身体が淡く輝き始めた。ミモザの瞳の色が黄色から緑、青に変わって最後に紫色になった。え、ちょっとこれ、どういうことなの?


「イブキの魔力器官より魔力波の波長を確認……把握、登録しました。

 魂樹とリンクを開始……接続、登録しました。

 登録データより、魂樹のアップグレードを確認……データを受信、アップグレードを開始します……完了しました」

「うえっ、どど、どうなってるの……?」

 慌ててナナナシアの方に顔を向けると、ポカーンとした顔をしている。相変わらずナナナシアは役に立たないな、もう。

 横に顔を移すも、同じようにレイジとアンジェリーナも、びっくりしたのか目を見開いて固まっていた。


「――うんっ、終わったよ。これで私の全てはイブキの物ね」

「ちょっ、ミモザ。言い方っ。て、元に戻ったの?」

「うんメンテナンスモードから戻ったよ。あらためてよろしくね、イブキっ」

「あ、う、うん。よろしく」

 慌てて僕はミモザに顔を向けると、いつの間にか表情が戻っていて、とびっきりの笑顔で笑いかけてきた。瞳の色は変わったけれど、髪の色は黄金色のままで、色の違いが出た分すっごく可愛い顔になっている。

 たぶん僕今、顔真っ赤だよね。何だか熱いもん。


「嘘でしょ? ダンジョンコアの性質が、そのままなの……?」

「ちょっと駄女神。うちのイブキちゃんには異常はないのよね?」

「……たぶん、そこは大丈夫じゃないかな」

「何だかすごいな、生体ダンジョンコア……いったい、何ができるんだろうな」

「……さすがに私もそこまで知らないわ。でもそもそもが完全に想定外なのよ」

 僕は三人の驚く声を聞きながら、そそくさと立ち上がって椅子を元の方向に戻した。隣でも同じようにミモザが椅子を動かしている。


 僕も普通に想定外なんだけど。

 でも、ダンジョンマスターになったって言ってたけど、もうミモザはダンジョンじゃないから、単に繋がりができただけなんだよね?

 家族が増えたってことなのかな……。


 僕がミモザに顔を向けると、嬉しそうに顔をほころばせた。

 駄目だ、かわいい。


「まあ……みんなが帰ったら色々と調べてみるね。それで、話を戻すんだけど――」

 僕が戻した椅子に座ると、またさっきと同じようにミモザが僕の隣に椅子を寄せてきて、ぴったりと寄り添うように座った。ギュッと腕にしがみついてくる。

 一瞬三人の視線が僕たちに集まるんだけど、すぐに視線がナナナシアに戻った。


「三人には……ああ、もう四人って言った方がいいのね。さっきも話してたんだけど、篤紫君と連絡が付かないうちは魂儀の調整をして貰えないのよ。地表にいないみたいだから、またどこかに旅に出ているみたいなのよ。

 だからここから地表に戻ったら、あまりあちこち出歩かないように一カ所でじっとしてて欲しいのよ」

「待って駄女神、それはできないよ。探索の予定は諦めるとしても、わたし達はこれから自宅に戻らないといけないからね」

「それは普通のことだと思うんだけど……って、自宅って遠いの?」

 確かここまで来るのに二回くらい宿泊したよね。

 そうすると、帰りもまた何日かかかるのかな。


「なあナナシア。これから俺たちが転移で戻るのって、さっきまでいた工場なんだろう?」

「そうね。そうなるわ。別の場所でもいいんだけど、細かく転移制御できないから失敗する可能性が高いわよ?」

「いや逆に、それは勘弁して欲しいぞ。失敗するなら元の場所にしてくれ」

「元の場所なら、ミモザのあった場所だからぴったり戻れるわ」

「じゃあそれで頼む」

 うん、僕も転移した先が岩の中とか、木の中だったら困る。

 


「そうなると、廃都トミジを出るのに徒歩で一日くらいかかる予定だな。

 当初の予定通り、帰りはまず南の街道まで出る。その辺りで一泊だ。

 そこからは道が整備されているから車に乗って、海を見ながら海岸沿いを帰るつもりなんだが、一日程で帰れる距離だったはずだ。

 予定としては今日を含めて二日だな」

「二日ね。寄り道なしなら問題ないわよ。

 って、思わず流すとこだった、私はナナナシアであってナナシアじゃないのよ」

「それはいいんだけど、さすがに寄り道無しは困るよ、駄女神。帰りは海沿いだから、漁村巡りをしてお魚を買いながら帰るつもりなんだよ」

「ああ、それを含めて二日の予定だな」

「……まあ、その程度ならいいわよ。ゆっくり買い物でもして帰って」

 南に向かうってことは海が見られるんだよね?


 僕の住んでいるオオエド皇国は、国の一部が海に面してはいる。だけど、僕が住んでいる場所はぐっと山側だから、ほとんど海を見る機会がなかったりする。

 海自体が魔獣の棲息地域だから、専用の漁師じゃないと漁すらできないんだよね。


 だから、海辺を走るのってすっごく楽しみなんだよね。


「まあ、あれだ。できるだけ早く家に帰るようにするよ。

 その直してくれるアツシさん? と連絡が付き次第ってことなんだよな?」

「そうなるわね。ちょっと前から全く連絡が付かなくなっていて、夏梛に聞いて旅行に行ったことだけは判っているんだけど、消息が不明なんだって」

「そのカナって奴には直せないのか?」

「無理ね、夏梛は魔法が専門だもの」

「そうか……ままならないもんだな」

 レイジがため息をつくと、アンジェリーナとナナナシアもつられてため息をついていた。


 ナナナシアがもう一度地表を確認すると、止まっていた世界は無事動き出したみたい。原因の特定はできなかったみたいだけど、僕とミモザが離れていたのが原因なのかもって、首を捻っていた。


 もう一つ、レイジとアンジェリーナを召喚したのは結局意味がなかったんだけど、現状の確認と今後の方針が相談できたから、無駄じゃなかったのかな。

 経過を待つ意外にできることがないから、魂話で良かったのかも知れないけれど。

 ちなみに僕が昨日意識を失った時に、レイジが電話していたらしいんだけど、あの時はナナナシアがお風呂に入っていて魂話に出られなかったんだって。意味分かんないよね、

 ナナナシアって女神様じゃないの? 何だか無駄に人間くさいんだけど。本当に神様だったら、お風呂に入っていても魂話に出られるはずだし。あ、そもそも神様だったらお風呂になんて入らないか……。


 ナナナシアって、何なんだろう?


「それじゃあ、気を付けてね」

「ああ、駄女神もな」

 そうして僕たちは、玄関の先にある魔方陣に乗って元の場所、あの廃都トミジの魔動機工場に転移した。


「えっ……」

「おお、そうか。ここは二階だったな」

 ミモザが僕の腕にギュッとしがみついてくる。

 周りにあった工場は既に無くなっていて、森の中に完全な更地ができていた。


 そっか、僕たちは二階の管制室にいたんだっけ……って、落ちるよーっ!


 そう。僕たち四人は空中に転移していた。

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