21話 どうしよう、僕は謎の存在みたいだよっ

「えっと……ダンジョンコアって、普通は生き物にならないの?」

「普通はならないわよ。あー、もう。篤紫君がつかまらない時のトラブルって、ほんとどうしようもないんだから……」

 ナナナシアは渋い顔で頭を掻くと、今度は机の下からタブレット端末を取りだす。画面に顔を落として、指先でタップし始めた。

 しばらくしてから、何となく腑に落ちない様子で顔を上げてくる。


「ねえ聞きたいんだけど、レイジとアンジェリーナは、イブキ君と一緒にいたのよね?」

「うん。一緒って言うか、それこそ同じ部屋にいたよ。僕が工場のダンジョンコアに触れるまで、普通にお喋りしていたし。なんで?」

「それがね、探しても居場所が分からないのよ。魂樹をアップグレードしてくれたお陰で、二人の状態とか分かって、居場所もさっきまで特定できていたんだけど……」

 再びタブレットに顔を落として色々タップしていたけれど、何ともできないのか、頭を振ってタブレットをテーブルの上に置いた。


「駄目だわ、全く繋がんない。イブキ君の魂樹には普通に接続できたけれど、レイジとアンジェリーナの魂樹は完全に沈黙してる。

 ねえ、イブキ君また何かした?」

「ちょっと、『また』って……さすがに僕は何にもしていないよ。さっきも、気が付いたらここにいたんだから」

「あぁっ……そうよ、それよ。考えてみれば、間違いなくそれが原因ね……ごめん、またイブキ君の魂樹を貸して」

「あ、はい」

 僕が腰元に浮かんでいたスマートフォンを手渡すと、ナナナシアは受け取る時に少しだけ苦笑いを浮かべて席を立った。またさっきのノート型のパソコンを開いて僕の魂樹にアクセスしていた。

 さすがに今度は大人しく待っていると、じきにナナナシアは戻ってきた。


「ホントにイブキ君は、謎の存在なんだね。原因は何のことはない、上の世界が完全に止まっていたってだけなのよ。ログを追ったら、ちょうどイブキ君が玄関に来た時に止まった感じだったわ。

 最後にイブキ君の魂樹があった、地表のポイントが割り出せたから、三人をこっちに強制的に引っ張ってみるね」

「ちょっと待って、三人ってどういうこと?」

「ん? 座標に三人確認できたのよ。レイジにアンジェリーナ、あともう一人女の子がいたかな。ちょうど、イブキ君と同じくらいの」

「もしかして……?」

「うん、生体化したコアだね。ようは世界の理にすら干渉するほど、イブキ君のバグが致命的だってことかな」

 それを聞いて、さすがの僕もがっくりとうなだれた。本格的におかしくなったのって、ナナナシアが僕のスマートフォンを改造したからだと思うんだけど。

 ただの被害者だと思うんだけど……。




 僕がスマートフォンを受け取ると、ナナナシアはタブレットを持ち上げて画面をタップしはじめた。

 途中から、タップに合わせてナナナシアの身体が光り始める。


 時間にして十数分位は操作していたと思う。

 最後のタップを終えると、タブレットをテーブルの下にしまってから、ナナナシアは立ち上がった。


「さあ、迎えに行くわよ」

「迎えにって、どこに?」

「それは、玄関に決まっているじゃない。イブキ君もさっきそこに現れたでしょ?」

「ああ、あそこか」

 立ち上がって玄関の扉に体を向けると、扉の横から三人の顔がひょっこり出ていて、思わず吹き出しちゃった。

 いや確かに玄関の扉だけ立っていて、その横に壁とかないから横から顔を出すと見えると思うよ。でも分かっていても、横から覗いちゃいけないと思うんだ。


 それよりも僕は、一番下で顔を出しいている女の子に、何となく見覚えがあった。

 ダンジョンコアに手を触れて魔力が引っ張られた時に、それが芯に到達した瞬間に見えた女の子だと思う。見えたのはほんの少しだったけれど、笑顔がすっごく綺麗だったのを思い出した。

 今は、何だか不安そうな顔をしている。


「さすがにあれはないよね……」

「別にいいと思うわよ。あれは飾りだから、普通に横から入ってくれてもいいのよ?

 冗談で設置したら、あれが召喚した時の起点になったのには、びっくりしたけど。またイブキ君、なにかした?」

「何でも僕のせいにしないでよ」

 そうして二人で玄関の方に近づいていくと、向こうが僕たちに気がついた。なんだろう、見づらいのか目を細めているように見える。

 さらに僕たちが近づくと、僕の方を見ていた女の子の顔が、一気に笑顔になった。


「イブキだっ、イブキ! イブキ、イブキっ!」

 扉の脇から、女の子が飛び出してきた。

 金色の長い髪がふわっと広がった。金色のロングドレスに、金色の靴、よく見れば全身が金色だ。

 その女の子が扉の横にいたと思ったら、一瞬で僕の目の前に飛んできてギュッと抱きついてきた。何だか、すごくいいにおいがする。

 待ってそれよりも今、動きがぜんぜん見えなかったんだけど……。


「いいわね、しっかり懐かれてるじゃない」

「ちょっとナナナシア、僕をおいていかないでよ」

「大丈夫よ。レイジとアンジェリーナを迎えに行ってくるだけよ」

 思った以上に女の子の力が強くて、僕は全く身動きが取れなかった。さすがに助けてくれとは言えず、ナナナシアに目で訴えたんだけど、知ってか知らずかいい笑顔を返してきただけだった。違うよ、そうじゃないって。

 ナナナシアはひらひらと手を振ると、玄関の方に歩いて行った。


 何だか身体がミシミシと、嫌な音を立てているような気がする。

 頭ももうろうとして、意識が遠のいていくような、そんな危機を感じて僕は絞り出すように声を出した。


「い……痛いよ……ちょっとだけ力、緩めて……ほしい、かな……」

「あっ!」

 女の子が慌てて力を緩めてくれたんだけど、ほんの少しだけ間に合わなくて、僕の意識はスッと遠のいていった。




「あらためまして、ナナナシアよ。この星そのものよ。といっても、別に神様じゃ無いから大したことはできないんだけどね」

 目が覚めると、僕はベッドに寝かされていて、薄紫色の空が視界いっぱいに広がっていた。空なのかな?

 結局、気を失っちゃったみたいで、たぶんレイジがリュックサックの中からとりだしたベッドに寝かせてくれたんだと思う。ナナナシアのベッドには天蓋が付いていたからね。


 顔を横に向けると、ベッドの縁では女の子が僕の顔をじっと見つめていた。僕と目が合うと一瞬目を見開いたあとで、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「ちょっ、大丈夫だから、泣かないでよ」

「だって、だって……うええぇぇん」

 慌てて上体を起こすと、ハンカチ……はないから、手で女の子の涙を拭った。

 それでも流れ落ちる涙は止まらなくて、僕が困ってふと視線をずらすとテーブルにいる三人が話を止めて、何だかにこにこしながらこっちを見ていた。


 あの、できれば助けて欲しいんだけど。


「知っていると思うけれど、俺がレイジだ。そしてこっちが――」

「妻のアンジェリーナ、見ての通りエルフだな。会うのは初めましてかな駄女神、今回のは不可抗力なのかな?」

「そだね、不可抗力って言えばそうかも。

 私は自称だから、みんなが使っている魔法のちょっと強い魔法くらいしか使えないからね。ほんっと、今回ばっかりは無力さを痛感したわ」

「まあわたしは、イブキちゃんが無事なら、それ以上は何も言わないよ」

 スルーして会話の続き始めたし。

 仕方が無いので、女の子の涙を拭いながら、ちょっと遠慮がちに頭をなでた。頭をなでたのが功を奏したのか、じきに泣き止んでくれた。よかった。ほんとに。


 僕がベッドから降りると、女の子が遠慮がちに僕の服の裾をつかんできた。顔を向けて笑いかけると、あの弾けるような笑顔を向けてくれた。


「えっと、名前聞いてもいいかな?」

「……ない……の」

「ん? ごめん今、無いって言った?」

 笑顔が、あっという間に曇る。

 確かにこの女の子がずっとダンジョンコアだったのなら、そもそも名前が無いのも頷ける気がした。


「うん……私の名前、ないの。ずっとあの画面が光っている部屋にいたから、外の世界に出たのも初めて」

「まあ、ここは外って言っても特別なんだけどな」

 でもせっかく意思を持って生きられるようになったんだから、名前、欲しいよね。

 僕は女の子と二人でテーブルまで歩いて行って、用意されていた椅子に座った。ちょっとだけ離れていた椅子だったけど、女の子が僕の近くまで椅子を寄せてきて、隣にちょこんと座った。

 座って分かったんだけど、頭半分くらい女の子の方が背が低い。立っている時はほとんど身長が変わらなかったから、僕の座高が高いんだろうね。知らなかった。


「それで、この女の子の名前、みんなで考えない?」

「えー、それはイブキ君が考えてあげればいいと思うわよ」

「そうだよ、イブキちゃんが考えた方がいいね」

「ああ、イブキが決めるべきだな」

「……私も、イブキに決めて欲しい……」

 僕が女の子に顔を向けると、しっかりと意思表示してきた。

 本当に僕が決めていいのかな?


 何だか、責任重大なんだけど……。

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