20話 お邪魔します、また自称女神様の家だよっ

 僕は今また、あの夢の中でも座った椅子に腰掛けている。

 対面ではナナナシアがあの時と同じように、二つ用意したコップにお茶を注いでいるところだった。


「あの……僕は何でまた、ここにいるのかな?」

「んー、何でだろうね。私もイブキ君がいきなり玄関前に立っていたから、何が起きたのか把握できていないのよ。はい、粗茶だけどどうぞ」

「あ、いただきます」

 っていうか、やっぱりあそこが玄関だったんだ。横にも壁とかなかったよね、普通に手がすり抜けたし。

 さっそく淹れてくれたお茶を飲んだんだけど、すごく美味しかった。

 何日か前に夢の中で来た時は慌てていて、せっかく淹れてくれたお茶を飲めなかったんだよね。まさかまた、ここに来ることになるとは思わなかったけど……。


「うわっ。これ、すっごく美味しい……」

「うんうん、クランツェール産の高級茶葉だからね。最近はナナナシアの地表で気になるものがあったら、桃華に頼めばすぐに送ってもらえるから、私の生活もけっこう充実してるんだよ。

 あ、もちろんちゃんと桃華には、お金を払ってるよ?」

「えっと……そなんだ……えっ?」

 テーブルにコップを置きながら、僕は首をかしげた。モモカって誰なんだろう。知らない名前だよね。

 でもきっとこの人? に無茶なお願いされて困らせられてるんだろうね、かわいそう。


 それにしても、何だか物が増えてる気がする。この間来た時とはまた違った家具や魔道具が増えている。

 畑の向こうには小さい車まである。あれに乗ってどこかにお出かけすることなんてあるのかな?




「ところで、イブキ君はどうやってこの、ナナナシアのコアまで生身の体で下りてきたの?」

「……? コアって何のこと? えっ、ナナナシアってどゆこと?」

「えー、知らないでここまで来たの? ここはナナナシア星の中心にある、ナナナシアコアの中なのよ。それだけだと神晶石の塊だから、中の空間を湾曲させてこの場所を創り出したんだけどね」

 また……わけが分からないことを言い出したよ。


 でももし、ナナナシアが言っていることが本当のことだとしたら、僕って帰れないのかも。たぶん前回来た時って、転生云々言われていたからあの時は身体はベッドのままで、ここに来ていたのは魂だけだったとか、そんな状態だったはず。

 でも今『生身の身体で』って言ってた。

 いやそもそも、ここが何なのか分かっていないんだけど。


「ねえナナナシア、ここって何なの?」

「ここ? だからナナナシアコアだってば。地表でみんなが魔法を使うでしょ、その使った魔力が魔素になって、全てここに集まって来るの。

 その魔素を使って私が星を維持しているのよ。草木だったり、金や銀といった鉱石、あとは魔獣なんかに作り替えて世界を循環させてるのよ」

「ええっ、ナナナシアってそんな凄いことしてるの?」

 僕のびっくりした顔が意外だったのか、ナナナシアは頬を大きく膨らませた。

 むーっ、とか唸っても別にかわいくないんだよ?


「私だって、ちゃんと仕事しているんだからね。

 篤紫君のおかげで人も魔法を使えるようになったから、魔力の供給が安定して、私の元にたくさんの魔素が戻ってくるようになったのよ。だから昔ほど星の管理に手間はかからないんだけどね」

「アツシクンって、確か昨日もその名前を聞いた気がするけど、誰?」

「篤紫君? 彼は魔道具製作のプロだよ。星の要でもある、魂儀の制作者でもあるかな。彼には色々助けて貰ってるんだよね。

 地軸がブレてナナナシアが滅亡しかけた時とか、私がここからいなくなって星が割れかけた時とか」

 そこまで言うと、ナナナシアは小さくため息をついた。

 最後、何だかすごく物騒な単語が聞こえた気がするんだけど。もしかして今までけっこうこの星って滅びの危機があったの?


 ちょうど僕のカップが空だったので、ポットを傾けてお茶を注いでくれる。


「って言っても、最初に私が魔素欠乏症になったときに、麗奈とか篤紫君達とかを巻き込んじゃったんだけどね。

 あの時は風邪ひいていて、朦朧とした意識で伸ばした手が、麗奈を掴んで引き寄せちゃったから、こっちに来ることになっちゃったし。

 二回目の魔素欠乏症のときにも似たような状態で、篤紫君一家を引っ張っちゃったんだよね……」

 もうね、何を言っているのか分からないんだけど。

 星のコアって、風邪ひくの? 僕そっちの方がびっくりなんだけど。

 そもそも手を伸ばして引っ張るって、何のことかな。寝床の話なんだよね?


 僕が眉間に皺を寄せてうんうん唸っていると、ナナナシアがポケットから紙の包みを取り出して手渡してきた。


「何か悩んでるのかな? 甘い物を食べると、疲れた頭が回復するみたいだよ。この間、夏梛が言ってた」

「カナって誰さ」

「うーんと、お友達?」

 もらった包みを開けると中に飴が入っていた。

 一瞬ためらったけれど、考えてみればお茶ももらっているんだし警戒する意味がなかった。口に放り込むと、ミルクの甘い味が口いっぱいに広がった。

 やばいこれ、美味しすぎるよ。




「それよりイブキ君は、どうしてここに来たの?」

「えっ、話していなかったっけ?」

「うん、聞いてないよ」

 僕はここに来た経緯をかいつまんで説明することにした。

 昨日から、車の発動機を作っていた工場に探索に来ていて、中を調べていたこと。工場部分がダンジョンになっていて、お昼過ぎに中に入ったらそこに閉じ込められちゃったこと。

 そして最後に、そこを管理しているダンジョンコアに触れたら、光に包まれて気が付いたらここにいたことを説明した。


 何だか難しい顔をして聞いていたナナナシアは、最後のダンジョンコアの件で大きく首をかしげた。


「何だか嫌な予感がする……もしかして、この状態ってかなり最悪な状態なのかしら?

 実はイブキ君たちのバグも、まだ直っていないんだよね」

「あ……そうだバグ! いったいどうなったのさ」

「バグはね、ちょっといまかなり難航中かな……。

 肝心の篤紫君とまだ連絡が付いていないから、あれからぜんぜん進んでいないのよ。

 レイジとアンジェリーナのデータはばっちり用意できたんだけど、どうしようもできないのよね……」

 そもそも一日でどうにかなるとは思っていなかったけど。ただ少なくとも、レイジとアンジェリーナのスマートフォンをアップグレードしたのが、無駄じゃなかったことだけはよかった。

 それなら問題なく状況は良くなっている気がするよ。


「ねえ、イブキ君。せっかくここまで来てるんだから、細かいデータとるためにイブキ君の魂樹、ちょっと貸してもらってもいい?」

 なんて考えていたら、ナナナシアがまた怖いことを言ってきた。

 前回僕のスマートフォンが魔改造されたことを思い出して、思わず僕は顔をしかめた。


「いいけど、もう壊さないでよ」

「大丈夫よ。同じ轍は二度と踏まない、が信条よ」

「……さっきから聞いている話からすると、同じ轍を踏みまくってる気がするんだけど……」

 僕がスマートフォンを手渡すと、ナナナシアは立ち上がって少し離れた場所にあるデスクまで歩いて行った。僕も椅子から立ち上がると、ナナナシアの側まで歩いて行った。


 そこには一台のパソコンが置いてあった。

 あ、パソコンは知っているよ。アンジェリーナも一台持っていて、魔動機の設計図とか色々なデータを保存していたり、難しい魔動機なんか写真に残してあったから。ただ、端末自体が発掘した物らしくって、時折重くなったって大騒ぎしていた。

 ノート型のパソコンだから、重いはずがないのにね。


 ナナナシアは、パソコンの横にあるコードで繋がっている板の上に、僕のスマートフォンを乗せた。その状態で大きく息を吐いてから、キーボードに指を走らせた。

 もの凄い早さで画面に、ついさっきも見た難しい文字――魔術文字が流れていく。

 エンターキーを押すたびに、僕のスマートフォンが乗っている板が淡く発光していた。何度か画面が切り替わって、その度にナナナシアはしきりに首を捻っていた。

 横から顔をチラ見すると、何だかすごく怖い顔をしていた。


「ちょっと待って、どうしてあそこのダンジョンのダンジョンコアが『生きている』のよっ!?」

「うえっ? なになに……?」

 大きい声を出して一旦動きを止めたかと思ったら、また画面を凝視してさらにもの凄い早さでキーボードを叩き始めた。

 当然ながら僕の声は無視された。


 そのまましばらくパソコンと格闘していたナナナシアは、唐突にその手を止めた。片手をおでこに当てて上を仰ぎ見たあと、パソコンの画面を倒してパソコンを折りたたんだ。

 お、終わったのかな……?

 

「えっと……とりあえず、テーブルに戻ろっか……。あ、これありがとう」

「あ……はい……」

 スマートフォンが手渡されて、僕たちは再びテーブルに付いた。

 ナナナシアがまた、お茶を淹れてくれた。


 微妙な空気が流れている。


 ナナナシアはテーブルの上に両肘を乗せて手を組んで、その上に顎を乗せた。そのうえで悩ましげな顔で僕の方を見てくる。


「イブキ君。キミは、何て想定外の存在なんだい? ダンジョンコアを生き物にするなんて、いったいどこの神様なのよ……」

 ため息とともに、衝撃の事実を吐き出すように告げられた。


 どうやら僕は、ナナナシアからしても想定外の存在みたいだ……。

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