5.5話 不可逆

 その日は、クラス全員が静かな状態のまま一日過ごした。

 さすがに担任や、各教科の先生に気味悪がられたけれど、本人達にしたらあれは完全に日常から突飛した時間だったわけで、奇跡的にいつもの日常に戻って来られたとはいえ、みんな何となく心の中で警戒していた。

 休み時間はそれが顕著で、授業が終わったと同時に全員が蜘蛛の子を散らすように教室から廊下に出ていた。


 かくいう俺も、何だか教室にいるとまたあのおかしな空間に隔離されるような気がして、屋上で昼休みを過ごしていたよ。朝の天気予報だとお昼ぐらいに雨だったはずなのに、いい感じに晴れていたのは有り難かったけどな。

 放課後なんて、いつもは閉門ギリギリまでいる奴らが真っ先に帰って行ったのには、さすがに笑えたけれど。まあ、結局おかしかったのは朝のあの時間だけで、それ以降何も起きなかった。


「なあ樹生、結局あれって何だったんだ?」

「さあ? 状況だけ見れば、クラス単位の異世界召喚だったって説が、結城たちのグループでまとまったらしいな」

 放課後の昇降口で、忘れ物を取りに行った志織を待つ間、依吹は樹生と喋っていた。


「異世界召喚? また樹生は、信憑性の薄い話を持ってきたな」

「いやだって、ラノベだと有名な話らしいぞ? そもそも異世界研究クラブの奴らに言わせれば、あの日、俺たちが事故に遭遇した大型トラックだって、異世界転生とか異世界転移のキーツールだって言う話なんだぞ」

「何だよその異世界研究クラブって……」

「結城達のクラブ活動らしいぞ?」

「……マジか」

 ピーク時間は過ぎたとは言え、夏の熱い日差しが正面玄関の樹木に燦々と降り注いでいるのが見える。今年の夏はいつもより暑く、このまま秋口まで暑いままだと予測で出ていたっけ。


「そもそも昨日、俺たちに突っ込んできたあのトラックだっておかしいんだぞ。

 実は十年前に廃車になって、既にバラバラに解体されたはずのトラックだって言う話だからな」

「なにそれ、詳しく」

「それも結城の情報だけどな、実は隣の国にバラバラの状態で輸出されてて、現地で元の状態に組み立てたってところまでリークされたらしいぞ。それがいつの間にか、日本に戻ってきた状態らしいんだ」

 さすがの俺も、首を傾げた。

 確かに昨日のテレビで見たニュースでも、黒焦げになった運転手の身元も分からなかったみたいだし、大型トラックが所属していた運送会社ですら数年前に廃業になっていた会社だって言っていたか。

 社長も亡くなっていて、親戚だけでなく勤務していた社員とその家族まで亡くなっていた。それこそ謎が多すぎて、ワイドショーのネタになっていたな。


「また樹生は……それこそ眉唾物の、都市伝説じみた話だな。だいたいが、向こうで組み立てられた車が、どうやって戻ってきたんだよ」

「……えっと、魔法で?」

「馬鹿か。それこそ都市伝説だぞ」

「依吹君お待たせ。待った?」

 志織が戻ってきて、依吹は手を上げて応えた。自然と顔がにやけてくる。

 靴を履いて依吹の隣に立った志織は、自然に手を繋いできてた。


「じゃあな依吹」

「おう、部活頑張ってな樹生」

 これからクラブ活動に向かう樹生とは、そこで別れた。


 そして翌日も、クラス全員が静かに過ごし、全員がまたあの床が光る現象を警戒しているようだった。先生達は何だか居心地が悪い感じで授業をしていたけれど。

 いくら警戒しても何も起きなかったんだけどな。

 まあそんな状態も当然ながら長続きなんてしないもので、三日もすればいつもの日常に戻っていた。




「いやそんなことより俺、超能力が使えるようになったんだぜ」

 ただ実際には何も終わっていなくて、徐々に変わったことが明るみに出ていったんだ。


「何だよ樹生、言って見ろよ聞くだけ聞いてやる」

「聞いて驚くなよ、この間公園で鳥と話ができたんだぜ」

「あー、嘘乙」

 一週間くらい経った頃、またクラスが一時的に静かになった。

 樹生が自慢げに話しかけてきたのは、ちょうどその頃だったか。


「何でいきなり、嘘って決めつけるんだよ。ひでーな、志織ちゃんに言いつけてやる」

「待て、何でそこで志織を出すんだ」

 鳥と話ができた……荒唐無稽な話だったけれど、実はその時クラス全体が似たような話題で持ちきりだった。


 魔方陣が発現したあの日、教室にいたクラスメイトにそれぞれ異能とも言える能力が発現したようで、生活していく中で徐々に違和感を感じたらしい。

 放課後に全員で相談して、手に入れた能力を隠すことになった。


 もちろん、発案の陣頭は例の異世界研究クラブの『結城』な。

 あいつ詳しすぎるわ。わざわざ『異世界召喚の傾向と対策』なんて冊子まで作って、クラスみんなに配ったんだぞ。

 それで、実生活でそんな能力を使ったら絶対に目を付けられるって、クラスメイトみんなを説得しちまった。


 もっとも、ほとんどのクラスメイトがそれぞれに『使う上で一番苦手な能力』を貰っていたようで、結果的に簡単に同意できたってのが本質の部分なんだけどな。


「ね、依吹君呼んだ? あのね、樹生さんをいじめちゃ駄目なんだよ」

「ああ大丈夫だ、たいしたことないよ」

「うえっ差別だ、何で俺は『さん』呼びで、依吹は『君』呼びなんだよ」

「それはだって、依吹君はわたしの彼氏だもん。当たり前じゃん」

「ぐはっ、悶絶桃色空間か……不覚……」


 樹生には言っていないけれど、俺も能力に完全に目覚めた。それもみんなと違ってほぼ最強に近いやつ。


 魔法が使えるようになったんだ。


 イメージだけで、火を熾したり、水を創り出したりできる。威力も効果も自由自在で、考えられるほぼ全ての属性って言うのかな。とにかく魔法なら何でも使えた。

 まあ、ちょっと生活が便利になったなー、程度でほとんど使う機会が無かったんだけどな。


 だって、飲み物はコンビニや自販機にあるし、火だってマッチがあれば簡単に火が熾せる。携帯電話で世界中の誰とでも通話やメッセージの送受信ができるし、それこそ乗り物に乗れば世界中どこへだって行くことができる。

 科学の方が、よっぽど魔法より便利なんだよな。


 志織も何だか、回復魔法が使えるようになったんだとか。

 ただ、元々が将来やりたい仕事が『お嫁さん』だったらしくて、こっちも大して実生活に使っていなかったな。

 医療関係には絶対に行かないって言ってた。


 てなわけで、クラス全員がそれぞれに魔法的な能力を授かったんだけど、思ったほど大騒ぎにならなかったよ。




「ね、依吹君。来月、産まれるよ。名前は何にするか決めてる?」

 高校を卒業して社会に出た俺は、程なくして志織と結婚した。

 俺としては『お嫁さん』の仕事を叶えてあげただけなんだけど、すごく喜んでくれたな。元々そのつもりだったし。


 そして長い結婚生活を経て、孫にも恵まれた。

 子どもは娘が一人だったんだけど、孫は三人産んでくれたぞ。


 数年前には、志織が真っ白な頭にしわくちゃの顔で、笑顔のまま息を引き取った。幸せだったって言って貰えて、凄く嬉しかったな。


 そして俺も今、ひ孫たちに囲まれて布団に横になっている。


 結局最後まで、まともに魔法を使う機会が無かったよ。科学の進歩は、魔法なんかよりも素晴らしかったってことか。

 ゆっくりと目を閉じると、そのまま意識が遠のいていった。


 そして俺は――。


 そして僕は目が覚める――。

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