17話 やったね、ダンジョンコアがあったよっ

 倉庫の全ての物を収納してから、僕たちはだだっ広い部屋の真ん中でテーブルと椅子を取り出していた。

 資材の回収作業が終わってちょっと一休みをしようって事になって、安全を考慮して周りが見える場所で休憩しようという話になったのだけれど……さすがにど真ん中でお茶を飲むをすることになるなんて想定していなかったよ。


 それにしても、資材の量はもの凄かった。

 積まれていたのは魔動機の構成部品だけじゃ無くって、まだ加工する前の金属塊とかも普通にあって、それだけみてももの凄い価値がある。

 ただ、金属以外の細かいパーツについては、全てが朽ちていたから、そのまま使うのは難しいと思う。ただアンジェリーナなら、その程度の欠損は関係なしに、魔動機を組み上げちゃうんじゃないかって思う。


「ねえ、レイジ君。あのクレーンも取り外せないのかな……」

「いや、アンジェ。さすがにあれは無理じゃないか?」

 お茶だけじゃなくて、テーブルの上にはケーキまで出てきた。

 さすがに少し前に夕飯を食べたから、僕は全部食べることができなかった。代わりにと言うか、アンジェリーナが僕の食べ残しをぺろっと平らげて、さらにレイジが追加で取り出したケーキまでしっかり食べていたよ。

 たぶんホールケーキ一台分、丸々食べたんじゃないかな。いったいあの細い身体の何処に入ったんだろ。

 エルフの七不思議の一つなのかもしれない。


「大丈夫だよレイジ君。全部のクレーンを向こうの壁際に寄せれば、問題なく取れるんじゃないかな?

 ほら、あそこにメンテナンス用の通路が見えているよ」

「そもそもだ、俺たちがあのクレーンを動かすには、管制室に行かないといけないんだぞ。それに、管制室に行ったとしても、動くとは限らないんだ」

「むう、レイジ君なら何とかしてくれるはずだよ」

「いや待てアンジェ。俺はアンジェほど機械に詳しくはないんだぞ?」

 僕はコップの紅茶を飲み干してから、真ん中においてあったガラス容器から、あめ玉を取り出して口に放り込んだ。口の中で転がすと、レモンと蜂蜜の甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。

 緊張していた身体にスッと染み込む感じがして、ちょっとだけ元気になった気がした。


 でも本当にここは、広い部屋だと思う。

 上を見上げてクレーンの数を数えると、二十五基あった。作業途中で止められたのかな、部屋のあちらこちらにクレーンがあって、それこそ伸ばしたワイヤーの長さもバラバラの状態で止まっていた。

 床にあった資材はレイジが全てリュックサックに収納してしまったせいか、クレーンだけあるその景色は、何だか妙に哀愁が漂っている。


「一息ついたことだし、とりあえず管制室を探そう。もしかするとそこに、ここのダンジョンコアもあるかもしれない」

「わかったよ、クレーンはそれまで我慢することにするよ」

「……いや、お母さん。我慢って……それきっと違うと思うよ?」




 椅子やテーブル、茶器や残ったお菓子を収納し終えた僕らは、管理室を探して建物のさらに奥へと進んでいた。 

 そこで僕は、この建物が外見以上に大きいことに気が付いた。今まで気がつかなかったのかって? 人型ゴーレムに襲われたのが衝撃的すぎて、それを考える余裕がなかったんだよね。


「……ねえ、お父さん? よく考えたら、倉庫だった部屋だけで外見よりも大きい気がするんだけど……どうなってるの?」

「お、いいところに気がついたな。これが、ダンジョンの特徴であり、ここの工場がダンジョンを採用している理由でもあるんだぞ」

「えっ? そうなの?」

 そういえば工場のラインとさっきいた倉庫には、扉はあったけれど窓は天井にしかなかった記憶がある。それなのに中が明るい。

 時間的に考えたら外は真っ暗になっているはずだし、屋内も一緒に暗くなるはずなのに普通に明るかった。


 ずっと当たり前のように周りを見ていたけれど、当たり前じゃないことにあらためて気がついた。


「イブキは、トミジ大図書館は覚えているか?」

「うん、あそこもダンジョン化してあったんだよね。すっごい広い敷地に本があったけれど、どれも劣化していなかったよ」

「そうだ。あれもダンジョンの使い方の一つだな。ダンジョンはその制作者とその後の管理者によって、その形態が大きく変わるんだよ。

 ここの工場の場合だと、機密性を考えた場合に大きすぎる建物を建てると外から目立ってしまうんだ」

 そういえば正面の壁で一番大きな面積を占めていたのは、搬出入するトラックが通るための扉だったような気がする。


「見た目よりも中が広くなるってこと?」

「そうだよ。ダンジョン化させることで空間が拡張できるんだよ。

 ほら、有名な地下型ダンジョンとかだと、平地や岩場にあるち口をちょっとだけ開けた入り口なのに、中は何十階の多層になっているよね。岩肌の迷路だけじゃなくて、レンガ造りの本格的な迷宮だったり、建物の中だったりするだろう?」

「うん、ユミちゃんのお父さんが、そっち専門の探索者だって言ってた」

「それだけじゃなくて、例えば地下なのに草原が広がっていて空に太陽がある場合や、森だったり、海があったり……ダンジョンコアに記録された情報で、多種多様な環境が構築されるんだ。

 その性質を利用して、こういった工場を作ったんだろうな」

 倉庫の先にあったのは、最初にこの工場棟に入ったときと同じような横に長い通路だった。若干、こっちの方が幅が広いような気がする。


 部屋を覗くと、金属製の机がいっぱいあって、机の上には細かい金属部品が乗っていた。

 ある程度は整頓されて乗っているから、ここはたぶん魔動機の部品を作っている工程なんだと思う。金属以外が劣化して、ここに残ったように見える。


「イブキちゃん、ちょっと机に近づいてよ」

「う、うんわかったよ――」

 アンジェリーナに急かされて、僕は車いすを押して近くに寄った。さっそくアンジェリーナは、細かい金属を拾って確認し始める。


「劣化保護していないと、何の部品なのかわからないな。ここで組み立てた部品は、再び倉庫に持って行っているはずなんだけど、レイジ君、倉庫にそれらしい物はあったかい?」

「無理無理、さすがに俺にわかるわけがないだろう。帰ったら地下倉庫に出すから、そこからピックアップしてくれないか」

「わかったよ、取りあえず管制室を目指そう。クレーンがわたしを待っているよ」

 一階をくまなく探してから、二階に上がる。

 もちろん、ある程度使えそうな物はレイジがその都度回収していった。


 二階に上がる階段は、アンジェリーナが車いすから降りて手すりをうまく使って、片足跳びで上がって行ってくれた。残った車いすは、レイジがいったん収納してから、二階に上がったらまた取り出してくれた。

 再びアンジェリーナが座ったのを確認して、また僕が押して探索を再開した。


 部屋を一室ずつ調べていったんだけど、一階とはうって変わって、二階の部屋には何も置かれていなかった。こうして通路を進んでいって、ちょうど真ん中あたりに通路が丁字になっている場所に着いた。

 そこの壁にはひときわ大きな扉があって、反対側は直接倉庫内に降りられるように作られていた。


「ここがもしかして、管制室か?」

「部屋と通路の配置からすると、ここが目的地かもね。早く行こう」

 アンジェリーナに急かされて扉を開けた先に、丸い大きな石が鎮座していた。




 黄色く透き通った綺麗な石だった。一メートルほどの高さの台座に載せられていて、淡い輝きを放っている。

 その向こう側には壁面モニターと、その下に複数枚のプレートがあってそこで制御ができるようになっていた。


「これがダンジョンコアだな。ここが管制室に間違いないな」

「やったね、レイジ君。これでクレーンの操作ができるんだね」

「待てアンジェ、ダンジョンから脱出する方法を調べるのが先だろうよ……」

 その黄色い綺麗なダンジョンコアに、僕は思わず感嘆のため息を漏らしていた。

 僕が入り口でダンジョンコアに見とれていると、アンジェリーナが手で車輪を動かして前へ進んでいった。レイジもその後に続く。

 そんな二人に気がついて自然と僕の視線は、ダンジョンコアから目の前のモニターに移った。


『warning!

 The guardian was defeated by a trespasser.

 Please report to the police as soon as possible.』


「えっ……なにこれ……?」

 たぶん、書かれているのは魔術文字なんだと思う。

 見上げたモニターには、最初の『warning!』の文字がずっと点滅している。


「さて、こいつはなんとかなるのか……?」

「レイジ君は、操作パネルの魔術文字が読めるの?」

「いや、読めん。これは何をどうしていいのか分からんな」

「それ一番駄目なやつじゃん」

 レイジとアンジェリーナが、プレートの前まで行って操作パネルに書かれている文字に二人して首をひねる。

 そのまま二人で、パネルのあちこち触り始めた。


「いったい何て書いてあるんだろう」

 それよりも僕は、モニターに書かれている文字がどうしても気になっていた。

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