15話 駄目だ、僕が完全に足手まといだよっ

 そこは倉庫のような場所だった。

 天井にはクレーンのレーンが複数走っていて、沢山のワイヤーが垂れ下がっている。僕たちが今いる廊下は二階の壁際にあって、手すりの先は一階からの吹き抜けになっていて、かなり広い空間が広がっていた。


 件のゴーレムは、一階からジャンプしてからアンジェリーナに攻撃を繰り出してきたようで、蹴られたことでバランスを崩したのか、階下に落ちていった。

 下に資材でもあったのか、大きく何かが崩れる音が聞こえる。


「アンジェ! 大丈夫かっ?」

「レイジ君、私は大丈夫だよ。それよりイブキちゃんがっ――」

 途中まで駆けていたレイジが、その場で慌てて僕の方に振り返った。

 なに? 何か起きるの?

 もしかして、さっきのゴーレム――。


 突然、背後に強烈な悪寒が走った。


 通路に座り込んだままでいた僕は、とっさに全力で通路を横に転がった。

 その直後に、それまで僕がいた場所に、階下から飛び上がってきたゴーレムが、その拳を叩きつけてきた。僕が避けたことで拳は空を切り、床に打ち込まれる。


『ガギンッ――!』

 金属同士がぶつかったような強烈な音の後に、激しい火花が飛び散った。

 まさに間一髪だった。

 そのままゴーレムは通路に乗り上がる。


「イブキちゃんっ!」

 アンジェリーナの叫び声が聞こえる。

 結果的に僕はレイジやアンジェリーナがいる場所と、ゴーレムを挟んで反対側に移動してしまった。


「うわっ、なんでっ。身体が動かないよ――」

 立ち上がろうとして力が入らず、僕は体勢を崩してその場に転がった。

 恐怖のせいだと思う。体が小刻みに震えている。必死に動こうとするも、思う通りに体が動いてくれない。

 まずい、絶対に狙われるっ。


 歯を食いしばってゴーレムの方を見ると、人型だったゴーレムがその場で飛び上がって変形しているところだった。

 手足が畳まれて、四隅それぞれに車輪が顕現する。

 再び地面に下りた時には、それまで人型だったゴーレムは車型に変形していた。


 そしてその車の前方は、僕の方を向いていた。

 前照灯が点灯する。


 嘘っ、変形するなんて聞いていないよっ。


「イブキっ、飛べ! 手すりの向こう側だ、早くっ!」

「わたしのイブキちゃんに、手を出すなあぁぁぁぁ――」

 止まっていた車が一気に加速して走り出した。タイヤが擦れる甲高い音が、辺り一帯に響き渡る。

 車が一気に僕の方に迫ってきていた。


 焦る。

 気持ちだけが先に行っていて、体が上手く動かない。

 どうしよう、何か手はないのか――。


 レイジが手すりに足を掛けて、通路から身を乗り出すところだった。

 逆にアンジェリーナは、一気に車に駆け寄って大剣を振り上げて、車両後部を横薙ぎに斬り抜いた。

 フルスロットルで発進していた車は、急に横方向に力が加わったことで制御を失った。壁や手すりにぶつかりながら、滅茶苦茶な軌道で僕の方に迫ってくる。

 状況は既に、走って避けるとか、そんなレベルを超えていた。


 無意識のうちに僕は両手を前に出していた。自分が咄嗟に魔法を使おうとしていたことに気が付いて、そのまま意識を無意識に乗せて動いた。

 床面に手を下ろし、床に向かって風と炎を混ぜた魔法を全力で放った。同時に自分に魔力のバリアを纏わせる。

 さらに知覚と肉体に魔法強化を乗せる。


 世界の動きが少しだけ、緩やかになった。


「いけえええぇぇっ――」

 体力や力が大人に劣る僕ができることは、得意な魔法を使うこと。

 咄嗟のことにパニックになっていて、すぐに動けなかったけれど、魔法の制御に関してだけは、魔法が得意なアンジェリーナにだって負けてはいない。同時に複数の魔法を操って、完璧に制御する。絶対にだ。

 それに僕は、子どもだから身体が軽い。まだ間違いなく間に合う。


 足下で大爆発が起きて、僕はその場からもの凄い勢いで吹き飛ばされた。

 すぐ目の前、伸ばしたままの手の指先のわずか先を、車が横回転しながら通り過ぎてくところだった。思わず僕は手を引っ込めた。


 爆発の方向を調整できなかったので、僕は一旦壁にぶつかってから、反射するような形で倉庫の広い空間に投げ出された。

 視界の隅で、横向きに滑っていた車が浮き上がって、跳ね上がりながら派手に転がって、そのまま手すりを越えて階下に落ちていった。


「手を伸ばせ、イブキっ」

 レイジの声に僕が顔を向けると、レイジが手すりを飛び越えて僕の方に手を伸ばしているところだった。とっさにレイジの方に手を伸ばすも、伸ばした手が空を切る。

 そのまま僕は、錐揉み状態のまま、階下に落ちていった。




 錐揉み状態で視界に映る景色は、まるで時間を引き延ばしたかのようにゆっくりと回って見えていた。

 まだ魔法で強化した知覚が残っている感じで、見えている全ての物の動きが遅い。肉体の強化も残っているけれど、今の状態だと生かすことができそうになかった。


 目を見開いたまま、レイジが僕の方に手を伸ばした状態で、僕より先に階下に落ちていく。


 視界に映った一階は、乱雑を極めていた。

 積み上げられていた資材は全て崩れていて、運搬のために間にあったはずの通路が全て塞がれていた。経年劣化で金属以外の資材が風化して、その結果崩れたんだと思う。

 

 改めて、時間の流れの非情さを実感した。


「イブキちゃんっ!」

 ゆっくりと錐揉み状態で落ちていたら、一気に世界が戻った。知覚と肉体の強化魔法が切れたみたいだ。

 同時にふわっと、温かい腕に抱き止められて、落下速度が遅くなった。


「お、お母さん――」

「喋らない方がいいよ、舌を噛んじゃうから。ほら、しっかりとわたしにしがみついて」

 風を纏ったアンジェリーナが、僕をしっかりと掴まえてくれた。言われた通りに僕は、ギュッとアンジェリーナに抱きついた。

 そして僕を抱きかかえたアンジェリーナは、風に乗って一気に横に加速した。


 その直後に、資材が爆発して、直前まで僕たちがいた場所を、再び人型に変形したゴーレムが通り過ぎていく。

 巻き上がって四方八方に吹き飛んだ資材が僕たちを追ってきたので、魔法でバリアを張って直撃を防いだ。


「イブキちゃん、ナイスアシストっ」

「うん。このままお母さんの風をアシストするよ」

「いいね。わたしとイブキちゃんの、初めての共同作業だね」

 僕はアンジェリーナの使っている魔法の風に、さらに風を乗せた。慣性で硬化していた二人の身体が、風に支えられて再び持ち上がった。


 通り過ぎたゴーレムは、着地した先で再び資材を撒き散らして、着地と同時に資材に埋もれていった。

 砂煙が上がって、ゴーレムの姿が見えなくなる。


 狙いは、きっと僕だ。

 三人の中で一番弱いのが僕だと言うことを、ゴーレムが気が付いているのか?

 緊張の連続でカラカラに渇いた口で、無理矢理唾を飲み込んだ。


 完全に僕が、足手まといになっている。


 いくら僕が魔法を使えたとしても、決定的に経験が不足していて、二人の足を引っ張っている。

 でも、だからといってここで諦めたりなんかしない。

 


「安全地帯がないから、そのまま駆け続けるよ。イブキちゃんはそのまましっかりとわたしに掴まっていてね」

「うんっお願いするよ。その代わり魔法でサポートするよ」

「よしっ……!」

 長い滞空のあと、鉄塊の上に一瞬足を付けたアンジェリーナは、鉄塊を蹴ってさらに加速した。

 後ろからは跳ね上がった資材の中から、さっきのゴーレムが追いかけてきていた。


 咄嗟に、僕は左手を伸ばす。


 あれは、元々車が人型に変形した物だ。

 どうして、どうやって人型になったのかは分からないけれど、いずれにしても魔術で作られたゴーレムだ。だとすれば、必ずどこかに核となるコアがあるはずだ。

 そのコアさえ破壊すれば、あのゴーレムは止まる。


 僕だって、ただの足手まといじゃない。

 いっぱい魔法を教えて貰って、使えるようになったんだっ!


 でもどこに、コアがあるんだ――。

 アンジェリーナに抱きかかえられて逃げながら、激しくぶれる視界で僕は、ゴーレムのじっと目をこらした。

 じんわりと魔力の流れが見えてくる。


 そのとき僕は、いつの間にか顔の横に浮かんでいたスマートフォンに、気づいていなかった。

 魔力は、人間で言うと首の元、喉仏の下の辺りから各所に流れ出ていた。魔力がそこから湧いているから、間違いなくあそこがコアだっ。


 僕は、伸ばした左手に魔力を集めた。

 手のひらが光り輝く。もっと、もっと光を圧縮して、エネルギーの塊に変えるんだ。昨日サーベルタイガーを倒した時に使った、あの光魔法だ。

 ギュッと、手のひらで輝いていた光が縮んで小さくなった。


 それを、細く、そして鋭く撃ち出すっ。


「いけえええぇぇぇ――」

 アンジェリーナが乗った足場が崩れて、咄嗟のことに対応できなかったからか、ガクッと体勢を崩した。

 体が横向きに落ちていく中で、僕は必死に顔と手をゴーレムのコアに伸ばした。


 不安定な体勢の中、それでも僕は視界にゴーレムのコアを捉え続けて、細く糸のように絞った光の塊を、全力で撃ち出した――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る